voice of mind - by ルイランノキ


 秋の扇18…『忘れていた約束』

 
アールたちが入浴中、ルイは朝の一仕事を終えて部屋へ戻った。
シドはまだ部屋でストレッチをしている。カイはいつもどおり、まだ眠っていた。
 
「お前、さっき女に金渡してたろ」
 と、ストレッチをしながら言うシド。
「えぇ。お小遣ですよ。ログ街についてから、渡していなかったので」
「小遣いなんかいらねーだろ。アーム玉を買う金に使えよ」
「そうはいきませんよ。買いたいものがあるようでしたし」
「いくら渡したんだ?」
「2万ミルですが」
「はぁあぁ? ばっかじゃねーの?!」
 シドが大声を上げたが、寝ているカイはピクリとも動かなかった。
「アールさん、今日はルヴィエールへお買い物だそうです」
「なにがお買い物だよ! 渡しすぎだ!」
「ミシェルさんもご一緒ですし、食事も向こうで済ませるようですし……」
「あのなぁ……」
 と、シドは呆れてため息をついた。「お前は女に甘すぎだ。これを機に、金せびって来てもしらねーぞ!」
「アールさんはカイさんとは違いますよ」
 
それまでスヤスヤと寝ていたカイが寝苦しそうに寝返りをうった。
 
「ったく……テメェに金の管理頼んでんだからテメェがしっかりしねぇでどうすんだ!」
「すみません……。今後はもう少し考えてみます」
 そう言って、ルイは椅子に座り、とある人物に電話をかけた。
 
呼び出し音が鳴り、聞き慣れた声の持ち主が電話に出る。
 
『誰だい?』
「あ、僕です。ルイです」
『ルイか……。今忙しいんだ。用件なら早く言っておくれよ』
「お忙しいところすみません。実はアールさんに頼まれて、お聞きしたいことがありまして……」
 
━━━━━━━━━━━
 
湯舟に浸かっていたアールだったが、急いで脱衣所へ向かった。脱衣所からアールの携帯電話が鳴っていたからだ。
タオルで手を拭き、バスタオルを巻いて電話に出た。
 
「──もしもし?」
『よぉー、起きてたかー?』
「あっ、ジャックさん!」
『おー、朝から元気だな!』
「す、すいません……忘れてました」
 
そういえば昨日、ジャックから連絡があったことをすっかり忘れていた。今日会う約束をしていたのだ。
 
『忘れてたってひでぇなぁ』
「すいません色々あって。夜なら会えると思います」
『夜でもいいが、夜電話したら「忘れてましたー」って言うんじゃねぇのかぁ? ガハハハハハ!』
「……今度こそ覚えておきます」
 と、アールは申し訳なく言った。
『じゃあ夕方頃に一度電話するから、その時に空いてる時間教えてくれよな』
「わかりました。ほんとにすいません……」
『いいっていいって。それより……大丈夫か?』
「なにがですか?」
『いや……なんかよくねぇ噂を耳にしてよ』
「噂?」
『あぁ……。まぁお前らのことかどうかはわかんねんだけどな! 一応、街の連中には気をつけとけよ? じゃあな!』
「え? もしもし? ジャックさん?」
 電話は一方的に切られてしまった。
 
アールは首を傾げ、ジャックが言っていたことを気にかけながら、携帯電話を置いて風呂場に戻った。
浮かない表情のアールを見たミシェルが気にかける。
 
「どうしたの?」
 アールはミシェルの湯舟に浸かり、
「ううん、なんでもないです」
 と、笑顔で言った。
「そう?」
「うーん……やっぱり顔を洗うとヒリヒリしますね。ミシェルさんは大丈夫?」
「私はアールちゃんほどの怪我じゃないから……」
「そっか。誰か帽子持ってないかなぁ」
 やっぱり怪我をした顔を堂々と晒しながら街をぶらつくのは気が引けた。ログ街なら気にならないけれど、この顔でおしゃれなルヴィエールを歩くのは恥ずかしい。
「今日はどこか出かけるの?」
「あ、まだ秘密です!」
 アールは人差し指を口にあて、笑顔で言った。
「そう……」
「不安ですか?」
「少し」
 と、苦笑するミシェル。
「でも今日は私に付き合ってもらいますからね?」
「えぇ。約束してたものね」
「うっ……」
 “約束”と訊いて胸を痛めたアール。
「どうかしたの?」
「いえ……」
 ジャックには本当に申し訳ないと、アールは反省した。
 
風呂から上がり、ツナギに着替えた2人は顔を見合わせた。
 
「サイズピッタリですね、よかった、ツンツルテンじゃなくて」
 と、ツナギを着たミシェルを見て安堵したアール。
「えぇ……でも……」
「やっぱりツナギはダメでした?」
 と、ドレッサースペースに移動しながら訊く。
「いえ、なんでもないの」
「……? なにかあるなら言ってください。気を使わないでくださいね、友達なんですから!」
 と、ドライヤーを手に持った。
「あ……あのね、ちょっとキツイかなって……」
「ホント? 一応一番大きいツナギを選んだんだけどなぁ」
 と、少し落ち込むアールに、ミシェルは留めを刺した。
「ツナギじゃないの……下着が……」
 
ガタンと、アールはドライヤーを落としてしまった。
ミシェルは下着と言ったがおそらくブラジャーのことだろう。
 
「アールちゃん! ご、ごめんね! きっとアンダーバストのサイズが私の方が大きいのね」
「……いいえ。乳のサイズからして違うのでしょう」
 と、アールは重々しく言いながら、落としたドライヤーを拾った。
「ごめんねアールちゃん……」
「謝られると胸が痛む気がします。乳だけに」
「…………」
 

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©Kamikawa
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