voice of mind - by ルイランノキ


 粒々辛苦14…『意気投合』◆

 
夕方の6時を過ぎた頃、アーム玉を集めに出掛けていたカイが「ただいまー」と元気よく帰ってきた。その声にルイはすぐに立ち上がって玄関まで出迎えると、お客さんが来ていることを伝えた。
 
「え? お客さん? 女の子?!」
 
カイはルイを押し退けて部屋へ入ったが、そこにいたのは残念ながら男だった。カメラ屋の女性店員といい、情報屋のフィオナといい、素敵な出会いが続いたために期待したがさすがに3人目とまではいかなかったようだ。
 
「なーんだ男かぁ」
 と、肩を落とす。
「男で悪かったよ、あんたが“カイ”かよ?」
 同じ名前のカイが笑いながらそう言った。
「そうだけどー? そういう貴様は何者だぁ!」
 と、いきなりカイは戦闘態勢をとった。
「おう! 俺の名はよ」
 もうひとりのカイも立ち上がり、戦闘態勢をとった。「カイだよ!」
「…………」
 
2人は無言で見つめ合ったあと、「おーんなじなーまえぇーっ!!」と肩を組み合って気持ち悪いほどに意気投合した。
 

 
「同じ名前っていうだけでこんなにも意気投合するものなの?」
 アールははしゃいでいる2人から離れ、ルイに訊いた。
「どうでしょうね、似た者同士なのでしょう」
 
「おいカイ2号! なにして遊ぶぅ?」
「なんで俺が2号なのかわかんねえけどよ、まぁいいか」
「“顔面崩壊”するー?」
 そう言いながらシキンチャク袋をあさる。
「おうよ! 懐かしい遊びだよ!」
 
──顔面崩壊?
アールは興味津々で眺めていると、カイがシキンチャク袋から取り出したのは“福笑い”だった。床に広げて2人は肩を並べて座った。
ルイは椅子に腰掛けると、シキンチャク袋から小説を取り出した。《猫背の運転手》である。
 
「ねぇルイ、あの遊びの名前って……」
「顔面崩壊ですよ」
「あ、本当にそういう名前なんだ……」
 随分とドストレートな名前である。
「じゃーカイ2号からねぇー! 目隠ししてー」
 と、カイはカイ2号にアイマスクを渡した。
「おうよ。じゃあまず目からよ」
 
目隠しをしたカイ2号。カイが“目”のパーツを2号に渡し、2号は受け取った目のパーツを手探りで“顔”の土台に乗せていく。遊び方は福笑いと同じのようだ。
 
「よーし、この辺りにしよっ。つぎー」
「はい、左目ー」
「んー…、この辺りどうよ」
「あははははっ!」
「ん? 次は鼻よ」
 と、すべてのパーツを置き終えると、カイが言った。
「ボコボコレベル3! あはははは!!」
 
福笑いってこっちの世界じゃそんな惨(むご)い遊びなんだ……。と、アールも椅子に腰掛け、“顔面崩壊”で遊ぶ2人を眺めた。
 
「そういえば」
 と、ルイは慌てた様子で小説を閉じて立ち上がった。「アールさんお食事は? 朝もお昼も食べていないのでは?」
「あ、食べたから大丈夫!」
「外食ですか?」
「外食ってゆうか、私も仕事を探そうかと思ってね?」
 と、アールは仕事を見つけたことを話そうとしたのだが。
「アールさんはそのような心配をしなくていいのですよ……」
「え……いや、実はさ」
「アールさんはVRCに専念してください。それにログ街で仕事を探すのは何かと大変ですし。資金集めのことは、シドさんに任せましょう」
「あ……えっと……」
 
実はもう仕事を見つけました。とは言えない空気だった。
 
「あ、ねぇ、その小説面白いの?」
 と、アールは話を逸らした。
「えぇ。ヴィヴィアン・ハークエットという作家さんなのですが、彼女が書くミステリー小説は何度読み返しても面白いのです」
「ミステリー小説だったんだ……」
 猫背の運転手が犯人を探すのだろうか。
「読んでみますか?」
 と、ルイは笑顔で勧めた。
「あ……うん。眠れない夜にでも読もうかな!」
 小説よりも漫画が好きなアールは、あまり気が乗らなかった。
「感想、楽しみにしていますね」
 と、ルイは満面の笑みで難題を言い渡した。
 
