voice of mind - by ルイランノキ


 粒々辛苦28…『カレン』

 
不慣れながら消毒をしている最中に、女医師が戻ってきた。
 
「任せて悪かったわね、もういいわよ、ありがとう」
「あ、いえ。それじゃあお世話になりました」
 と、アールは頭を下げた。
「もうお世話にならないようにね」
 と、医師は笑顔で言った。
 
治療室を出て、シドの後ろをついて歩く。
 
「シド、なんでVRCにきたの?」
「はぁ? ワオンの奴が俺に用があるっつーから来てやったんだよ」
「あ、じゃあワオンさんに会ったんだね」
 と、アールは小走りでシドの隣へ。
「いーや。会ってねぇよ」
「え……どうして?」
「どーしてじゃねーよ! 来た早々ルイと会ってお前がバカやったっつって治療室に連れて行かれたあげくにワオンはカイを連れてどっか行ってていねぇしよ」
「あーそっか……」
「そっかじゃねぇ」
「うん……ごめん。──バカやったって……ルイからなんて聞いたの?」
「あ? 魔物にフルボッコにされたんだろうが」
「うん。ヘヘッ……バカだよねぇ」
 と、苦笑いをこぼす。
「そうだな。“本当”の話もな」
「え……」
 アールはピタリと立ち止まった。
 シドも足を止めてアールを見下ろした。 
「ルイに嘘つかせやがって」
「あ……えっと……」
 動揺して目を泳がせた。
「ルイに会う前に、ワオンの奴を捜し回ってたらお前とカイの話をしてる男がいたからな。2人」
「……そっか」
「お前のためについたルイの嘘を信じたフリをしてやったんだ。──感謝しろよ糞女」
「……うん。ありがとう」
「カイにも言うつもりはねぇよ」
「うん……」
「そのかわり、だ」
「うん……え?」
「そのかわり、借りは返せよ」
「……はい」
 
シドはズカズカと歩き出す。アールは慌てて後を追った。
 
「ど、どこいくの?」
「食堂。ルイも一段落して待ってるはずだ」
「そっか……。シド顔大丈夫?」
 
シドはまだ顔や手に絆創膏を貼っていた。カゲグモの毒によってただれた皮膚がまだ治らないようだ。
 
「腐ってきてんだよ……皮膚が」
「え……うそ……」
 シドは再び立ち止まると、アールに顔を近づけた。
「見るか? ぐっちゃぐちゃのぐちょぐちょでウジムシが沸いてきやがった……痒いんだよ、ウジムシが動き回るからよ」
「え……」
 アールはゾッとして不安げに後ずさった。
「ぶはっ! バーカ! 嘘に決まってんだろ! すんげー顔してんじゃねーよ!」
 よほどアールの顔が面白かったのか、笑いながらアールを置いていく。 
「『まぁ嘘でしょ? 心配だわぁ、どうしましょう……』みてぇな顔、バカっぽいなお前! くっくっく……」
「超ムカつく……」
 
アールは走ってシドを追い掛けた。背中から体当たりしてやろうと思ったが、寸前でシドが振り返り、急ブレーキをかけた。
 
「あわわっ!」
「おっと……俺をど突こうとでもしたのか? ざーんねん!」
「人が本気で心配してんのにからかわないでくれる?!」
「心配してくれなんて頼んでねーよ。胸糞悪ぃ」
「だったら心配されないようにとっとと治したら?! 胸糞悪いっ!!」
 アールはそう言い返すと、大股で廊下を歩いた。
「食堂は下だぞー?」
 と、シドが叫びながら、階段を指差した。
 アールはズカズカと戻ってくると、
「……超腹立つ」
 と、吐き捨てた。
「お前スゲー笑える!」
「笑わないでよムカついてんのに!」
 と、階段を下りていく。
「お前がムカついてようが俺はおもしれぇんだから関係ねぇだろ」
 と、シドも階段を下りる。
「むかついてるときに笑われると余計にムカつくの!」
「俺はムカついてる奴を笑って更にムカつかせるとおもしれぇんだって!」
 そう終始笑いながら言うシドは、憎たらしい。
「性格悪すぎ!」
「お前はどーなんだぁ?」
「…………」
 アールの歩くスピードが落ちた。「人のこと言えない」
「……反省はえーな。食堂は向こうだ」
 と、渡り廊下を指差すシド。
「え? あれ? 食堂って……」
「食堂は二カ所にあんだよ。ルイがいるのは2号館のほうだ」
 
━━━━━━━━━━━
 
2号館の食堂で、ルイはイーヴァリとテーブルを挟んで話をしていた。そこにシドとアールが出入り口から入ってくるのが見え、席を立った。
 
「アールさん、シドさん!」
 ルイに気づいた2人は、同じ席に着いた。
「アールさん、具合は大丈夫ですか?」
「うん! ムカムカするけど」
「ムカムカ?」
「誰かさんのせいで……」
「あ? そりゃ俺もだ」
 と、シドはルイの左側に座った。
「アールさん、こちらイーヴァリさんです。僕のトレーナーです」
 イーヴァリは立ち上がり、手を差し出した。
「はじめまして」
「あ、はじめまして。アールです」
 握手を交わし、アールはシドの向かい側に座った。左側にはイーヴァリ。右側の席は空いている。
「カイさんももうすぐ来るようです。ワオンさんから連絡がありましたから」
 そのルイの言葉に、シドは不機嫌そうに顔をしかめた。
「ワオンも来んのかよ……」
「シド、ワオンさんに会いに来たんならちょうどいいじゃない」
 そう言いながらアールは欠伸をした。
「まぁな……」
「おふたりが来たら食事にしましょう」
「俺は失礼するよ」
 と、イーヴァリは立ち上がった。「もう昼飯は食ったし、夕飯にはまだ早いしな」
「そうですか……。知らずに食堂まで付き合わせてしまってすみません」
「いや、構わないよ。食事が終わったらトレーニングの続きやるんだろ?」
「はい。宜しくお願いします」
「じゃ、またあとでな」
 と、イーヴァリは食堂を後にした。
 
アールは自然に、イーヴァリが座っていた席に移動してルイと向かい合わせになった。
 
「カイはワオンさんとどこに行ったの?」
 と、アールはルイに尋ねた。
「カイさんもトレーニングですよ」
「そっか。じゃあカイも頑張ってるんだね」
「そのようですね」
 アールとルイが話していると、
「アールぅ!!」
 と、カイが情けない顔で走って来た。
「あ、カイ! ──カイも顔の怪我まだ治ってないんだね」
 カイはアールよりも大きな傷や痣をつくっていた。特に顔は酷い。右目が腫れている。
「ワオンが虐めるんだぁ……」
 と、椅子に座っているアールの足元でうずくまった。
「誰が虐めたってー?」
 と、ワオンも後から歩み寄ってきた。「人聞きの悪いこと言うんじゃねーよ」
「次から次へとモンスターをホイホイ出現させちゃってさぁ……」
「おつかれさま」
 と、アールは優しく言った。
 
ワオンは、テーブルに肘をついてそっぽ向いているシドに目を向けた。
 
「よぉ、シド。遅かったじゃねぇの」
「……うっせぇな。忙しいんだよ俺は」
「忙しい、ねぇ」
 ワオンはシドの正面に座ろうとしたが、カイが即座に阻止した。
「アールの隣は俺ーっ! ワオンはシドの隣に座れよぉ!」
「わかったよ……わがままな野郎だなお前は」
 ワオンは仕方なくシドの左側に座ると、シドはルイのほうに顔を向けた。
「おいおい、そうあからさまに嫌うんじゃねーよ。だいたい怒りたいのは俺の方だ」
「…………」
「みなさん、なに食べますか?」
 と、ルイが立ち上がる。
「カレー」
 と、ぶっきらぼうにシドは答えた。
「俺はねぇー、パフェ」
「カイさん、パフェはデザートです」
「じゃあ……パフェとカレー」
「その組み合わせ大丈夫?」
 と、アールが首を突っ込む。
「え、だめぇ?」
「合わないかも。ルイはなに頼むの?」
「僕は海老ピラフを。美味しいと有名ですよ」
「じゃあ私もピラフで」
「じゃあじゃあ俺もピラフにするー!」
 と、カイ。
「アールさんと僕とカイさんは海老ピラフ、シドさんはカレー、ワオンさんはどうなさいますか?」
「俺もカレーでいい」
「かしこまりました」
 と、ルイは注文をしにカウンターへ行った。
 
「同じもん頼むんじゃねーよ」
 と、シドはワオンと目も合わさずに言う。
「同じ方が注文も楽だろうが」
「だったらピラフ頼めよ!」
「俺の女に暴言吐いたのはなんでだ?」
 と、話の流れで訊いたワオン。
「なっ?! てめぇいつまで根に持ってんだよ! 俺に用ってのはそのことじゃねぇだろうな!」
「あの時の彼女と別れてからめっきり出会いがないからな」
「知るか! 別れたんなら良かったじゃねーかよ」
「どうゆう意味だ?」
 ワオンの表情が曇る。
「──さぁなぁ?」
 と、シドは鼻で笑った。
 
2人の会話を興味津々で聞いていたカイが口を開いた。
 
「なになにー? なんの話ー?」
「シドの奴が俺の女を口説いたわけだ」
「はぁ?! ふざけんな!」
 シドは席を立った。身に覚えのないことに怒りを覚える。
「“カレン”が俺にそう言った。相談してきたんだよ」
「……くそ女ッ!」
 と、シドは椅子を蹴って食堂を出て行ってしまった。
 
ワオンは呆れたようにため息をつく。彼も当時のことを思い出して苛立っていた。
 

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©Kamikawa
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