voice of mind - by ルイランノキ


 粒々辛苦13…『カイ君』

 
夕方の4時過ぎ。アールは帰り道を歩いていた。
中腰で作業をし続けたせいで腰が痛み、何度も背伸びをして背中の筋肉を伸ばした。久々に仕事をした達成感を味わう。
この世界に来るまでは、仕事へ行くのが当たり前で、達成感を味わったのは就職して仕事を始めたばかりのころだけだった。仕事に慣れてしまえば達成感よりもしんどさが上回る。もちろん、やり甲斐のある仕事ではあるが、しんどさの原因は仕事の量ではなく、人間関係と接客だった。
 
「あーっつい……」
 汗で髪がベトベトだ。
 
道路を挟んだ向かい側に、泊まっているホテルが見えてきた。横断歩道がない場所を左右の確認をしてから渡る。帰ったらすぐにシャワーでも浴びたいと思いながら歩道を歩いていると、突然自転車に跨っている男が視界に入り込んだ。左側の道から自転車が飛び出してきたのだ。
 
「ぅわぁっ?!」
 自転車に乗っていた男とアールは声を揃えて叫び、横転。倒れた自転車の後輪がカラカラと回った。
「いったぁ……」
 左足を摩りながらアールは体を起こした。自転車の前輪が左足にぶつかったのである。
 自転車に乗っていた男を見遣ると、頭を摩りながら唸っていた。 
「うそ……大丈夫ですか?!」
 アールは青ざめて男に駆け寄った。「頭を打ったんじゃ……」
「うぅ……いやいや、大丈夫だよ」
 と、顔を上げた男は、“カイ”だった。アーム玉をルイに届けに向かっているときに、アールとぶつかったのだ。
「どうしよう……たんこぶ出来たりしてませんか?」
「大丈夫、大丈夫。君こそ大丈夫かよ……俺よそ見してたからよ……すんません」
「いえ、私もよそ見してたので……」
「怪我してないかよ?」
 と、カイは立ち上がって倒れた自転車を起こした。
「私は大丈夫です……」
 自転車のカゴが凹んでいる。
 
2人の間に気まずい空気が流れた。──互いに相手の怪我が気になるが、互いに大丈夫だと言い、かといって「ではサヨウナラ」と言うのも気が引けた。
 
「あの……」
 と、アールが声を掛ける。
「私そこのホテルに泊まってるんです。私の仲間に治療魔法を使える人がいるので……よかったら診てもらったほうが……」
「中央ホテル? 俺そのホテルに泊まってる奴に用があってきたんだよ」
 凹んだ自転車のカゴを内側から押して広げながらカイがそう言った。
「そうなんですか?」
「ルイって奴なんだけどよ、知ってるかよ」
「え、ルイ? 私の仲間にいますけど……」
 2人は驚いて顔を見合わせた。
「同じ名前なだけかな……」
 と、アールは言った。
「君の仲間にシドって奴がいたら同一人物だよ」
 と、カイは笑う。
「シド?! じゃあ同一人物だ!」
「おー、偶然だよ!」
「ですね! ビックリ!」
「運命の出会いかよ!」
「……運命の出会い?」
 と、アールの笑顔が止まる。
「そうそう、同じ場所で同じ時刻に見知らぬ人とぶつかってよ、見知らぬ人かと思ったら繋がりがあったなんてよ、運命の出会いよ」
 そう言いながらカイはハンドルに寄り掛かった。
「……そう……ですか?」
「あははははっ! 冗談よ! そんな困った顔するなよ!」
 と、カイは子供のような無邪気な笑顔で笑った。
 
━━━━━━━━━━━
 
ルイはテーブルの上に食材を広げていた。色とりどりの野菜と、レトルト食品。カイと電話を終えたあと、掃除を終わらせて買い物へ出掛けていたのだ。
 
「夕飯は外食、朝食と昼食はなるべく作るようにしなくては……」
 
そういえば、とルイは思い出す。アールはまだ朝食も食べていないのではないだろうか。気にかけていたそのとき、ドアが開く音がして「ただいまー」と、アールが帰ってきた。
ルイはすぐに笑顔で出迎えると、アールの後ろにはカイが立っていた。
 
