voice of mind - by ルイランノキ


 秋の扇12…『相談があるの』

 
ルイは食器を1階へ運んだ後、アールたちのことを気に掛けながら自分の部屋へと戻った。カイはベッドでスヤスヤと眠っている。いつの間にか帰っていたシドは床に座って雑誌を読んでいた。
 
「何者なんだ?」
 と、シドはルイに目を向けた。
「なにがです?」
 ルイは椅子に腰掛けながら訊き返した。
「ミシェルってやつだよ。壁が薄いから話聞こえてたぞ」
「そうでしたか……。アールさんのお友達だそうです」
「友達? うさんくせぇな」
「話によると、ホテルのお風呂場で出会ったようです。VRCでも会ったようですよ」
「へぇ。──まぁ男の暴力を正当化するなんてろくな女じゃねーな」
 そう言ってシドは雑誌に視線を戻した。
「シドさん? そんなに聞こえていましたか?」
「……壁が薄いんだよ」
「確かに古いホテルですし、下の階から苦情が来ますが……アールさんはおさえめの声で話されていましたよ?」
「うっせーなぁ。なにが言いてんだよ!」
 
シドが苛立って声を張り上げると、その声に反応したのかカイが寝返りをうった。掛け布団がめくれ上がり、ルイが掛け直そうと立ち上がる。
 
「……これは?」
 枕元に手の平サイズのメガホンがあった。「シドさん、これはカイさんのものですか?」
「俺がそんなもん持ってるわけねーだろ」
「これでなにをしていたのでしょうね」
 そう言いながら掛け布団をなおすルイは、聞かなくても察しがついていた。
「……言うなと言われたが黙ってる必要もねぇか。俺が得するわけじゃねーし」
 と、シドは言う。
「なんです?」
「カイに言うなって言われたんだよ。それ使って隣の部屋を盗み聞きしてたことをな」
「やはりそうでしたか」
 と、眠るカイに目を向けた。「悪趣味ですね。困った人です」
「そうだな」
 他人事のようにパラパラと雑誌をめくる。
「シドさんにも困ったものですよ」
「はぁ? なんで俺もなんだよ!」
「なぜ止めなかったのですか」
「やめとけとは言ったっての!」
「おっしゃっただけですよね」
「うっせーな! ガキじゃねんだから一度注意されて聞くのが普通だろ! なんで何度も注意しねーといけねんだよ!」
「それもそうですが……」
 シドは苛立ちながら雑誌を持って立ち上がった。
「てめぇは頭が固いんだよ」
 と、持っていた雑誌をルイの頭の上にバサッと置いた。「難しい本ばっか読んでるからだろ? 貸してやるよ」
 
ルイは雑誌を手に取り、表紙を見遣った。セクシーなお姉さんが豊満な胸の谷間を寄せてカメラ目線をキメている。
 
「こんなもの読みませんよ! そもそも読み物ではありません!」
「よーくご存知で。」
 と、シドはニヤリと笑う。
「こ、こういった物を買うのは無駄遣いです!」
 ルイは酷く動揺し、雑誌をシドに突き返した。
 
シドは知らんぷりをしてシキンチャク袋から着替えを取り出しはじめた。
 
「聞いてますか?!」
「お前の小説はどーなんだよ。趣味なんか人それぞれだろ?」
「そうですが、このようなものは……」
「言っとくがそれ、カイのだからな」
 と、シドはルイの肩にポンッと手を置き、部屋を出て行った。
「か、カイさんッ?!」
 
ルイの怒りが増していることもつゆ知らず、カイは気持ちよさそうに夢の世界に入り込んでいた。
 
━━━━━━━━━━━
 
シドは風呂場へと向かった。ルイの動揺っぷりには笑いがこぼれる。まったく興味がないわけないだろうに、と思いながら1階まで下りると、廊下の向かい側からフードを深くかぶった男が歩いてきた。特に気にも留めずにすれ違ったその時、男がボソリと呟いた。
 
「──出て行け。」
 それは咳払いで消えてしまいそうなほど小さな声だったが、シドは聞き逃さなかった。
「あ?」
 足を止めて振り返ったが、男は逃げる様子もなく背を向けてフロントの方へと歩いていく。
「独り言か……?」
 それにしても不快だ。──ふと、アールが言っていた事を思い出す。
 
