voice of mind - by ルイランノキ


 秋の扇22…『新しいスタート』

 
夕方5時を迎え、ゲートボックスまでの帰り道を歩いた。
楽しかった時間はもう終わる。行きとは違い、2人の口数が減っていた。ゲートの看板が見えたとき、ミシェルは前を歩くアールの腕を掴み、呼び止めた。
 
「今日はありがとう……。とても楽しかった。久しぶりにのんびり過ごせたし、久しぶりに沢山笑ったし、久しぶりに……」
「私もです。付き合ってくれて、ありがとうございました」
 
アールは微笑んで軽く頭を下げた。だが、ミシェルは眉をひそめ、首を振った。
 
「付き合ってもらったのは私の方よ……。私の為に連れ出してくれたんでしょう?」
「いえ」
 と、アールは苦笑した。「私が羽を伸ばしたかったから……」
「でも私、きっとアールちゃんが誘ってくれなかったら今頃……」
「そう言ってもらえると安心します。実はちょっと反省していたので」
「反省?」
「ミシェルさん、遊ぶ余裕なんてないはずなのに無理矢理誘ってしまったから……」
「そんな……反省なんてしないで? 私本当にアールちゃんには感謝しているのよ?」
 不安げに顔を覗き込むミシェルに、アールは照れ笑いをした。
「ふふふ、ミシェルさんてホント優しいですね」
「な、なによ急に……」
 ミシェルも照れ笑いをして、恥ずかしそうに目を逸らした。
「私は、幸せ者なのかもしれませんね」
「…………?」
「こんな場所で素敵な人と出会えるのは唯一の救いです」
「え……? なんの話?」
「あ、いえ……」
 アールは苦笑して首を振った。「帰りましょうか」
 
アールの言葉に、寂しそうに微笑むミシェル。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。人は贅沢な生き物なんだと、アールは思った。
楽しい時間ほど、もっと長く続いてほしいと思うのに、つまらなかったり辛い時間は長く感じる。でもそうやってバランスをとっているのかもしれない。
辛い時間があるからこそ、楽しめる時間がある。
過ぎてしまった時間を短く感じるのはどうしてだろう。一年の始まりは、終わりまで長いと感じるが、これといってなにもないまま一年が過ぎても、振り返るとあっという間だったと感じたり。
人生は長いのか短いのかよくわからない。やりたいことが沢山あれば短いと感じるのかな。楽しみが先にあると、それまでが長く感じる。“期待”すればするほど今が長く感じるのなら、期待しないほうがいいのかもしれない。
 
  帰れるかもしれない
 
そんな期待は、しないほうがいいのかもしれない……。
 
「私、これからどう過ごせばいいのかな」
 そう呟いたのは、ミシェルだった。「自分で決めなきゃいけないのに、明日から一人で生きていく自信がないの……」
「お仕事は?」
 アールの問いに、ミシェルは下を向いたまま首を振った。
「彼にやめさせられたの。お給料がよくないからって……」
「新しい仕事探してみたらどうですか?」
「それが……ログ街で探すのは難しいの。これまでいろんな仕事に手を出してはすぐに辞めたりを繰り返してきたせいで新しい仕事はなかなか見つからないし、今更前の仕事に戻るのも……。ログ街を出る自信もないのよ……情けないよね。一人じゃなにも出来ないなんて……情けない……」
「まだお給料にこだわります?」
 アールの問いに、ミシェルは首を振った。彼の分まで働く必要はなくなったからだ。
「じゃあ、紹介したい人がいるんです」
「え……?」
「ログ街にはきっと彼との思い出が沢山あって、忘れたくてもなかなか忘れられないと思います。──だから、お引っ越し、しませんか?」
 
