voice of mind - by ルイランノキ


 粒々辛苦31…『メモとメールの使い方』

 
ホテルに戻った一行は、晩御飯を食べ終えてからそれぞれ自由な時間を過ごしていた。
カイはルイに促されて一緒に歯を磨き、風呂場へ。不機嫌だったシドも少しは落ち着き、風呂場へ向かった。
 
アールは個室にある机に向かっていた。ノートを広げ、出会った人の名前を忘れないようにと書き留める。
 
「えーっと、リアさん、ゼンダさん……魔術師のモーメルおばあちゃんに、シェラ! シェラ……名字なんだっけ……」
 自分の物覚えの悪さに苛立つ。大切な人の名前さえ、すぐに覚えられない。
 
旅の途中で出会った、ジム、ドルフィ、コモモ、ジャック、エディ。自分をこの世界へ呼んだギルト。ルヴィエールで出会った老人、セル……なんとか。それから……。
旅を初めて、様々な人と出会った。悲しい別れもあった。きっとこれからも、出会いと別れを繰り返す。そうやって旅を続けていく。
 
「別れ……か」
 アールはペンを持つ手を止めた。
 
数えきれない人達と出会っても、最終的には全ての人達と別れる。仲間である、シド、カイ、ルイ達とも、いずれ別れが来る。そう考えると少しだけ、物悲しさを感じた。元の世界へ帰ることを望んでいる自分。そのために旅を続けている自分。
──別れが寂しいからといって、この世界に残ることはない。
だけど、これから先、彼等と旅を続けていたらますます情が移る。きっと別れることの悲しみが大きくなっていく。そうなれば……?
 
「…………」
 アールはノートをパタリと閉じた。
 
カーテンの隙間から、三日月が顔を出している。
 
「この世界に、家族はいないじゃない」
 
やり残したことが、沢山ある。伝えたいことが、沢山ある。会いたい人がいる。声を聞きたい人がいる。果たしたい約束がある。私の将来の夢は、この世界では叶えられない。
自分の世界は、此処じゃない。揺らぐはずがない。
アールは変わってゆく自分に、戸惑いを感じていた。
 
「お風呂入ろっと……」
 
風呂場へ行く準備をして、個室を出た。 ルイ達はまだ戻っていない。部屋の電気を消そうとして、テーブルの足元に見慣れない物が置いてあることに気づいた。
 
「あっ体重計!」
 
アナログの体重計だ。電気を消すのをやめ、着替えをテーブルの上に置き、体重計の前に立った。体重計に乗るのはいつ以来だろう。この世界に来てからは初めてだ。長距離を歩き、VRCで汗を流し、ストレッチもはじめ、期待が膨らむ。
 
「予想は……マイナス5キロ!」
 ドキドキしながら、まずは右足を乗せる。
「服の重さもあるからなぁ」
 ゆっくりと体重を乗せていく。
「よーし……一気に乗っちゃえ!!」
 アールは目を閉じて体重計に乗った。
 
体重を示す針が揺れ動く音がする。音が止み、ゆっくりと目を開け、体重を確認した。
 
「いっ……いやぁあぁあぁあぁあッ?!」
 体重から飛び降りてしゃがみ込んだ。両手で顔を覆い、愕然とする。
「どーしたっ?!」
「どうしたのー?!」
「アールさん?!」
 と、3人が部屋に飛び込んできた。どうやらアールの悲鳴が廊下にまで聞こえたらしい。
 
アールはすくと立ち上がり、無言で着替えを持った。呆然としながら部屋を出ようとする。
カイが体重計に目をやった。
 
「あ、アールぅ、体重計乗ったー? 俺ねぇ今日絶対痩せたと思って体重計出してみたらさぁ」
「うるさい!」
「え……?」
 
アールは泣きそうな顔でカイを睨みつけると、風呂場へ向かった。
 
「アール……なんで怒ってんのぉ?」
「先ほどの悲鳴は一体……。なにもなかったのならいいのですが……」
「女ってのはめんどくせー生き物なんだよ。考えるだけ無駄だろ。放っておけ」
 
アールはショックを抱えたまま風呂場に着くと、脱衣所に先客がいた。初日に会ったおばさんだ。
  
「あ……」
 と、アールを見るやいなや嫌な顔をする。避けるように服を着た。お風呂から上がったところらしい。
 
むしゃくしゃしていたアールは知らんぷりをした。服を脱ぎ、バスセットを手に風呂場へ。
 
「あ……ミシェルさん!」
 ミシェルが湯舟に浸かっていた。アールに気づき、笑顔を見せる。
「アールちゃん! また会ったね」
「うん! 風呂場で会うってちょっと恥ずかしいけど」
 と、アールは先に体を洗い始めた。
「アールちゃんどうしたの? その顔の傷とか……」
「あっ……VRCでちょっと」
 と、苦笑い。
 
体を洗いながら、青痣を見つけていく。防護服の効果がないことを改めて知る。
髪も洗い終わり、ミシェルの隣に入った。
 
「ミシェルさん聞いてください……」
 と、ミシェルに目をやって気づく。ミシェルの腕にも痣が増えている。
「あ、私もね、VRCで無理しちゃったの。──で? なにかあったの?」
「あ……実はさっき、体重計に乗ったんです。2キロ増えてました……」
「2キロくらいなら、すぐに落ちるわよ」
「落ちないんです! 旅を始める前の体重から2キロも増えたんですよ?! 沢山歩いたりバトルしたり、汗を流したのになぜに増える……」
 アールは力無く湯舟の中へ沈んだ。──ブクブクブク……。
「ちょっとアールちゃん?! 大丈夫?!」
「ぶふわぁ!!」
 と、湯舟から顔を出した。「ありえないです2キロ増えるとか……」
「多分、脂肪は減ったんだけど筋肉がついたからじゃないかな?」
「え……。お腹ぷよぷよですよ?」
 お腹の肉をつまんだ。
「引き締まってはいるんじゃないかな。太ってるようには見えないし、気にすることないよ」
「身長が伸びて体重が増えたなら許せるんですけどね」
「ふふふ! 気にしてるの? 可愛いと思うけど」
「可愛いって……。あ、ミシェルさんて今何歳なんですか?」
「23よ。アールちゃんは?」
「21です!」
 そう答えながら、ミシェルが年上でよかったと感じていた。落ち着きがあって、綺麗な人が自分より年下だと虚しい。
「若く見えるのね、羨ましいな」
「羨ましがらないでください……。あ、ミシェルさんは恋人とかいるんですか?」
 
先日、ワオンに訊いてくれと頼まれたことを咄嗟に思い出して尋ねた。
 
「あ……うん」
 けれど、ミシェルの表情が少し雲ったのを見逃さなかったアールは、これ以上深く訊くことはしなかった。うまくいっていないのかもしれない。
「そっかぁ。VRCのワオンさんって知ってます?」
「ワオンさん……えぇ。この前アールちゃんといた人よね」
「はい! どうやらミシェルさんのことが気になるようで」
 と、アールは楽しそうに笑う。
「うそぉ?! 話したこともないのよ?」
「一目惚れってやつですかねぇ……にひひ!」
「ちょっとからかわないでよぉ!」
 
しばらくの間、2人はたわいのない会話で笑い合った。脱衣所で会ったおばさんに嫌な顔をされたこともすっかり忘れて。
  
「じゃあまたね、アールちゃん」
 先にお風呂に浸かっていたミシェルが、湯舟を出る。
「はい! あっ、ミシェルさんケータイ持ってます?」
「けーたい?」
「携帯電話です。よかったら教えてくれないかなと思いまして」
「あぁ! いいわよ、ちょっと待って……」
 と、脱衣所へ向かおうとして足を止めた。「ごめんね……また今度でいいかな。今日電話持ってきてないの」
「あ、はい。大丈夫です」
「じゃあまたね」
 
またねと普通に挨拶をして風呂場を後にしたミシェル。連絡先を知らないし、待ち合わせをしたわけでもないのに、不思議とまた会えるような気がしていた。
 
アールが部屋に戻ると、カイはベッドでぐっすりと眠っていた。シドは刀の手入れをしている。ルイはテーブルに向かい、誰かに電話をしていた。
 
「ねぇシド、シェラのフルネーム覚えてる?」
 と、シドの前に腰を下ろして訊いた。
「知るか」
「そっか。じゃあ聖なる泉に立ってる女性像の名前は?」
「……アリアン像か?」
「アリアン様か」
 
アールは立ち上がって個室へ入った。机に置いていたシキンチャク袋からノートを取出して名前を書く。ノートを持ってまたシドの前に座る。シドは迷惑そうな顔をした。
 
「ねぇ、シドのフルネームってなんだっけ」
「なんなんだよ……。んなこと訊いてどーすんだ」
「念のため覚えておこうと思って」
「それでわざわざメモとってんのかよ……」
「うん。で、名前は?」
「バグウェル」
「バグエル? シド・バグエル?」
「バグウェルだ。バグ“ウェ”ル」
「バグウェルさん……」
 そう呟きながら、ペンを走らせた。「カイはなんだっけ」
「カイ・ダールストレーム。ルイ・ラクハウス」
「ありがと」
 メモをしているアールを見て、シドが呆れたように言う。
「なぁ、わざわざノートに書かなくても電話使えばいいたろ……」
「電話?」
 と、アールは顔を上げた。
「携帯電話。メモ機能もあるしメールの下書き保存を使った方が早いだろ」
「あ……そっか。でも私まだメールの使い方知らなくて……。あ!」
「教えろとか言うなよ? めんどくせぇ」
「ケチ」
「ルイに教えてもらえよ」
 と、ルイに目を向けるがまだ電話中である。
「ルイは電話中だよ。ちなみにカイは寝てる」
「……ったく面倒くせぇなぁ」
 と、シドは刀を仕舞った。
「教えてくれるの?!」
 アールは満面の笑みで携帯電話を取り出した。
 
シドはため息をつきながらもアールに使い方を教えた。数字キーに文字が書かれていないせいでメールの使い方がわからなかったが、右上にあるボタンを長押しすると数字キーに文字が浮かび上がった。表示設定を変えられるらしい。メールの打ち方はアールの世界の携帯と変わらず、すぐに覚えることが出来た。
そうこうしている間にルイの電話が終わり、アールはルイにシェラのフルネームを尋ねた。
 
「シェラ・バーネットさんですよ。──アールさん、明日またモーメルさんの家へ行きますが、いいですか?」
「私も?」
「はい。今モーメルさんから連絡がありまして、用があるとのことです。明日なにかご用事でも?」
「えっと……」
 
──どうしょう。明日は仕事に行かないといけないんだけどな……。
 

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