voice of mind - by ルイランノキ


 粒々辛苦32…『夢と現実』

 
「何時くらいに行くのかな?」
 と、アールは訊いた。
「午前中には行きたいと思うのですが」
「そっか。うん、了解」
「大丈夫ですか? なにか用事があるようですが……」
「ううん。大した用じゃないから」
 
嘘をつくのは、辛いことだ。心配かけまいと仕事をしていることは秘密にしていた。だけど、一度嘘をついてしまうとボロがでないようにとまた嘘を重ねてしまう。
仕事を始めたと伝えたらルイはどんな反応をするだろう。いい顔はしないのは目に見えている。危険だからとやめるように言われれば、スマイリーさんに迷惑がかかる。かと言って仕事を続けることに頷いてもらえても、心配をかけるのは避けられない。──このまま黙っておこう……。
アールは胸を痛めながらも、そう決めたのだった。
 
「そろそろ寝ようかな」
 と、アールは個室へ入ろうとしたが、シドが声をかけた。
「おい。お前ストレッチしたのか?」
「え……。朝したよ」
「朝だけか?」
「だってもうお風呂入っちゃったし」
「風呂上がりは体が柔らかくなってんだからやれよ。今から」
「寝るモードだったのに」
 と、悲しみの表情を浮かべる。
「つーかお前毎日ちゃんと忘れずにやってんのか?」
「やれるときはやってるよ」
「なんだそれ……毎日やれっつっただろ!」
「忘れるときだってあるよ! しょうがないじゃん! 面倒くさくてやらないんじゃなくて忘れててやれなかったときがあるくらいで……」
「言い訳なんかいらねぇからさっさとやれよ。忘れるようならやっぱ監視がいるな」
「げっ。やるから。ちゃんと忘れないようにやるから!」
 
アールは個室に入るのをやめ、床に腰を下ろした。体を曲げながら痛みに顔を歪める。
 
「なまけてっから体が硬いままなんだよ」
「なまけてるわけじゃないってば! 忘れてただけ!」
「お前さぁ、宿題やらずに『面倒くさくてやらなかったんじゃなくて忘れてました』っつー言い訳で通用すると思ってんのか?」
「……思わない。すいませんでした」
 ふて腐れながらストレッチを続ける。
 
シドは腕を組んで仁王立ち。結局監視している。
 
「おい、体曲げるときは息を吐け」
「ぶふぅー……」
「曲げたら数秒キープしろ。数をこなしゃいいわけじゃねぇ」
「うるさいな……ちゃんとやるから放っといてよ」
「ちゃんとやってねぇから監視してんだろうがよ!」
「もうやる気なくなるじゃん!」
「テメェのやる気のなさを人のせいにすんなボケッ!」
「僕もお隣り失礼します」
 と、ルイはアールの隣に座り、ストレッチを始めた。見せ付けるかのような柔軟さに、アールはため息をついた。
「休んでねぇでやれ!」
「はい。──目指せ軟体動物!」
 そう言って大して曲がりもしない体を曲げた。
「タコにでもなるつもりか? 目標だけは立派だな」
「アールさん、タコ壷にでも入るおつもりですか?」
「もう! いちいち突っ込まなくていいから!」
 
アールはシドの監視の元、ストレッチをしてから漸く眠りについた。体中の悲鳴が夢へといざなう。
携帯電話を弄っていたせいで、携帯電話の夢を見た。
 
  * * * * *
 
「あれ? 良子ケータイ変えたの?」
 と、親友の久美が言う。
「うん。ルイに買ってもらったんだー」
「そうなんだー、見せて!」
 久美に携帯電話を見せた。
 
携帯メモリーを見ながら久美は言う。
 
「ねぇ、シド君に電話してみてよー」
「なんでシド……」
「最近気になるんだよねー」
「うそ?! 久美ってルイみたいな人が好きなんじゃないの?」
「まぁねー。でもシド君って頼りになりそうじゃない? 私がヤンキーに囲まれたら助けに来てくれる的な?」
「そうかなぁ……」
 
「ねぇ良子、雪斗君とは連絡とってないの?」
「……なんで?」
「別れたんでしょ? 今、誰が好きなの?」
「好きな人はいないよ。雪斗と別れてからは」
 
  * * * * *
 
夢から覚めた時のショックは大きかった。
別れてなんかないのに、何故か別れたことになっていた。
 
夢の中の私は、なんの疑問も持たずに答えていた。
 
昔から夢はよく見るほうだった。
夢は残酷。もう見たくない。
 
 
残酷な夢から目覚めれば、君のいない世界。
現実も夢の中も、悲しみに満ちている。
 
第九章 粒々辛苦 (完)

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