voice of mind - by ルイランノキ


 秋の扇23…『待ってたよ』

 
「では僕はそろそろ帰りますね」
 と、ルイが言った。
 
ミシェルとモーメルはまだ外にいる。アールは席に座り、2人が戻ってくるのを待っていた。
 
「ルイ、帰っちゃうの? 食事は?」
「カイさんを置いてきてしまったので、ホテルに帰ってから頂くことにします」
「そっか。わざわざ作りに来てくれたんだね」
 と、アールは立ち上がった。「ありがとう」
「いえ。そういえばミシェルさん、とても美しくなられていましたね。アールさんのおかげでしょうか」
「でしょ? 元が美人さんだしね。本人に直接言ってあげて?」
「わかりました。──アールさんは何時頃に帰られますか?」
 
アールが答えようとした時、アールの携帯電話が鳴った。
 
「あ、ちょっとごめん」
 と、会話を中断し、携帯電話の画面を見た。ジャックからだ。
「わぁ! 忘れて……た」
 と、慌てて電話に出る。「もしもし……」
『おう、アールちゃん今大丈夫か?』
「はい、全然大丈夫です」
『何時から会えそうだ?』
「えっと……これから夕飯なので、8時頃なら」
『8時頃か。どこで待ち合わせがいい? 迷惑じゃなきゃアールちゃんが泊ってるホテルに行くが』
「あ、助かります。ルイ達もジャックさんに会いたいと思ってるだろうし」
 そう言ってルイと目を合わせた。ジャックの名前を聞いて、ルイが微笑む。
『お、じゃあ8時頃にホテルに行くからよろしくな!』
「はい、お待ちしてます」
 アールはホテルの名前と部屋の番号を教え、電話を切った。
「ジャックさん、遊びに来るのですか?」
 と、ルイが訊く。
「うん、8時頃ホテルに来るって。勝手にオーケーしちゃったけど大丈夫?」
 と、ポケットに携帯電話をしまう。
「えぇ。では僕はこれで」
 
そう言ってルイは部屋を出ると、ちょうど戻ってきたモーメル達と出くわした。
 
「おや、あんたもう帰るのかい」
 と、モーメルがルイに言った。
「はい。お邪魔しました。──ミシェルさん、そのお洋服と髪型、よく似合っていますよ」
「あ……ありがとうございます」
 照れ臭そうにミシェルは笑った。
「それでは」
 一礼して、ルイは一足先にゲートからログ街へと帰って行った。
 
女3人で食卓を囲み、会話をしながら夕飯を食べた。ミシェルからモーメルの元で働くと聞き、アールは嬉しくなった。
 
「じゃあモーメルさんに会いにきたらミシェルさんにも会えるわけだ!」
「ふふ、そうね」
 と、ミシェルも嬉しそうに微笑んだ。「いろいろとありがとね、アールちゃん」
「私は別になにも……」
「ねぇ、私のこと、呼び捨てでいいわよ」
「ほんと?」
「うん。私もアールちゃんのこと、友達だと思ってるから」
 
アールは悲喜の笑みを零した。
素直に喜べない現実に胸が痛む。
 
「ありがとう、ミシェル」
 目一杯、笑顔を作った。
 
夕飯を食べ終えると、ミシェルがすぐに席を立ち、食器を台所へ運んだ。アールも手伝うようにして運ぶ。ミシェルの手際のよさに、別れた男の影を感じた。
 
7時までたわいのない会話をして、そろそろホテルへ戻る時間。アールはモーメルに挨拶を済ませ、外へ出た。すると、ミシェルも追いかけるように部屋から出てきた。
 
「私もログ街へ戻るわ」
「え?」
「洋服とか、必要なものを運ばなくちゃ。それに借りていた部屋も解約しないといけないし……」
「そっか、大変ですね」
「敬語はやめて?」
「あっ、そっか。──大変だね」
 と、アールは言い直した。「手伝わなくて大丈夫?」
「うん、これくらい自分一人で出来なきゃ、前に進めない気がするもの」
「これから、頑張ってね。あ、いつでも連絡して? すぐに出られないときもあるかもしれないけど」
「ええ!」
 
2人は一緒にログ街へと戻った。
ゲートボックスを出ると、カイが待ち侘びたように壁に寄り掛かって立っていた。
 
「カイ! これから出かけるの?」
 と、アールは訊く。
「違うよぉ、待ってたんだよぉ」
「なにかあったの?」
「…………」
 カイはぽかんとアールの後ろを眺めた。アールはカイの目線の先を見遣った。ミシェルだ。
「その美女は一体……」
 と、カイは顔を綻ばせた。
「ミシェルだよ……」
 呆れたようにそう答えたアール。「ねぇ、それより待ってたって、なにかあったの?」
「ミシェルさん?! すんごく綺麗になってるぅ!!」
「あ、ありがとう……カイさん」
「カイでいいよぉミシェルぅ!」
「馴れ馴れしいから」
 と、アールはカイの肩に手を置いた。「それよりなにかあったの? これ訊くの3度目だけど」
「え? なにもないよぉ。暇だったから待ってたんだ」
「なにそれ……」
「ねぇミシェルちゃん、デートしないー?」
「ごめんなさい……。これからお引っ越しの準備があるの」
「お引越し?」
「ミシェルはモーメルさん家に、お世話になるの」
 と、アールが答えた。
「えーっ、じゃあいつでも会えるわけだぁー!」
「そうゆうこと。だから帰るよカイ」
 と、カイの腕を掴む。
「え、俺ミシェルちゃんの引っ越しの手伝いを……」
「一人で大丈夫よ」
 と、ミシェルは苦笑した。
「遠慮しなくていいのにぃ」
「ミシェルは迷惑だって遠回しに言ってるの」
 と、アールはキッパリと言う。キッパリ言わないとカイは理解しないのだ。
「そんなぁ……」
「ごめんなさいね、迷惑っていうわけじゃないんだけど……ひとりでやりたいのよ」
「じゃあ人手が欲しくなったら連絡してー? 電話番号教えるからぁ」
 そう言ってカイはポケットから携帯電話を取り出した。
「私の番号教えてるからその必要はなし」
 と、アール。「それじゃ、またね、ミシェル」
「えぇ。また」
 
カイが落ち込んでいるのを余所に、2人は手を振り合って別れた。ミシェルの背中を見送る。出会った頃とは違い、背筋がぴんと伸びている。──彼女ならきっと大丈夫。
 
「アールひどい……」
「帰るよ。ジャックさんが8時頃に来るから」
「ルイから聞いた……。でも俺はミシェルちゃんとのひと時を優先したい」
「ほら帰るよ。ミシェルの邪魔しないの」
 と、カイの手首を掴んで帰り道を歩く。
「アールってお姉ちゃんみたいだなぁ」
「年齢的にお姉ちゃんだよ」
「年齢的にはねぇ。見た目と頭脳は……」
「その先言ったら口きかないから」
「ごめんー。アール姉ちゃん怒ると怖い」
「じゃあ怒らせなきゃいいかもね」
 と、ニッコリ微笑んで言うアール。
「でも俺怒られキャラだからぁ……」
「どういうキャラよ……」
「なにかと怒られるんだ。みんな俺を怒るの楽しいんじゃないかなぁ」
「怒るのが楽しい人なんているの……?」
「好きな人ほど虐めたくなるじゃん? あれだよあれー」
「違うと思う」
 キッパリと言い捨て、ホテルへ戻った。
 
時折アールに冷めた態度を取られるカイだったが、甘えん坊な彼はそれでも相手をしてくれるだけで嬉しかった。
 

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©Kamikawa
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