突然笑顔でそう言い出したアールに、ミシェルは戸惑いを隠せなかった。
アールはミシェルの手を取り、ゲートボックスへ入った。
 
「ね、ねぇ……お引っ越しって? 紹介したい人って……?」
「行ってから詳しく話します」
 
━━━━━━━━━━━
 
ふぅと、吐かれたタバコの煙りが天井へ上がる。
 
部屋の中央に置かれたテーブルに、夕飯が並べられていた。
ここはモーメルの家。ルイが台所から花を生けた花瓶を持ってテーブルに飾った。
 
「モーメルさん、準備は出来ました」
「本当に来るのかい?」
 と、モーメルはモニターが置かれている台の前で、タバコをふかしながら訊いた。
「えぇ。来ることは来ますが、彼女の気持ち次第かと……」
 
──その時、外からドアをノックする音がした。
 
「来たようですね」
 ルイはそう言ってドアに手を掛けた。
 
モーメルはテーブルの端に置いていた灰皿にタバコを押し付けて火を消し、ドアに歩み寄った。
 
「ルイ、来てたんだ!」
 ドアを開けるとアールが笑顔で立っていた。その後ろに、ミシェルがいる。
「夕飯の準備をしておりました。──さ、お入りください。ミシェルさんも」
 と、ルイは部屋の中へ促した。
 
アールは部屋に入ると、夕飯のいい香りに顔が綻んだ。
ミシェルは落ち着かない様子で部屋に入ると、モーメルが声を掛けた。
 
「あんたがミシェルかい?」
「は、はい……」
「待ってたよ」
「え……?」
 
アールはから揚げをつまみ食いしながら、ミシェルに目を向けた。
 
「あ、ミシェルさんにまだ言ってなかったけど、モーメルさんの手伝いをしてもらえないかなと思って」
「モーメルさん? お手伝い……?」
「こちらが、モーメルさんですよ」
 と、ルイが言うと、ミシェルはモーメルに頭を下げた。
「なんだね、何も言わずに連れてきたのかい」
 モーメルは呆れたようにアールに向かって言った。
「連れて来てからのほうがいいと思って……」
 そう言いながらまたつまみ食いをした。
「アールさん、手を洗ってくださいね」
 と、ルイが優しく注意をすると、アールは、
「美味しくてつい……」
 と言いながら、台所へ手を洗いに行った。
 
アールはシドから口悪さの影響を受け、行儀の悪さはカイからの影響を受けている。どうせ影響を受けるならルイからの影響を受けたいと思った。
 
モーメルは戸惑っているミシェルを家の裏へ連れて行った。一面に広がる野菜畑がミシェルを迎えた。
 
「畑仕事を手伝って欲しいんだよ」
 モーメルはそう言って、真っ赤なトマトをひとつもぎ取った。「人手がほしいと思っていたところに、ルイから連絡があってね」
「連絡ですか……」
「本当になにも聞いていないんだね。アールが、雇ってほしい人がいると言って、ルイが代わりにでアタシに連絡してくれたんだよ。本当に人手が足りないのかどうかの確認の連絡だったけどね」
「私のこと……ですね」
「あんたがどうするかはあんた次第さ。ある程度のことは聞いているよ。──まだログ街にいたいなら、無理に手伝ってくれとは言わないさ」
 そう言ってモーメルはトマトをミシェルに渡した。
「……美味しそう」
「ここはね、特別な場所さ。一年中野菜が実る。魔術師としての仕事がある上に野菜の世話は大変でね」
「一年中ですか?」
「そうさ。土には栄養が沢山詰まっていて肥料なんかなくったって真っ赤なトマトがすぐに実る」
 と、モーメルは笑った。
「大した給料は出せないが、食事はタダ、部屋も沢山ある。のどかな場所だし、個人ゲートから好きな場所へ飛んでいける。欲しいものはなんでも揃うよ。──残念ながらいい男は用意出来ないがね」
 
ミシェルは貰ったトマトを一口かじってみた。フルーツのように甘く、みずみずしいトマト。思わず笑みが零れた。
 
「私を雇っていただけますか? 不器用で、ご迷惑を掛けてしまうかもしれませんが……」
 モーメルは優しく笑って、ミシェルに言った。
「──助かるよ」
 

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