voice of mind - by ルイランノキ


 粒々辛苦29…『ピラフ』◆

 
気まずい空気に、カイはたまらず席を立ってルイの元へ向かった。
 
「ワオンさん、さっきの……本当ですか? シドがワオンさんの彼女を口説いたって」
 アールはワオンの機嫌をうかがいながら尋ねた。
「あぁ。彼女はカレンっていうんだが、相談されたんだ。シドの奴があまりにもしつこく言い寄ってくるから困ってるってよ」
「言い寄るって、付き合ってほしいとか?」
「あぁ。俺と別れさせようとまでしたみてぇでな」
「でも……前に話を聞いたときは、カレンさん、シドの分のお弁当も作ってたんですよね?」
「作れってしつこかったらしい。シドに弱みを握られて脅されていたんだと。怖くて断れなかったらしいんだ」
「弱み?」
「詳しく訊こうとしたんだが、泣いて話してはくれなかった。いつも笑顔だったカレンが、泣いたんだ……」
 ワオンは頭を抱え、顔を伏せた。
 
アールはいまいち腑に落ちない気分だった。肝心なところがハッキリしていない。
 
「それで……シドにどうしろと?」
「まぁ……今更どうしろもねんだけど、モヤモヤしたままだからな。ハッキリさせたいんだ」
「ワオンさんはどうしてカレンさんと別れちゃったんですか?」
「前に話したろ? カレンが持ってきた弁当をシドが払い落としたってよ。──カレンはあいつが同じ街にいるだけでも耐え切れなくなって、故郷に帰ったんだ。そのまま音信不通ってわけよ」
「え? なんか……理解出来ない」
「音信不通になってから風の噂で、カレンは精神病院へ通ってると聞いたんだ。本当なら、俺はシドを許せねぇ。一発ぶん殴ってやんねぇと気がすまないんだ」
 
──やっぱりなんか腑に落ちない。
 
「あの……シドが女性を口説くとは思えないんですけど……」
「女嫌いだからか?」
 と、ワオンは眉をひそめた。
「……はい」
「じゃあなんだよ、アールちゃんはカレンが嘘をついたとでもいいてぇのか?」
 ワオンの語調が強くなる。大分苛立っているようだ。
「いえ……あの、でも確証がないし……。ハッキリしないから」
「カレンは嘘をつくような女じゃない。どちらかと言えば大人しいほうで、気が効くし優しいしだな……。とにかく、カレンのことを知らないくせにカレンを疑がってほしくはねぇな」
「……ごめんなさい。ワオンさん、まだカレンさんのこと好きなんですね」
「…………」
 ワオンは答えなかったが、それが今の感情なのだろう。
 
会話が途切れた頃、ルイとカイが食事を運んできた。カイからシドのことを聞いたルイは、シドのカレーは注文しなかったようだ。
 
「お待たせしました」
 重い空気の中、頼んだものをそれぞれの前に置いたルイ。
「おーいしそー!」
 と、カイは席に座り、早速ピラフを食べ始めた。
「カイ、パフェは?」
「あとで頼むことにしたー。うんめぇなぁ!」
「そっか。いただきます。──あ、ルイありがとう、運んでくれて」
「いえ。いただきます。ワオンさんも、冷めないうちにどうぞ」
 と、ルイは笑顔で言う。
 
ワオンは黙ったまま、カレーを食べ始めた。空気が悪いせいで、会話が殆どないまま、黙々と食べ続ける。
 
「アールさん、ピラフどうですか?」
「うん……超おいしい!」
「それはよかったです」
 
5分もしないうちにワオンは食べ終えると、ポケットからお金を出してルイの前に置いた。
 
「あ……結構ですよ?」
 そう言ったが、ワオンは食堂を出て行った。
「ごめんねルイ……。私がいろいろ余計なこと言っちゃったから……」
「余計なこと?」
 
アールはワオンとの会話を簡単にルイに説明した。
 
「それは……僕も引っ掛かりますね」
「うん。でも言うべきじゃなかった。シドとワオンさんの問題なのに……」
 ため息をこぼし、水を飲んだ。
「余計なお世話ってやつだねぇ」
 と、カイが笑う。
「言われなくても自分が一番よくわかってるよ」
 美味しいピラフも、なかなか喉を通らない。
「余計なお世話だなんて、そんなことありませんよ」
 と、ルイが言う。「2人では解決出来そうにありませんから、時には第三者が必要なときもあります」
「……うぅ、ルイは優しいね」
「俺はー?!」
 と、カイが慌てて訊く。
「うん……」
 アールはピラフを口に運んだ。
「え……うんってなに? うんって……」
 
