voice of mind - by ルイランノキ |
ルイ達がいる部屋に、ドアをノックする音が響いた。
電話を終えていたルイが立ち上がり、ドアを開けると、アールが立っていた。
「ルイ、帽子持ってないかな?」
「帽子ですか……僕は持ってませんが、少し待っていてください」
と、部屋に戻り、シドに尋ねた。
「カイなら変な帽子沢山持ってんだろ」
そう言いながら鉄アレイで腕を鍛えるシド。
「普通の帽子がいいと思いますが」
「めんどくせぇなぁ」
と、シドは鉄アレイを床に起き、シキンチャク袋から黒いキャップを取り出した。
「アールさんに貸してもよろしいですか?」
「あぁ」
ルイはシドのキャップを持ち、壁に立てかけていたアールの武器も持って、手渡した。
「帽子はシドさんに借りました」
「ありがとう」
そう言って被ってみた。「ブカブカだけどいっか」
「これからお出かけですか?」
「うん!」
「では念のため、武器を」
と、アールに武器を渡す。
「ありがとう……」
遊びに行くのに武器を持参するのは気が引ける。
「アールさん、例の件ですが、先程電話で尋ねてみましたが大丈夫だそうですよ」
と、ルイが微笑んだ。
「ほんと? よかった。まだミシェルの気持ちがわからないから何とも言えないけど、ありがとう」
アールは一度隣の部屋に戻り、待っていたミシェルに訊いた。
「ミシェルさんは帽子いりませんか?」
「うん。痣、そんなに目立たないかなって」
「そっか。──あ!」
何かを思い出し、シキンチャク袋から取り出した。ギップスに貰ったネックレスだ。
「なぁに? それ」
「このネックレスを付けたものは小さくなるんですよ」
そう言いながら鞘の栗形にネックレスを通した。すると、みるみる小さくなり、首に掛けられるようになった。
「便利な道具ね!」
と、ミシェルは驚いた。
「んじゃ、行きましょうか」
旅をしているときは常に険しい顔をしていたが、今日は旅を忘れて楽しめそうだと思うとワクワクして、顔が緩む。
2人はホテルを出てゲートボックスに向かった。ルヴィエールと違って、ゲートの利用者は少なく、3人しか並んでいない。
「アールちゃん、ログ街を出るの……?」
列に並ぶアールに、ミシェルが不安げに訊いた。
「うん、実はルヴィエールに行こうと思いまして!」
「え? ルヴィエールって……お洒落な街よね。私なんかが行くなんて場違いだわ。それにお財布持っていないし……」
「私が持ってるんで大丈夫ですよ。それに、今日は付き合ってくれるんですよね?」
と、アールは首を傾げた。
「でも……」
「そんなに気を遣わないでください。今日は一日、楽しみましょ」
そう言って無邪気な笑顔を見せたアールに、ついミシェルも笑顔になった。
ミシェルは、これまでのことを思い返していた。
ここ2年、あの男と付き合い始めてから彼中心の生活だった。彼と出会うまでは友人や仕事仲間が沢山いたが、次第に離れていった──
「ねぇミシェル、今度食事しない?」
ミシェルが彼と付き合い始めて間もない頃、友人から電話で食事に誘われたが、ミシェルは断った。
「あ……ごめんね。彼に映画へ行こうって誘われてるの」
「まーた彼? たまには私と遊んでよぉ」
「ごめんね。彼はいつも仕事が忙しくて、せっかくの休みの誘いを断ると、拗ねちゃうのよ」
「そっかぁ……しょうがないね。じゃあ暇なときに連絡してよ。久々に会いたいし」
「うん、それじゃあね」
その後も、一度も友人と会うことはなかった。何度か向こうから誘ってくれても、断ってばかりで、次第に誘われることもなくなった。
気が付けば自分の時間は無くなっていた。付き合い始めて間もなく、彼は仕事をクビになった。それから酒に入り浸るようになり、働かない彼の分も自分が働くようになったからだ。今までの仕事は辞め、高収入の仕事を探した。稼いだお金はいつの間には無くなっていた。彼が酒やギャンブルに使ってしまうからだ。仕方なく仕事を増やし、掛け持ちもした。
はじめは、そのうち立ち直ってくれると信じていた。だから友人の誘いも断り続け、仕事に没頭できた。けれど、待てども待てども彼は立ち直ってはくれなかった。
そしていつ頃からか、“彼には私しかいない”と思うようになっていた。自分が彼を支えないで誰が彼を支えるの?と。
連絡が来なくなった友人に、電話をかけてみた。相談してみようかと思ったからだ。だが、電話は繋がらなかった。友人の電話番号が変わっていた。
昔の仕事仲間に連絡をした。「全然連絡くれなかったのに、今更なに?」と言われ、謝って電話を切った。
普通に電話に出てくれた人もいた。けれど、彼の話をし始めた途端に声のトーンが下がっていった。
「ミシェルは彼の話ばかりだね」
携帯電話を片手に、寂しさに堪えていた。そんな時に、彼が後ろから抱きしめてくれた。酒の匂いが、心地好く感じた。
「ミシェル……俺にはお前しかいないんだ……」
孤独を感じていたミシェルにとってその言葉は涙が出るほど嬉しかった。私にも彼しかいないと思った。
彼の要望に上手く答えられなかった日は、暴力を振るわれた。
「なんでお前はそんなことも出来ねんだよッ!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
何度も謝った。怖かったから。見捨てられるのが、怖かったから。
要望に上手く答えられた時には、優しく抱きしめてくれた。
暴力を振るわれても、見捨てないでいてくれた。失敗ばかりして彼を怒らせてばかりの自分を、見捨てないてくれた。──彼は優しい人。
「痛かったか? ごめんな……ごめん……。お前のことが好きだから、他の男と喋ってるだけで嫌なんだよ……」
「お前がしっかりしていりゃ俺は暴力を振るったりしねーんだよ! イライラさせんじゃねーよッ!!」
「ミシェル愛してるよ……。いつもありがとう。本当は感謝してるんだ……」
「お前だけだ……俺の支えになってくれるのは……」
「俺はお前を見捨てたりなんかしない……」
あんな馬鹿女好きでもなんでもねぇーからに決まってんだろぉがッ!?
「…………」
「ミシェルさん? 嫌なら嫌って言ってくれていいですよ?」
と、アールは俯いているミシェルにそう言った。
「え……?」
ミシェルはハッとして、アールに目を向けた。
色鮮やかでお洒落な洋服を身に纏った人々が街を行き交っている。
「ミシェルさん?」
「あ……ごめん、なあに?」
2人はルヴィエールに来ていた。
「ここのお店、入りませんか?」
そう言ってアールが指を差したのは、大人可愛いガーリッシュな洋服店だ。
「え……私ちょっと……」
と、ミシェルは自分が着ているツナギに目を向けた。
「やっぱりこの街でツナギって浮いてますよね。でも、だからこそ入るんですよ!」
そう言ってアールは、ミシェルの手を掴んで店内へ足を踏み入れた。
Thank you... |