voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配5…『日記』◆

 
風呂から上がったアールは、部屋で朝食をとった。ストレッチをし、暇を持て余す。ルイはまた小説を読みはじめていた。
アールは個室に入り、日記でも書こうかと突然思い立った。ノートをテーブルに取り出し、ペンを手に持って虚空を見遣る。初めてこの世界に来た日のことを思い出す。
悲しみと怒りが入り混じったような感情が込み上げてきて、鼓動が速くなった。
微かに震えだした手を、テーブルに押さえ付けてペンを置いた。
 
──まだ日記を書く余裕がない。
 
でも、何かを書かなきゃという衝動にかられていた。日記は過去の自分と向き合うにはうってつけのものだ。今の自分と向き合うにもうってつけのもの。
そして生きた証となるもの。
 
「……ふっ」
 渇いた笑いが零れる。
 
──生きた証? 誰が? 私が?
死んだって家族が見てくれるわけでもあるまいし。
 
アールはもう一度ペンを手にとり、感情を綴った。
 
《日記を書く余裕なんかないのに残したくてしょうがない
どうなるわけでもないけど…
 
生きて帰りたい。家族も愛する人もいないこんな場所で、死にたくはない》
 

 
━━━━━━━━━━━
 
お昼時、ルイの声が部屋に響いた。
 
「カイさん、起きてくださいっ」
 
カイはいつもなかなか起きてくれず、世話が焼ける。
まだ個室にいたアールは、広げたまま置いていたノートを閉じ、シキンチャク袋にしまった。ドアを開け、カイの様子を見る。床に寝そべってぐっすり。ルイが体を揺さ振るが、起きる気配はまるでない。
 
床に昼食が用意されていた。美味しそうな香りにお腹が刺激される。
 
「起きないね」
 と、アールはカイに歩み寄った。
「いつものことですが、たまにはすぐに起きてほしいものです」
 ルイは困り果てたようにそう言った。
「色んな魔道具が存在するのに、なかなか起きない人を一発で起こす道具はないの?」
 冗談半分でそう訊き、アールもカイの体を揺さぶった。「カイーっ」
 
昨晩のお酒がまだ抜けていないせいもあり、反応が全くない。
死んでやしないかと、少し心配になる。
 
「寝ている人を起こす薬がありますが、それは寝る前に飲むものなので……」
「どんな薬なの?」
「色々と種類がありまして、起きる時間になると、見ていた夢が恐怖の夢に変わります」
「なにそれ……」
「寝ていられないほどの恐怖を夢の中で体感します。他には、起きる時間になると腹痛を与えるものや、全身焼かれるような熱さを感じるもの、寝ている人の頭の中でだけ爆音が鳴り響くものなど、どれも負担が大きいものばかりですが」
「それはカイほど寝起きが悪い人用のものだよね……」
「えぇ。しかしこの薬は人気があるのですよ」
「信じられない……絶対そんな目覚め嫌だ」
「だからこそ、起きるのですよ。大抵は薬を服用し続けて1ヶ月もしないうちに自然と起きられるようになります。恐怖で」
「だよね。腹痛絶対嫌だもん……嫌でも起きるよ」
「起きれば腹痛もなくなりますしね」
「カイはそれ、飲んだことあるの?」
「一度だけ。時間通りに飛び起きましたが、あれから薬を出しても飲んだふりをしますね」
「あぁ……ダメじゃん……」
「本人に毎朝きちんと起きる意思がなければ、強力な薬も無意味ですね」
「飲み物に溶いておいて飲ませたら? 可哀相か」
「少し気が引けますね」
 
2人は困惑した表情でカイの寝顔を見た。人の苦労も知らずに口を開けて気持ちよさそうに寝ている姿に少し苛立つ。
 
「でもさ、すぐに起きられるようにならないと、危ないんじゃない? 旅の途中とかだと、魔物に襲われる可能性だって……」
「えぇ。以前危険な目に合ったことがあります。旅の途中で一休みをしていたのですが心地のよい天気だったのでついうとうととしてしまったのです。そんなときに魔物が現れ、僕とシドさんはすぐに起きたのですがシドさんが怒鳴ってもカイさんは起きず……危うく魔物の餌になるところでした」
「そんなことがあっても起きないなんてある意味……大物かもね」
「実はシドさんと言い合いになったのです。反省したカイさんはその日の夜に、薬を使ったのですよ」
「あ、そうなんだ。でも結局、その1回だけで薬飲むの止めたんだよね?」
「えぇ……残念ながら」
「きっとルイやシドがいるから、安心しちゃうんだろうね」
 と、アールは笑った。
 
ルイとアールはカイの腕を掴み、上半身を起こした。首の座らない子供のように、カイの頭がガクンと前に垂れ下がる。
 
「カイ、起きて。もうお昼だよ」
 体を揺らすと、カイの首がガクガクと揺れる。
「カイ、おーきてー」
 と、体を揺らす力を強めた。ガクンガクンとカイの頭が揺れる。
「アールさん……カイさんの首が折れてしまいます」
「カイーっ」
 と、今度はカイの頬をつまむ。「起きろー。ごはん冷めちゃうよ」
 
それでも反応しないカイに、アールは無理矢理カイの瞼を開けた。白目を向いている。
 
「アールさん……?」
「この状態で目に息を吹き掛けたら目がカピカピになるかな」
「やめてください……」
「冗談だよ」
 と、笑いながらも瞼を開けた指を離さない。
「もうほっとこうか……」
 と、アールはカイから手を離した。力無く寝ているカイの体が後ろに倒れてゆく。
「アールさん?!」
「え?」
 
ズダーン! と、床に背中と頭を打ち付けたカイ。
 
「いだぁあああぁあぁい!!」
 と、さすがに頭を抱えながら暴れ起きた。
「あ……ごめん」
「カイさん大丈夫ですか?! すみません支えきれませんでしたっ」
「起きたね、カイ」
 と、アールはまたカイに歩みより、うずくまっているカイを覗き込む。
「うぅ……なんか頭がグワングワンするよぉ」
「二日酔いかな」
「違いますよ……今頭を打ったからかと」
 と、ルイが言う。
「そうなの……? ごめんねカイ」
 と、アールは心配そうに頭を撫でた。
「あ、たんこぶできたかもしれないからもっと撫でてくれるー?」
「たんこぶ出来てないよ」
 と、アールは昼食の前に座り、「いただきます」
「う……優しいのか冷たいのかわからない」
 カイは自分で頭を摩りながら呟いた。
「カイさん大丈夫ですか? 今日はVRCへ行きますが、カイさんはどうなさいますか?」
「行く行くー」
 と、カイはアールの横に座り、朝食を食べはじめた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -