voice of mind - by ルイランノキ


 秋の扇13…『変形した心情』

 
ログ街中央ホテル20号室。午前1時過ぎ。
 
ミシェルはまだ個室から出てくる気配がない。ミシェルが出てきたときにすぐに気づけるよう、アールは個室の側で横になり、布団をかぶって眠っていた。
 
隣の19号室では、ルイが窓際の椅子に座り、モーメルに貰ったデータッタを見遣り、シュバルツの状況を確認していた。カイは変わらず寝言を発しながら眠っている。
 
シドが風呂場から戻り、畳んであったベッドを広げて腰掛けた。肩に掛けていたタオルで濡れた髪を大ざっぱに拭く。
 
「シドさん、髪はドライヤーで乾かさないと風邪をひきますよ」
「そんなやわじゃねぇって。それにお前より髪みじけーしすぐ乾くっつの」
 
ルイとシドがたわいのない会話をしているとき、屋外から男の叫び声が聞こえてきた。
 
「なんだ? 騒がしいな」
 シドはカーテンが閉まっている窓を見て立ち上がる。
「また酔っ払いの騒動では?」
「かもな」
 そう言いつつも、カーテンを開けた。
 
外は暗く、部屋の明かりが反射してよく見えない。シドが窓を開けた瞬間、騒いでいた男の声が入り込んだ。
 
「いつまで隠れてやがんだッ! いるのはわかってんだぞミシェルッ!!」
 
その声は、隣の部屋で寝ていたアールの耳にも届いた。アールは飛び起き、立ち上がる。
 
「なに……?」
 
ミシェルを呼ぶ男の声がした。寝ぼけているだけだろうか。それにしても聞こえた声にリアルさを感じる。大きな怒鳴り声だったが、距離を感じた。不安を抱きながら窓に目を向けたとき、けたたましく部屋のドアを叩く音が響いた。ビクリと体を強張らせ、身を屈めた。
 
「アールさん! 僕です!」
 ルイの声にホッとする。だが、緊迫した声にまた不安が襲った。
 
アールはそわそわしながらドアに駆け寄った。恐る恐るドアを開けると、不安げな面持ちのルイが立っていた。
 
「ミシェルさんは……?」
「まだ個室にいる。さっきの声って……」
「恐らく、ミシェルさんの恋人かと」
 
壁や地面に物を投げつけたような激しい音やガラスが割れる音がする。
怒りに任せて叫ぶ男の声に心が張り詰めた。
 
「捜しに来たの……?」
「そうでしょうね。とにかく、ミシェルさんが動揺しないよう──」
 ルイが言い終える前に、青ざめた表情のミシェルが個室から飛び出してきた。
「ミシェルさん!」
 ミシェルは2人の方へと駆け寄ったが、2人には目もくれずに部屋の外へと飛び出そうとした。ルイとアールは慌ててミシェルを止めに入った。
「ミシェルさん、落ち着いてください!」
 そう言ってルイはドアを塞いだ。
「どいて! 彼が呼んでるの!」
「行っちゃダメだってば!」
 アールは必死にミシェルの腕を掴んだ。「行ったらまた殴られちゃうよ!」
「それでもいーのッ!!」
 
喉が切れそうなほどにそう叫んだミシェルは、アールの手を振り払った。アールはよろけて尻餅をついた。
 
「私には彼が必要なの! 彼だって私を必要としてくれてるのッ!!」
 
ミシェルはルイを力ずくで退かそうとしたが、ルイの方が力が強い。それでも外へ出て行こうとする彼女は、両手の拳を力いっぱいルイの胸に叩きつけた。
 
「どいてよッ! 早く行かないと彼がッ……お願いどいてッ!!」
 ルイは暴れるミシェルの手首を掴んだ。
「彼の元へ行くのは賛成出来ません。特に今はお二人共精神状態が不安定ですから」
「離してッ!」
 手首を握られていても暴れようとするミシェル。ルイはつい押さえる手に力が入った。
「痛いッ!」
 苦痛な顔でそう言ったミシェルに、思わずルイは手を緩めた。その瞬間、ミシェルは部屋の外へと飛び出して行った。
「ルイ! なんで離すの!」
 と、アールはすぐにミシェルの後を追う。ルイも慌てて後を追った。
「すみません! つい……」
 
階段を駆け降りて1階に着くと、ロビーでミシェルの姿を捉えることができた。シドがミシェルの腕を掴んで阻止していたのだ。
 
「シドさん!」
「テメェら2人いてなにやってんだよ。この女を匿うんじゃなかったのか?」
 
アールは息を切らしながらミシェルの背中にしがみついた。なにがなんでも行かせるわけにはいかない。
 
「し、シドはなんでここにいんの?!」
 アールは、離してと繰り返し叫んでいるミシェルをよそに、問い掛けた。
「お前らが匿った女の男がどういう奴か顔を拝んでやろうと思ってな」
 どこか楽しそうに答えるシド。
「離してったらッ!」
 ミシェルは体をよじってアールの腕を振り払おうとした。アールは必死にしがみつく。まるでレスリングでもしている気分だ。
「ダメだってば! てゆうか行かないで!!」
 と、その時、遅れて階段を下りてきたカイが安心した笑顔で駆け寄った。
「なーんだみんなここにいたのかぁー!」
 アールが必死にミシェルの背中に抱き着いている。「なにしてんの? まーぜてっ!」
 そう言いながらカイはアールの背中に抱き着いた。
「離してよっ!!」
 と、ミシェルとアールは口を揃えて叫んだ。
「カイさん、こんなときになにをやっているのですか……」
 ルイは呆れながらカイをアールから引き離した。
「なにって、俺が訊きたいよー。目が覚めたらみんないなくて俺だけ仲間外れだしー」
 
外で暴れている男がミシェルを求めて叫んでいる。
 
「出てこいッ! ミシェル!! さっさと出てこねーとぶっ殺すぞッ?!」
 その声に遅ればせながらカイが察した。
「……やばくなーい?」
「今更おせんだよ」
 シドは男がいる外に目を向けた。
 
道路を挟んだ向こう側に男の姿がある。暴れ狂い、騒がしさに周囲の建物から人が顔を覗かせている。──いい見世物だ。
 
「ミシェルーッ!! どこにいんだ顔出せよッ!! 聞こえてんだろ!!」
「……お願い行かせて」
 涙を流しながらミシェルは訴えた。「もう彼から逃げたりしない……。彼の傍にいて、支え続けるって決めたの……」
「別れたほうがお互いのためだってば!」
 アールは思い止まらせようと必死に叫んだ。
「アールちゃんになにがわかるのよ……私には彼しかいないの! きっと彼にとっても私しかいないの! あんなに私を必要として捜しに来てくれた……彼を支えられるのは私だけなのよ……」
「お前、頭大丈夫か?」
 と、シドが口を挟んだ。
「シドは黙っててよ……。ミシェルさん、『ぶっ殺す』とか言われてなんでまだ……」
「好きだからよ……」
 と、ミシェルは、力なく膝をついた。
 
アールはそんなミシェルを胸が塞がる思いで見遣った。
 
──時々、愛ってなんだろうと、アールは思う。
所詮他人である人間を好み、愛に変わる。境界線もハッキリしない。きっと人によって境界線は違う。愛の大きさや強さも違う。一言で愛と言っても、形は人それぞれ。
彼に対するミシェルの思いを理解するのは難しい。彼女の気持ちも理解せず一方的に否定するのは間違っているのだろうか。でも、理解する必要はあるのだろうか。彼女の気持ちが痛いほど理解出来たなら、きっとこんなにも真剣に力づくで止めたりなんか出来なかったかもしれない。実際に、同じ経験をしたことがないからわかるはずもない。
 
「シド……」
 膝をついて泣き崩れているミシェルに寄り添っていたアールは、すくと立ち上がった。
「あ?」
「ちょっと……ミシェルさんのこと、お願い。絶対に外には出さないで」
「は?」
「アールさん? どうするおつもりですか?」
 と、ルイが不安げに問う。
「……ちょっと確かめてくる」
 
そう言ってホテルを出ていくアールに、ルイは手を伸ばした。だが、アールの背中に力強さを感じ、静かに手を下ろした。
男の元へ向かったアール。危険なことは重々承知だった。
シドはため息をつき、ミシェルの前にしゃがみ込んだ。
 
「お節介女がお前のために出て行ったぞ」
「──?!」
 
涙を浮かべ、不安げに顔を上げたミシェル。立ち上がり追いかけようとする彼女の腕をシドが掴んだ。
 
「お前が行くとアイツが行った意味がなくなんだろ。ルイが歯を食いしばってアイツを行かせた意味もな」
 

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