 これは警告だって声がしたの
 
シドはハッとしてすぐに男の後を追ったが、既に男はホテルの外へ出ており、見回してみても男らしき姿はどこにもなかった。
 
「……なんなんだよめんどくせぇな」
 
誰に対して出て行けと言ったのか定かではないが、言われる心当たりがあるとただの独り言だったとは思えない。
 
シドはもやもやした感情のまま脱衣所で服を脱いだ。この感情も綺麗さっぱり洗い流せたらスカッとするだろうに、問題を解決する他ない。
ルイに言われた通り、先に体を洗い終えてから熱湯風呂に浸かった。熱い湯で顔を洗うといくらかスッキリする。
ふと、ワオンのことが頭を過ぎった。VRCで言われた言葉に苛立ちが募る。
それはさほど遠くない記憶。
選ばれし者“グロリア”の支えの光として旅を始める前に、VRCへ登録した。今以上の力を身につけるためだ。そこで出会ったトレーナーが、ワオンだった。
 
「よぉ、俺が今日からお前をビシバシ鍛える指導員、ワオンだ。よろしくな!」
 そう言って白い歯を見せたワオン。第一印象は“ウザイ奴”だった。
「わりぃが指導はいらねーよ。ただ、特別室を使うにはトレーナーがいねぇと使えねぇっつーから仕方なくだ。勘違いすんな」
 シドは無愛想にそう言った。
「特別室? だっはっは! 死ぬ気なら止めねぇがうちのVRCで自殺は勘弁だ。シド、あんたは自分の腕に自信があるようだが、どれほどの力があるか知らないのに特別室は開けられないな」
「……めんどくせぇな」
 
結局一般の戦闘部屋を借りることになり、トレーニングを開始した。しかしここで自分の無力さに気づいた。
VRCへ参加する前日、モーメルに魔力を授かっていた。魔力を得てからというもの、心なしか体が重く感じ、疲れやすい気もしていたが、まさか元から持っていた力がここまで発揮出来なくなっているとは思ってもみなかった。
 
シドは戦闘部屋で倒れ込んだ。息を切らし、呼吸がままならない。
 
「おいおい、誰が特別室を使いたいって? 自信があったわりには全然だな」
「ハァ……ハァ……うるせ……」
 
授かった魔力を試すどころか、今まで楽勝に仕留めていた魔物にさえ苦戦する。気分が悪かったが、ワオンの指導に従いトレーニングを積むしかなかった。
日々VRCで鍛えている最中、ある女性が頻繁に施設へ訪れるようになる。それが、ワオンの恋人である、カレンだった。
 
「お疲れ様。これ食べて午後からもがんばってね」
 そう言いながらカレンは弁当をワオンに手渡した。
「おぉ! いつも悪いな!」
 照れながら花柄のバンダナで包まれた手作り弁当を受け取るワオンを、シドは冷めた目で見ていた。
 
すると、カレンはシドに歩み寄り、もうひとつの弁当をショルダーバッグから取り出し、差し出した。
 
「あなたの分も作ったの。よかったらどうぞ」
「は?」
「スナミナ料理よ。本当は作りすぎちゃって……」
「そりゃどーも」
 と、シドは渋々受け取った。
「おいおい、もっとありがたく思えよ!」
 と、ワオンが言った。「カレンの手料理が食えるなんて幸せ者だぞ!」
「作りすぎた残りものを、どーもありがとう」
 と、厭味を含ませてお礼を言い直すシド。
「まったく……。悪いなカレン、こいつはこういう奴なんだ」
「ううん、いいの。食べてもらえると助かるわ」
 そう言ってカレンは笑った。
 
この日を境に、カレンはシドの弁当も作ってくるようになった。「また作りすぎちゃったの」と、そう言って。シドははじめこそためらっていたが、食費が浮くからと特に文句を言うことなく受け取っていた。
 
それから1ヶ月ほどたった頃、いつものように朝からVRCへ向かうシドに声を掛けた女性がいた。
 
「シドさん」
 振り返ると、そこに立っていたのはカレンだった。
「……あ?」
「あのね、ワオンには内緒で相談があるの……。少しだけお時間、いいかな?」
 寂しそうな表情でそう言ったカレン。
 
シドは仕方なくカレンと近くの喫茶店へ入って行った。
 

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