voice of mind - by ルイランノキ


 粒々辛苦12…『もう一人のカイ』

 
──午後2時。
ルイはひとり、ホテルに戻ってきた。アーム玉はカイに任せたが、念のため購入するときは連絡するようにと伝えている。
情報屋を後にしたときにはもう1時を回っていて、昼食をとろうと急いで帰ってきたルイだったが、いると思っていたアールはまだ帰っていなかった。
 
「どこへ行かれたのでしょうか……」
 アールが携帯電話を忘れて行ったため、いつも以上に心配していた。
 
ルイはアールの布団と、折り畳みベッドを畳んで端に移動させた。窓を開け、空気の入れ換えをする。そうなると今度は掃除がしたくなり、ホテルのフロントへ行ってわざわざ掃除道具を借りた。水を汲んだバケツ、雑巾、ちり取り、ほうき。掃除を終えたら洗濯をしようとこれからのスケジュールを考えた。
 
──と、そのとき、ルイの携帯電話が鳴った。ディスプレイには《カイさん》と表示されている。
 
「はい。どうかしましたか? アーム玉は見つかりましたか?」
 と、電話に出る。
『アーム玉? なんのことだよ』
 電話の向こうから聞こえてきたのは別人の声だった。
「あっ、“カイさん”! すみません、カイさんかと思ったので……」
『カイだよ?』
「え? あっ、いえ、こちらのカイさんかと。同じ名前で登録していたので……」
『あぁ! そういえば同じ名前の奴がいるってシドが言ってたよ!』
「えぇ、すみません」
『ところでよ、エルナンの資料見たかよ』
「あ、はい。ざっとですが目を通しました。カゲグモの研究について書かれているものが大半でしたね……」
 
ルイそう言いながらふと、外に目を向ける。開けた窓の汚れが目に入った。
 
『奥さんの資料もあったろうよ? 生物学者……だったかなんかよ』
「えぇ。しかし属印に関しては何も……。組織に関することも……」
 そう言いながら、ルイは肩に携帯電話を挟み、雑巾を絞った。
『やっぱそうかよ……。鍵が掛かっていた引き出しがあってよ、組織に関することが絶対書かれてるもんが入ってると思ってよ、ぶち壊したんだよ』
「え?」
『中身はチラッと見ただけでルイさんに持ってったからよ、もしかしたら何も書かれてないかもしれないなと後になって思ったわけよ』
「そう……ですか」
 ルイは窓を拭きはじめた。
『それでよ、あれからまた家に行ったわけよ。いいもの見つけたよ』
「なんです?」
『アーム玉』
「アーム玉?」
 ルイは窓を拭いていた手を止めた。
『そう、アーム玉よ。それも全部で32個よ』
「そんなに……何の為に……」
『まぁ俺はよ、アーム玉にはあんま興味ないっつーかよ、よくわかんねんだよ』
「他になにか見つかりましたか?」
 と尋ねた時、電話の向こうからガタガタッと物を漁る音がした。
「カイさん? もしかして今……」
『おうよ、エルナン宅だよ』
「まさか昨日からですか?!」
『寝泊まりしたからよ、今さっき起きたばかりよ』
「怪しまれるのでは……?」
『あぁ、さっき誰か尋ねてきたよ。エルナンは死んだって伝えたらよ、笑ってたよ』
「笑ってた……」
『「お前が殺したのかー?」ってよ。ログ街の住人なんてよ、そういうもんよ』
「……そうですか」
『誰が死のうが、誰が誰を殺そうが、自分さえ良ければいいっていうかよ、まぁ犯罪者が大半だしよ、いちいち細かいこと気にしてないっていうかよ』
「細かいこと……」
『酒場で喧嘩になって殺し合いとかよ、日常茶飯事だしよ。そんなことより、アーム玉どうするよ。いるなら持ってくよ』
「勝手に貰っていいのでしょうか……」
『“こいつ等”の思いが無駄になるよりは全然いいだろうよ。ルイさんは悪人じゃなさそうだしよ』
 と、カイは笑った。
「でしたら、僕が取りに伺います」
『いいよいいよ。俺どうせ暇だしよ』
「カイさんは日頃なにを?」
 
ルイはまた窓を拭き始めた。なかなか落ちない汚れがある。
 
『定職にはついてないからよ、転々としてる。金がないからカゲグモ退治に挑もうと思ったんだけどよぉ……、結局報酬どころじゃなかったし。どっかいい仕事ないかよ』
「そうですね……、僕よりシドさんに訊いたほうがいいかもしれません」
『今日ルイさんはなにしてるんだよ』
「僕は……」
 と、漸く汚れの落ちた窓を眺める。「掃除を。その後は洗濯を。それから──」
『いやいや、ルイさんホテルに泊まってるんじゃないのかよ? 外から来たんだよな?』
「ええ、そうですが……」
 雑巾をバケツに入れ、洗いはじめた。
『掃除はホテル側がやってくれるんじゃないのかよ』
「頼めばしてくれるようですが」
『頼めばってよ……まさか中央ホテル?』
「えぇ」
『まじかよ。そこ評判の悪いホテルだよ』
「そうなのですか? オーナーさんは良い人ですよ」
『あの婆さんかよ。確かに良い人だけどよ……。まぁとにかく、アーム玉を後で持ってくよ。夕方5時過ぎくらいに行くからよ』
「わかりました。お待ちしております」
 
ルイは電話を切ると、布団をベランダに干しはじめた。ベランダは狭く、二枚しか干せないため、残りの布団は1階まで持って下りた。
 

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