「カイさん!」
「ホテル前で彼女と会ったんだよ」
「そうでしたか! どうぞお入りください。──アールさん、お帰りなさい」
 
アールは部屋に入ると、シドとカイの姿がないことに気づいた。

「あれ? うちのカイは?」
 と、アールは訊く。シドのことは訊かなくても仕事を探しに行ったのだろうとわかるが、カイがいないのは珍しかった。
「カイさんはアーム玉を集めに行きました」
 そう答えながら、ルイはもうひとりのカイを部屋の中へ通した。
「アーム玉……って、なんだっけ」
「アーム玉というのは、亡くなった方々が自分の力を世に残したものです。活用法は色々ありまして、僕達はアーム玉を集めて力の一部に……」
 そう説明しながら、もうひとりのカイを気にかけた。彼がいると余り詳しい話は出来ない。
「俺、邪魔かよ?」
「いえ。後でまた説明しますね」
 と、ルイはアールに言って、出しっぱなしにしていた食材を、シキンチャク袋にしまった。 「カイさん、どうぞ腰を下ろしてください。椅子でも床でも。──先ほど掃除をしましたので、床は綺麗ですよ」
「おー、じゃあ床に座るよ」
 そう言ってカイは床の中心に腰を下ろした。
 
アールは腰に掛けていた剣を壁に立てかけ、壁に寄り掛かるように腰を下ろすと、カイと目が合った。
 
「アールさんも剣士かよ?」
 と、驚いた顔で訊く。
「はい、一応……。カイさんは?」
「カイでいいよ、敬語もいらないよ。俺は風を操るプハンタンよ」
「プハンタン? 風を操る?」
「おうよ!」
 カイは自分のシキンチャク袋からメモ帳を取り出し、一枚破って手の平に乗せた。
「見てろよ? ──微風!」
 すると、手の平に乗せていた紙切れが、ふわりと宙に浮いた。
「わー、凄い!」
 
アールは思わず四つん這いで近づき、まじまじと見つめた。紙切れはふわふわと宙に浮いたまま落ちない。
 
「紙切れと手の間に風を起こしてるんだよ」
「へぇ……。手を翳してもいい?」
「おうよ」
 
アールはカイの手と紙切れの間に手を翳した。カイの手から微妙な風が吹き出ている。
 
「暑い日とか涼しそうだね」
「あははは! 俺暑いのが嫌いだからよ、だからこの魔法を取得したんだよ!」
「え、そんな理由で?」
「おうよ!」
「ふふ、おもしろいね。カイっていう名前の人はユニークな人が多いのかな」
「お、そっちのカイもおもしろい奴かよ」
「変な奴!」
 と、アールは微笑んだ。
 
2人が会話をしている間、ルイはティーポットを取り出して3人分のアイスティーを用意した。お盆に乗せて2人の間に置く。
 
「どうぞ。アイスティーです」
 ルイも床に座った。
「洒落たもの出すんだなぁ。ありがとうよ」
 と、カイはアイスティーを一口飲んだ。
 そして、シキンチャク袋からアーム玉が詰まった瓶を取り出し、ルイに渡した。
「ほらよっ、約束の品」
「ありがとうございます。わざわざすみません」
「いいってことよ」
「カイさんはこれから何かご用事でも?」
「特にないよ。仕事の連絡もないしよ」
「仕事の連絡?」
 と、アールが訊いた。
「情報屋に登録しててよ、条件に合った仕事が見つかったら連絡くれるんだよ」
「そうなんだ」
 派遣会社みたいなものらしい。
「よろしければ晩御飯、ご一緒にどうですか? 外へ食べに行く予定なのですが」
「おうよ! あ、でもよ、俺金がねんだよ……」
「出しますよ。色々とお世話になっていますので」
「そうかよ?」
「あっ!」
 と、アールはあることを思い出して声を上げた。
「さっきホテル前で“カイ君”とぶつかったの。頭打ったみたいだから見てあげて」
「そうなのですか? 大丈夫ですか?」
 と、ルイは立ち上がってカイの頭を診察しはじめた。
「どの辺り……右側ですね。少し腫れて怪我しているようです。お薬塗っておきましょう」
「いやいや、いいよ。俺よりアールさん……足大丈夫かよ」
「えっ? アールさんも怪我を?」
 と、ルイの心配性は忙しい。
「あ、私は大丈夫だから」
「念のため見せてください」
 不安げな顔でいうルイに、アールはたじたじだった。
「大丈夫だってば」
 苦笑いをして交わした。
「ルイさんは心配性かよ。自分のことは後回しに他人を心配するタイプだな」
 
──その通りです。 と、アールは心の中で思った。
 

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