voice of mind - by ルイランノキ


 粒々辛苦15…『トラブルメーカー』

 
シドが眠りについて10分後、けたたましい笑い声が部屋中に響いた。
 
「アハハハハハハ! 2号ものまねうますぎるぅー!」
 と、カイがお腹を抱えて笑っている。
「そうかよ? そんじゃあよ、次はー『君の声を……聞きたくなった……』」
「……え、ごめん誰のものまねー?」
 と、カイが首を傾げる。
「知らないのかよ! 今人気の『米粒くらいの愛』っつー映画のワンシーンだよ!」
「あー知らないなぁ。旅人である俺は流行りに疎いんだよぉ……」
「あぁ、じゃあこれはどうよ。『父ちゃん……父ちゃぁああぁあぁん!』」
「アハハハハハハハハ! 似てるぅー! 懐かしいーっ!!」
 
アールは騒がしい2人をハラハラしながら見ていた。
 
「静かにしたほうがいいよ……」
「そうですよ。シドさんが起きてしまいますし、また苦情が……」
 と、ルイも注意を促す。
「だって似てるからさぁー! もう1回! もう1回!」
 カイは涙目になるほど笑いながら2号に催促している。
「おうよ! 『父ちゃん……どうして行ってしまったの……父ちゃぁああぁあぁん!』」
「レベルたけぇーっ!!」
 と、大興奮して床を転げるカイ。
「似てるの……?」
 と、この世界の有名人やドラマなど一切知らないアールはルイに訊いた。
「えぇ、確かに似てはいますが……」
「似てるんだ。逆に本家気になるんだけど」
「俺もやるー! 伝授して伝授ー!!」
「おうよ、じゃあ一緒に……」
「父ちゃん……父ちゃあぁああぁあぁんん!!」
 と、2人は声を揃えた。
「うーるっせぇーんだよッ!!」
 と、とうとう目を覚ましたシドが怒鳴った。
「……ごめんなさい」
 2人は同時に頭を下げて謝った。どこまでも似ている。
「シド、隣の個室で寝たら?」
 と、アールは気を利かせてそう言った。「私まだ寝ないからいいよ」
 
シドはしかめっ面で立ち上がり、個室のドアに手をかけた。
 
「そういやお前……なんで今日こっちの部屋で寝てたんだ?」
「え……」
 アールはドキリとして、目を伏せた。
「個室に虫が沸いて出たのですよ」
 と、ルイは平然と答えた。「掃除しておきましたから、もう大丈夫です」
「あーっそ」
 どうでもいいといった様子でシドは個室に入り、ドアを閉めた。
「ルイ、ありがとう」
「なにがです? 本当のことを説明したまでですよ」
 
笑顔でそう言ったルイの優しさに、アールは感無量だった。人に優しくして、いい気になるわけでもなく、恩着せがましくもなく、当たり前のように振る舞う。自分もそんな人になりたいと思った。──私だったら暫くは『いいことしたなぁ』って自分の優しさに浸ってしまいそうだ。
 
「カイさん達は、もう少し静かにしてくださいね。また苦情が来ますから」
「はい……」
 ルイに叱られてつまらなそうに肩を落とした2人は、兄弟のようだった。
  
ようやく静かになった部屋。隅に寄せていたテーブルで難しい本を読んでいるルイ。テーブルには医学に関わる本が5冊ほど積まれている。アールはその向かい側で、ルイから借りた小説を読んでいたが、まだ半分しか進んでいなかった。カイの2人はというと、ものまねにも飽きて今はピコピコゲームで対戦を楽しんでいる。
夜の10時を回り、ルイは席を立ってシドが眠っている個室の戸を叩いた。
 
「シドさん、10時になりましたよ」
 耳を澄ませると、微かにいびきが聞こえる。
 
起きる気配がないため、ルイはもう一度ノックをして戸を開けた。床に寝転がって口を開けて眠っているシド。ルイは横に腰を下ろし、肩を叩いた。
 
「シドさん、起きてください」
「んんー……」
 シドは眉をひそめながら背伸びをした。
「シドさん、食事へ行きますよ」 
「ん……朝か……?」
 まだ眠たそうに体を起こし、頭をぽりぽりと掻いた。
「いえ。夜です。晩御飯を食べに出かけましょう」
 そう声を掛けて、ルイは個室を出た。
「カイさん、お店までの案内をお願いします」
「はーい」「はいよっ」
 と、2人のカイが返事をした。
「お前じゃないよ、俺だよ」
 と、2号が笑いながら言う。
「俺もカイだもーん」
 カイは子供のように頬を膨らませた。
 
シドは個室から出てくると、すぐに刀を腰に装備した。それを見ていたアールも、念のためすぐに自分の武器を腰に掛けた。
 
「ねぇルイ、どっちか呼び方変えたら? どっちも“カイさん”だとややこしいよ」
「そうですね。では、カイさんと……」
「2号でいいよ」
 と、2号が自ら言った。「案外気に入ってるんだよ」
「わかりました。では、“カイさん”と“2号さん”で決まりですね」
 たとえあだ名でも敬称を付けずにはいられないルイ。
「アールはぁ? 2号のことなんて呼ぶのー?」
 と、カイが訊く。
「私はカイとカイ君って呼ぶよ」
「えー俺もカイ君って呼ばれたいー…」
「『カイでいいよ』って言ったのカイじゃない」
「それはアールが『カイさん』って呼んでたから『カイでいいよ』って言ったんだよぉ。そのときは選択肢に『カイ君』はなかったんだよぉー」
 と、ふて腐れる。
「カイカイうるせーよ! さっさと行くぞッ」
 と、シドが苛立ちながら言った。
 
全員揃って部屋を後にする。最後に部屋を出て鍵を閉めたのはルイだ。
 
「“カイカイ”っていう呼び名もかわいいかもーっ」
 と、小声で言うカイ。時間が遅いので廊下は静かに通り過ぎる。
「そう? なんか痒そうな呼び名だよ」
 と、アールは言った。
「俺がカイカイならー、アールはアルアル、ルイはルイルイ、シドはシドド」
「なんでシドだけ“シドシド”じゃないのよ」
「だぁって呼びにくいしー。2号はニゴニゴ」
「それも呼びにくいと思うけど……。てゆうかもう誰かわからないし」
 
エレベーターに乗り、1階へのボタンを押した。狭いエレベーター内はガタガタと不自然に揺れる。
 
「このエレベーター、大丈夫……?」
 と、アールは不安げに言った。
「何人乗りでしょうね……」
 さすがのルイも不安を隠せないようだ。
「まさか定員オーバー?」
「ブザーが鳴ってねんだから大丈夫だろ」
 と、シドだけは気にも止めない。
 
──と、その時だった。ガコンッ! とエレベーターが急停止した。よろけたアールはカイに体当たりをした。
 
「ひゃあ!」「どぅわぁ!」
 アールはカイの背中に覆いかぶさるようにして倒れ込んだ。
「痛いよぉーっ!!」
 と、カイが叫ぶ。
「ごめっ……大丈夫?!」
「アールさん大丈夫ですか?」
 と、ルイはアールに手を貸した。
「大丈夫かよ兄弟」
 と、2号はカイに手を貸す。
「やっぱ止まったな」
 いやに冷静にそう言ったのはシドだった。
 
──あんたさっき大丈夫だって言ってただろ……。
と、シド以外の全員が心の中で呟いた。
 
「ねぇ落ちたりしないよね……?」
 おどおどしながらアールはカイの服を掴んだ。
 カイも掴み返し、2人しておどおどしている。
「落ちねーよ」
 と、シドが言ったせいで、落ちそうな気がした。
「緊急ボタンは……あれ? 緊急ボタンがありませんね」
 ルイはボタンを押そうとしていた手を止めた。
「ないわけないでしょ!」
 恐怖のあまり、つい語調が強くなるアール。
「いえ、本当にありません。困りましたね」
「『困りましたね』じゃないよぉ!」
 と、カイが喚く。
「うっせぇなぁ。今2階だろ? どーせ落ちたって大したことねぇよ。──こじ開けるか」
「やめて! 余計なことしないで!」
「そうだよ余計なことするなぁーっ!」
 
アールとカイは身を寄せ合ってエレベーターの隅っこで震えている。
 
「余計なことってなんだよ余計なことってよ……」
「とにかく、少し待ってみましょうか。どなたか気づいてくれるかもしれませんし、すぐに動き出すかもしれません」
「ったくめんどくせぇなぁ……」
 シドは腕を組んで壁に寄り掛かった。
「夜遅いですし、あまり大声も出せませんからね」
「言ってる場合かよ」
「そうですね……。では、呼び掛けてみましょう。──すみませーん! 誰かいませんかー?」
 両手を口元へ持ってきて、ドアの前に立ち、典型的なやまびこスタイルで声を掛けたルイ。
「おいおい……なんかお前見てっと非難訓練のビデオに出てくる模範みてぇだな……」
「すみませーん!」
 と繰り返すルイの横に立った2号は、ルイを手で示しながら言った。
「えー、このように、助けを求めるときはなるべく大きな声で、両手を口元に運び、お腹から声を出しましょう」
「ナレーションなんかいらねぇよ!」
 と、言いつつ笑うシド。
 
ルイは不服な表情で振り返った。
 
「遊んでいる場合ではありませんよ……」
 

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©Kamikawa
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