──感想って……。
学生時代の読書感想文を思い出す。これはもう読まないわけにはいかない。
 
━━━━━━━━━━━
 
20時を過ぎると、外からバイクの音が聞こえてきた。その音に反応したのはルイだった。
 
「シドさんですね」
 立ち上がって窓の外を見遣る。
 
すっかり夜も更け、遠くから犬の遠吠えが聞こえてくる。2人のカイは、トランプに夢中だった。
 
「よく音でわかったね」
 と、アールが訊く。
「えぇ。──そういえばワオンさんの元へ行かれたのでしょうか。きちんと伝えてはおきましたが……」
「ワオンさんとシドって……」
 と、アールは言葉を濁した。
 
VRCでワオンから聞いた話を思い出す。ワオンと付き合っていた彼女を貶したシド。2人になにがあったのか気になってしょうがない。他人が口出すことではないのだが、気になるものは気になるのだ。
 
「お2人のことで、なにかご存知なのですか?」
「ううん。ねぇ、シドってなんで女嫌いなの? 女の人からなにかされたの?」
 
トランプで遊んでいたカイの耳にもその質問入り込み、アールを一瞥したものの「にひひっ」と意味深い笑みを浮かべただけで、何も言わなかった。
 
「そういうわけではないと思いますが……」
 と、ルイは困ったように笑った。
「秘密?」
「ええ『余計なことを言うな』と怒鳴られてしまいます。でも大したことではありませんよ」
「そっかぁ。なんかワオンさんと女性絡みで色々あったみたいだからさ……」
 
そんな会話をしていると、部屋のドアが開く音がした。ルイがすぐに出迎える。シドが帰ってきたのだ。
 
「ルイって新妻みたい」
 と、アールは呟いた。どことなくヒラヒラレースがついた白いエプロンが似合いそうだ。
「お帰りなさい。お仕事見つかりましたか?」
「あ? あぁ……まぁそれなりにな」
 疲れた様子で部屋に入ったシドは、トランプで遊んでいる2人のカイを見て、眉をひそめた。「うるせぇのが増えてんな……」
「おう! お邪魔してるよ。シドさんもよ、トランプするかよ?」
「しねぇーよバーカ」
 シドは刀を壁に立て掛け、2人のカイから離れた位置に腰を下ろした。ドアへと続く通路側の壁に寄り掛かる。
「ねぇシド……」
 と、アールは恐る恐る声を掛けた。不機嫌そうなシドに声を掛けるのは少しばかり緊張する。
「あ?」
 シドは迷惑そうに、歩み寄ってきたアールを見上げた。
「えっと……ワオンさんには会った?」
「会ってねぇーよ」
 と、目を逸らし、床に寝転がった。頭の後ろに手を置き、目を閉じる。
 
アールが困惑していると、すかさずルイがシドに言った。
 
「留守番電話にメッセージを残しましたが……聞かれましたか?」
「聞いた聞いた」
 と、ぶっきらぼうに答えるシド。
「ではどうして」
「うっせぇなぁ! 会いたくねんだよ!」
「うわ、正直!」
 と、アールは苦笑いをした。
「10時まで寝かせろ! 俺は疲れてんだよ!」
 シドはそう言い放つと、壁側に寝返りをうった。
 
アールはルイと目を見合わせた。ルイは黙ったまま困った笑顔で頷いた。──そっとしておきましょう、という意味だろう。
 
「晩御飯はー?」
 と、カイがうなだれる。
「10時になったら外へ食べに行きましょうか。遅くまで開いているお店があるといいのですが……」
「俺知ってるよ」
 と、カイ2号が言った。「案内するよ。美味しいかはわからないけどよ」
「ありがとうございます。助かります」
 

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