アールはピラフを食べながら、カレンという女性に不信感を抱いていた。女の勘だろうか。話を聞く限りではあまり良い印象を受けなかった。
 
ピラフを食べ終えて水を飲み干すと、隣でゲップをしたカイ。苦しそうにお腹をさすっている。
 
「カイ、大丈夫?」
「んもぉー腹いっぱい胸いっぱい」
「パフェは?」
「え? なにそれ。知らない」
 別腹も存在しないほど満腹らしい。
「あ。どうしよう……ワオンさんと今気まずいからトレーニング出来ない……」
 と、アールは肩を落とした。
「僕がワオンさんと話してきますよ」
 ルイは食べ終えた食器を重ねながら言った。
「なにを話すの……?」
「アールさんの指導とシドさんとのことは別だと」
「……ありがとう。ルイって頼りになるね」
「俺は俺はぁ?」
 と、カイがまた訊く。
「……うん」
「ねぇ……だから、うんって何? うんって……」
 
食堂を出たルイはワオンと話をしに行ったが、ワオンはさほど気にしてはいないようだった。
 
「指導を放棄するほどガキじゃねぇよ」
 と笑いながら言われ、ルイはひたすらに頭を下げて謝った。
 
アールは少し気まずさを感じながらも、ワオンの指導の元、少しずつではあるが確実に腕を磨いていった。その様子をカイが廊下から眺め、声援を送っている。
ルイはイーヴァリの元で自分の限界を見極めていった。
 
あっという間に20時になり、施設の玄関で、ルイ、カイ、アールは落ち合った。
 
「シドさん、電話に出ませんね……」
 と、携帯電話を片手に電話を掛けながらルイは言った。
「もう帰っちゃったのかな」
 アールがそう言って、暗くなった外に目をやった。
「おーい」
 と、イーヴァリが廊下から駆け寄ってきた。「あんたらの仲間、裏庭で見かけたぞ」
「ほんとですか?」
 ルイは携帯電話を閉じた。
「あぁ。ただ随分と不機嫌で近寄るなオーラが半端じゃないな」
「そうですか……。僕が行って参ります」
 と、ルイはカイとアールを残し、シドの元へと向かった。
「アールは行かないのぉ?」
 と、カイがアールの顔を覗き込んだ。
「え……うん」
「なんでぇ? いつもなら『私も行こうかな……きゃはっ!』って言いそうなのに」
「私がいつ『きゃはっ!』って言った?」
「あ、可愛い! もう一回!」
「いやだ。」
 きっぱりと断り、壁に寄り掛かるようにしてしゃがみ込んだ。
 
──疲労困憊。まだ戦闘に慣れていない体はすぐに悲鳴をあげる。トレーニング中は気合いでなんとか頑張れても、終わってしまえばどっと疲れが押し寄せてくる。立っているのもしんどいと思えた。
 
「大丈夫ー?」
 カイも隣でしゃがみ込む。「俺も今日は疲れたよー。悲惨な目にあったしぃ……」
「…………」
「あ、ルイから聞いたよねぇ? 俺が酷い目にあったことー」
「うん、聞いた……」
「なんかそいつら、俺の名前を知ってたんだ。なんでだろうねぇ……。あいつらどうしたかなぁ。また会ったら嫌だなぁ」
「……そうだね」
 
手にも顔と同様、傷があった。きっと体にも痣があるのだろう。痛みはないが、心が疼く。
カイの仇を取りたかったわけじゃない。取ろうとしても無理だ。──ただ腹が立って行動に出た。そんなの逆効果だと冷静になればわかりきっているのに。
 
アールは、膝を抱えて顔を埋めた。隣にいるカイを馬鹿にしていた男達の言葉を思い出し、また沸々と込み上がってきた怒りに、鼓動が速まった。
隣に座っているカイの腕が、微かにアールの腕に触れている。無事でよかったと、強く思った。
 

 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -