voice of mind - by ルイランノキ


 粒々辛苦30…『苛立つシド』

 
シドを捜しに行ったルイはなかなか戻って来なかった。待ちくたびれたアールは、ポケットから携帯電話を取り出して着信履歴からルイに電話を掛けた。呼び出し音が繰り返し流れる。出る気配がなく、電話を切ろうとした時、漸くルイが電話に出た。
 
『もしもし、アールさん?』
「うん。シドは見つかった?」
『それが、裏庭へ行ったのですが既にいませんでしたので施設内を捜していたら、2号館の戦闘部屋で見つけました。──ただ、魔物と闘ってばかりでなかなか出て来ないのです』
「今どうしてるの?」
『操作室から声を掛けてみたのですが、聞く耳を持ちませんね』
「そっか……」
『先に帰ろうかとも思うのですが、晩御飯までに帰宅してくださるかどうか……』
「2号館の戦闘部屋だっけ」
『えぇ。2号館の1階、6号室の戦闘部屋です』
「6号室ね。……とりあえずカイも一緒にそっちに行くよ。3人掛かりで連れて帰ろ?」
 
アールはルイと話しながら、カイに目を向けた。カイは少し面倒くさそうな表情をして、立ち上がった。
電話を切ってアールも立ち上がる。背伸びをして、ため息を零した。
 
「はぁ……。じゃあ行こっか。6号室の戦闘部屋だって」
「シドは世話が焼けるなぁ……」
 と、カイはゾンビのようにフラフラと歩く。
「大丈夫? 玄関で待っててもいいよ」
 と、廊下を右に曲がりながら言うと、カイがアールの腕を掴んだ。
「俺も行くよ。だって2号館は左だよー? アール迷子になるよぉ……」
 
カイとアールは6号室の前に着くと、廊下から戦闘中のシドを眺めた。次から次へと出現する魔物を、休むことなく倒していく。
 
「鬼の形相だねぇ……」
 と、カイが窓ガラスに寄り掛かりながら言った。
「まだ不機嫌みたいだね。操作室行こ?」
 アールはカイを連れて、ルイがいる操作室に入った。
「アールさん、すみません来てもらって」
 操作室の椅子に、ルイは座っていた。
 
アールはルイの隣に立ち、シドに目を向ける。魔物を倒すと自動的に新たな魔物が現れる。
 
「シドの様子は相変わらずだね」
「えぇ。自動システムに切り替えられていて、ここから解除も出来るのですが……」
「勝手なことしたら後が怖いね」
「えぇ……。呼び掛けてみますか?」
 ルイは席を立った。代わりにアールが座る。
 
ルイは機材に取り付けられている固定マイクのスイッチを入れた。
 
「どうぞ」
「えっと……シド? 聞こえる?」
 
ガラス越しに、戦闘中のシドを見ながら呼び掛けたが、アールの呼び掛けを無視してお構いなしにバトルを続けている。
 
「そろそろ帰ろ? 自動システム解除するよ?」
 そう促すと、シドが刀を振りながら怒鳴った。
「勝手なことすんじゃねぇ! 先に帰ってろッ!」
 
アールはルイと目を合わせ、首を振った。ルイはマイクのスイッチを切った。
 
「先に帰りましょうか……」
「自動システム切っちゃえばー?」
 と、カイが欠伸をしながら機材に手を置いて寄り掛かると、ピピーッ! と、機械音が鳴った。
 カイは瞬時に機械から離れる。アールも血の気が引き、勢いよく席を立った。
「か、カイ……なにしたの……? 今の何の音……?」
「わわわわからない! 俺なにもしてない!」
 ルイは冷静に、カイが寄り掛かった場所に目を向けた。
「──自動システムがOFFになっていますね」
 
ルイがそう言った瞬間、ガラス越しにシドの殺気を感じたが、誰もシドに目を向けなかった。いや、向けることが出来なかった。
 
「カイ! なんで勝手なことすんの?!」
「ち、違うよ! わざとじゃないよぉ!」
「カイさん先程、自ら自動システムを切ろうと言いましたよね……?」
 アールとルイから責められ、カイはパニックになって頭を掻きむしった。
「ちがっ! た、確かに言ったけどぉ、今のは事故だよぉ!!」
 
──と、その時、突然操作室のドアが開き、3人は体を強張らせた。
シドが怒りに満ちた面持ちで歩み寄ってきた。3人は操作室の奥へと後ずさった。自動システムを解除したカイは2人の後ろに身を隠す。
 
「誰だ……? 勝手なことをしたのは……」
「シ、シドさん、事故ですよ、わざとではなく……」
「誰だって訊いてんだよッ!!」
 シドは思いっきり壁を蹴った。
 
アールはカイが素直に白状するだろうと思って待っていたが、自分の右手が意識せずに上がり、驚いた。
 
「え……?」
 後ろに身を隠しているカイがアールの手首を掴んで手を上げさせたのだ。
「ちょっと! なにすんの!」
 振り返ってカイに怒鳴った。カイは頭を下げ、両手を合わせて無言の謝罪。
「──おまえか?」
 シドの声が真後ろから聞こえ、恐る恐る前を向くと、シドが至近距離まで近づいていた。
「いや……違う……私じゃない……」
「なら誰なんだ? あ?」
「そのっ……」
「僕ですよ」
 と、ルイが名乗り出た。「すみません。機材に寄り掛かってしまい、解除してしまいました」
 
シドは眉間にシワを寄せ、ルイに近づいた。アールは背中に隠れているカイの頭をペチン!と叩いた。
 
シドはルイの胸倉を掴んで、「勝手なことしてんじゃねぇッ!!」と、罵倒した。アールは慌ててシドの服を掴み、引き寄せた。
 
「違う違う! ルイじゃないから!」
「はあッ?!」
「とにかく出よう! ね?」
「やっぱテメェがやったのか!?」
「違うから! 誰のせいでもないんだってば!」
 
本気で苛立っているシドに、真犯人を言う気にはなれなかった。アールはシドの腕を掴んで一先ず操作室から連れ出したが、シドはアールの手を振り払って無言で歩き出した。
 
「ルイ、カイ、帰ろ!」
 操作室を覗き込んでそう言うと、シドを追った。
「シ、シド……、帰るでしょ?」
 シドの足は速く、どうしても小走りで後ろを歩くアール。
 
かなり殺気立ち、話もしたくないシドは無視を決め込んでいる。
 
「ねぇ……話しなくていいから、とりあえず帰ろ? ほら、シド昼食食べてないんじゃない?」
「…………」
「聞いてる?」
 シドは舌打ちをして立ち止まった。
「うーっせぇなぁ! 話さなくていいなら話しかけんなボケッ!」
「あ、そっか。そうだよね、ごめん。──それで、帰るんだよね?」
「はぁあぁぁ……」
 と、シドは深いため息をこぼした。「帰りゃいいんだろーが帰りゃ……」
 そしてまたズカズカと歩き出す。
「よかった……」
 カイとルイも後ろのほうから歩いてくる。
 
一同は施設を出て駐車場へ向かった。
 
「あ、シドはバイクだよね?」
 と、アールは言う。
「…………」
「シドのバイクって後ろ乗ると怖い? 大きいバイクだから安定してそうだけど……」
「…………」
「あ、あのね、カイの自転車の後ろに乗ってきたんだけど、お尻が痛くて……。あっ、実はVRCに来る途中でママチャリに変えたの。……ママチャリってわかる? 荷台がついてるやつ。だからお尻が痛くて痛くて……それでね?」
「っだぁーッ! もうほんっとうっせぇなお前は! なんなんだよ!!」
 駐車場を目の前にして、2人は立ち止まった。 
「いや……だからその……あわよくば後ろに乗せて欲しいなって」
「はぁ?! お前さ、俺が今どんだけ苛立ってんのかわかってんのか?!」
「うん……超怖い顔してるし殺気立ってる」
「わかってんならなんでそう苛立ってる奴に頼みごと出来んだよ!!」
「……だめ? あ、でも安定してないなら後ろに乗るのはやめようかな……怖いし」
「誰が乗せるかボケッ!」
「そうだよね……」
 と、アールは肩を落とした。
 
シドはひとりでバイクを停めた場所まで歩いて行った。
ションボリと肩を落として立ち止まっていたアールに、カイとルイが追いついた。
 
「アールぅ? どうしたのー? シドにイジメられたのぉ?」
「ううん。自転車の荷台に座るとお尻が痛くて。今からちょっと憂鬱なだけ」
「あぁ! じゃあクッション敷く?」
 と、カイはシキンチャク袋からクッションを取り出した。「ジャジャーン! 椎茸柄のクッションーっ」
「……珍しい柄だね。ありがと、助かる」
「俺ねぇ、珍しいの好きだからさぁ」
「うん、そんな感じ」
 

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©Kamikawa
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