voice of mind - by ルイランノキ


 秋の扇24…『VOICE・KAI』



〜KAI Voice of mind〜

 
アール
 
俺の手を引いてホテルまでの道を歩いた短い時間のこと、アールは覚えていないよね。
 
俺ね、あの時、舞い上がるほど嬉しかったんだ。
わがままを言えば、手を繋ぎたかった。だけど、「ちゃんと手を繋いで」なんて言えなかったよ。
 
小さい頃のことを思い出してさ。
 
母ちゃんの帰りをずっと待ってたことがあるんだ。なかなか帰って来なくて、待ってる間、寂しさが募っていった。
やっと母ちゃんの姿が見えて、アールと同じように「どうしたの? なにかあったの?」って、心配してくれたんだ。
 
でも、寂しかったから待ってたって言ったら、アールと同じように呆れた顔をした。
「男の子なのに一人でお留守番も出来ないの?」って。
 
泣き虫だった俺は、泣いちゃったんだよね。
そしたら母ちゃん、俺の腕を掴んで、「泣かないの。帰ったらいっぱい甘えさせてあげるから、せめて人前では泣かないの。男の子でしょ?」そう言って帰り道を歩いた。
 
手を繋ぎたかったけど、男の子だから我慢した。
向かい側から歩いてきた同い年くらいの男の子は、一緒にいた母親の荷物を持って歩いていたんだ。手なんか繋いでなかった。
それなのに俺は、母ちゃんの後ろを泣きべそかきながら歩いてた。
 
そんなことを思い出していたんだ。
 
アールの手は、小さかった。
小さいのに、力強かった。母ちゃんの手みたいだった。
母ちゃんの手は大きかったけど、それは俺がまだ小さかったから。
 
今なら、俺のほうが大きいのかな?
手も、身長も……。
 
今なら、きっと母ちゃんをおんぶ出来るくらいは大きくなったと思うんだ。
そんなことを考えてた。
 
 
こんな話は、まだ話したことなかったね。
アールに聞いてほしい話、沢山あるんだ。
アールは聞いてほしい話、ある?
いくらでも聞くよ。
 
俺ね、時々アールが母ちゃんに見えるんだ。
こんなこと言うとアールは怒るかな?
 
母ちゃんが笑ったときの優しくて温かい雰囲気が、アールに似ている気がしたんだ。
 

第十章 秋の扇 (完)

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