voice of mind - by ルイランノキ |
シドが眠りについて10分後、けたたましい笑い声が部屋中に響いた。
「アハハハハハハ! 2号ものまねうますぎるぅー!」
と、カイがお腹を抱えて笑っている。
「そうかよ? そんじゃあよ、次はー『君の声を……聞きたくなった……』」
「……え、ごめん誰のものまねー?」
と、カイが首を傾げる。
「知らないのかよ! 今人気の『米粒くらいの愛』っつー映画のワンシーンだよ!」
「あー知らないなぁ。旅人である俺は流行りに疎いんだよぉ……」
「あぁ、じゃあこれはどうよ。『父ちゃん……父ちゃぁああぁあぁん!』」
「アハハハハハハハハ! 似てるぅー! 懐かしいーっ!!」
アールは騒がしい2人をハラハラしながら見ていた。
「静かにしたほうがいいよ……」
「そうですよ。シドさんが起きてしまいますし、また苦情が……」
と、ルイも注意を促す。
「だって似てるからさぁー! もう1回! もう1回!」
カイは涙目になるほど笑いながら2号に催促している。
「おうよ! 『父ちゃん……どうして行ってしまったの……父ちゃぁああぁあぁん!』」
「レベルたけぇーっ!!」
と、大興奮して床を転げるカイ。
「似てるの……?」
と、この世界の有名人やドラマなど一切知らないアールはルイに訊いた。
「えぇ、確かに似てはいますが……」
「似てるんだ。逆に本家気になるんだけど」
「俺もやるー! 伝授して伝授ー!!」
「おうよ、じゃあ一緒に……」
「父ちゃん……父ちゃあぁああぁあぁんん!!」
と、2人は声を揃えた。
「うーるっせぇーんだよッ!!」
と、とうとう目を覚ましたシドが怒鳴った。
「……ごめんなさい」
2人は同時に頭を下げて謝った。どこまでも似ている。
「シド、隣の個室で寝たら?」
と、アールは気を利かせてそう言った。「私まだ寝ないからいいよ」
シドはしかめっ面で立ち上がり、個室のドアに手をかけた。
「そういやお前……なんで今日こっちの部屋で寝てたんだ?」
「え……」
アールはドキリとして、目を伏せた。
「個室に虫が沸いて出たのですよ」
と、ルイは平然と答えた。「掃除しておきましたから、もう大丈夫です」
「あーっそ」
どうでもいいといった様子でシドは個室に入り、ドアを閉めた。
「ルイ、ありがとう」
「なにがです? 本当のことを説明したまでですよ」
笑顔でそう言ったルイの優しさに、アールは感無量だった。人に優しくして、いい気になるわけでもなく、恩着せがましくもなく、当たり前のように振る舞う。自分もそんな人になりたいと思った。──私だったら暫くは『いいことしたなぁ』って自分の優しさに浸ってしまいそうだ。
「カイさん達は、もう少し静かにしてくださいね。また苦情が来ますから」
「はい……」
ルイに叱られてつまらなそうに肩を落とした2人は、兄弟のようだった。
ようやく静かになった部屋。隅に寄せていたテーブルで難しい本を読んでいるルイ。テーブルには医学に関わる本が5冊ほど積まれている。アールはその向かい側で、ルイから借りた小説を読んでいたが、まだ半分しか進んでいなかった。カイの2人はというと、ものまねにも飽きて今はピコピコゲームで対戦を楽しんでいる。
夜の10時を回り、ルイは席を立ってシドが眠っている個室の戸を叩いた。
「シドさん、10時になりましたよ」
耳を澄ませると、微かにいびきが聞こえる。
起きる気配がないため、ルイはもう一度ノックをして戸を開けた。床に寝転がって口を開けて眠っているシド。ルイは横に腰を下ろし、肩を叩いた。
「シドさん、起きてください」
「んんー……」
シドは眉をひそめながら背伸びをした。
「シドさん、食事へ行きますよ」
「ん……朝か……?」
まだ眠たそうに体を起こし、頭をぽりぽりと掻いた。
「いえ。夜です。晩御飯を食べに出かけましょう」
そう声を掛けて、ルイは個室を出た。
「カイさん、お店までの案内をお願いします」
「はーい」「はいよっ」
と、2人のカイが返事をした。
「お前じゃないよ、俺だよ」
と、2号が笑いながら言う。
「俺もカイだもーん」
カイは子供のように頬を膨らませた。
シドは個室から出てくると、すぐに刀を腰に装備した。それを見ていたアールも、念のためすぐに自分の武器を腰に掛けた。
「ねぇルイ、どっちか呼び方変えたら? どっちも“カイさん”だとややこしいよ」
「そうですね。では、カイさんと……」
「2号でいいよ」
と、2号が自ら言った。「案外気に入ってるんだよ」
「わかりました。では、“カイさん”と“2号さん”で決まりですね」
たとえあだ名でも敬称を付けずにはいられないルイ。
「アールはぁ? 2号のことなんて呼ぶのー?」
と、カイが訊く。
「私はカイとカイ君って呼ぶよ」
「えー俺もカイ君って呼ばれたいー…」
「『カイでいいよ』って言ったのカイじゃない」
「それはアールが『カイさん』って呼んでたから『カイでいいよ』って言ったんだよぉ。そのときは選択肢に『カイ君』はなかったんだよぉー」
と、ふて腐れる。
「カイカイうるせーよ! さっさと行くぞッ」
と、シドが苛立ちながら言った。
全員揃って部屋を後にする。最後に部屋を出て鍵を閉めたのはルイだ。
「“カイカイ”っていう呼び名もかわいいかもーっ」
と、小声で言うカイ。時間が遅いので廊下は静かに通り過ぎる。
「そう? なんか痒そうな呼び名だよ」
と、アールは言った。
「俺がカイカイならー、アールはアルアル、ルイはルイルイ、シドはシドド」
「なんでシドだけ“シドシド”じゃないのよ」
「だぁって呼びにくいしー。2号はニゴニゴ」
「それも呼びにくいと思うけど……。てゆうかもう誰かわからないし」
エレベーターに乗り、1階へのボタンを押した。狭いエレベーター内はガタガタと不自然に揺れる。
「このエレベーター、大丈夫……?」
と、アールは不安げに言った。
「何人乗りでしょうね……」
さすがのルイも不安を隠せないようだ。
「まさか定員オーバー?」
「ブザーが鳴ってねんだから大丈夫だろ」
と、シドだけは気にも止めない。
──と、その時だった。ガコンッ! とエレベーターが急停止した。よろけたアールはカイに体当たりをした。
「ひゃあ!」「どぅわぁ!」
アールはカイの背中に覆いかぶさるようにして倒れ込んだ。
「痛いよぉーっ!!」
と、カイが叫ぶ。
「ごめっ……大丈夫?!」
「アールさん大丈夫ですか?」
と、ルイはアールに手を貸した。
「大丈夫かよ兄弟」
と、2号はカイに手を貸す。
「やっぱ止まったな」
いやに冷静にそう言ったのはシドだった。
──あんたさっき大丈夫だって言ってただろ……。
と、シド以外の全員が心の中で呟いた。
「ねぇ落ちたりしないよね……?」
おどおどしながらアールはカイの服を掴んだ。
カイも掴み返し、2人しておどおどしている。
「落ちねーよ」
と、シドが言ったせいで、落ちそうな気がした。
「緊急ボタンは……あれ? 緊急ボタンがありませんね」
ルイはボタンを押そうとしていた手を止めた。
「ないわけないでしょ!」
恐怖のあまり、つい語調が強くなるアール。
「いえ、本当にありません。困りましたね」
「『困りましたね』じゃないよぉ!」
と、カイが喚く。
「うっせぇなぁ。今2階だろ? どーせ落ちたって大したことねぇよ。──こじ開けるか」
「やめて! 余計なことしないで!」
「そうだよ余計なことするなぁーっ!」
アールとカイは身を寄せ合ってエレベーターの隅っこで震えている。
「余計なことってなんだよ余計なことってよ……」
「とにかく、少し待ってみましょうか。どなたか気づいてくれるかもしれませんし、すぐに動き出すかもしれません」
「ったくめんどくせぇなぁ……」
シドは腕を組んで壁に寄り掛かった。
「夜遅いですし、あまり大声も出せませんからね」
「言ってる場合かよ」
「そうですね……。では、呼び掛けてみましょう。──すみませーん! 誰かいませんかー?」
両手を口元へ持ってきて、ドアの前に立ち、典型的なやまびこスタイルで声を掛けたルイ。
「おいおい……なんかお前見てっと非難訓練のビデオに出てくる模範みてぇだな……」
「すみませーん!」
と繰り返すルイの横に立った2号は、ルイを手で示しながら言った。
「えー、このように、助けを求めるときはなるべく大きな声で、両手を口元に運び、お腹から声を出しましょう」
「ナレーションなんかいらねぇよ!」
と、言いつつ笑うシド。
ルイは不服な表情で振り返った。
「遊んでいる場合ではありませんよ……」
Thank you... |