voice of mind - by ルイランノキ


 粒々辛苦1…『男湯』

 

 
食事を終えたカイとシドは、すぐに風呂場へ向かった。時刻は真夜中の2時だ。
 
「お風呂って24時間なの?」
 アールは個室に入ろうとしたがふと疑問に思い、ルイに訊いた。
 ルイは椅子に腰掛け、エルナンの資料に目を通していた。
「いえ、3時から5時までと、14時から16時までは清掃中のようです」
「そうなんだ。知らなかった」
 深夜の3時までは開いているとは、旅人思いだ。遅くまで狩りに出ている人もいれば、遅くにこの街に訪れる旅人もいる。
「あ、アールさん?」
 ルイは個室に入ってドアを閉めようとしていたアールに声を掛けた。
「んー?」
 アールは個室から顔を覗かせる。
「似合っていますよ、チアガール。可愛いですね」
 と、ルイは爽やかな笑顔で言った。
「ルイ……」
「はい?」
「お世辞はいいよ。私よりルイの方が似合うことくらいわかってるから」
 と、アールは笑った。「でも、ありがとー」
 
パタリと個室のドアが閉まり、ルイは呆然と閉ざされたドアを眺めながら呟く。
 
「僕は……男ですよ……?」
 
 
──その頃、シドとカイは顔を真っ赤にして湯舟に浸かっていた。
 
「おい……いい加減負けを認めろ」
「やだねー。シドこそやせ我慢はよくないよー!」
 
二人が入っている湯舟の壁には、《熱湯》と書かれたプレートが貼られている。男湯には、必ずと言っていいほど浴槽は三つにわかれいて、適温をはじめ、熱湯風呂、水風呂がある。
 
「そういえばアールのチアガー可愛かったなぁ。写真撮ったんだぁ! 現像したら見るー?」
「見ねぇよ。つーかお前現像取りに行ったのか?」
「明日奥さんに会ってくるー」
「は? 奥さん?」
「運命を感じるんだ! あの優しくて柔らかな声……きっと若くて……髪はサラサラで……唇がプルンプルンで……」
「まぁ妄想は自由だからな」
 と、シドは湯を両手ですくい、顔を洗った。
「──そういやなんで女を廊下に出してたんだよ」
「アールぅ? 罰ゲーム! しりとりで負けたからねぇ」
 楽しそうに話すカイの顔から汗が流れ落ちる。
「なんで仮装までしてしりとりなんだよ……」
「…………」
「…………」
「っ! あーっぢぃーッ!!」
 カイはザバン!と勢いよく立ち上がった。「んもう限界っ!!」
「お前の負けな」
 シドは得意げに笑った。
「また負けた……」
 
熱く真っ赤に染まった体から湯気が出ている。洗い場の鏡に映る自分の姿を見て、カイはテンションを上げた。
 
「おっ! なんか強そうだー!」
 そう言って戦闘ポーズをキメた。
「全裸でなにやってんだテメェは。どこが強そうなんだよ、バカそうにしか見えねぇ」
「体が燃えてるみたいだろー? 湯気がさぁシドが魔力を使うときに出る蒸気みたいだ!」
「平和なやつだなテメェは」
 と、シドも湯舟から上がった。カイよりも真っ赤だ。椅子に座り、体を洗い始める。
 カイも隣に座り、体を洗い始めた。
「空いてんだからとなりに来んなよ気持ちわりぃ」
「となりに座るくらいでなんだよぉ」
「うっとーしいっての」
「ルイがいないと自由でいいねぇ」
「はぁ? 話し逸らすな」
「ルイがいたら『シドさん、カイさん、先に体を洗いましょうね』って言うしー」
「あー、まぁ確かにな」
 
シドはタオルで左腕から洗い始めた。アールとは違い、青痣や切り傷などはほとんどないが、カゲグモの毒毛にやられた手の甲と頬は痛々しく爛(ただ)れている。
 
「ね、見て見てー」
 と、カイ。
 シドが目を向けると、カイはシャンプーの泡で髪を綺麗な七三わけにしていた。
「真面目そうに見えるー?」
「あぁ、バカそうに見える」
「なぁーんだよぉ! じゃあ……」
 今度は七三わけを崩し、オールバックにした。「カッコイイー? 男らしさ増したー?」
「あぁ、より一層バカそうに見える」
「なんだよ! バカそうにしか見えないのかよぉ!」
「いや、貸してみ」
 と、シドはカイの髪を弄り始めた。「──よしこれならバカそうには見えねぇ」
「え?」
 カイの髪は角のように左右に尖んがっている。「バカそうに……見えない?」
「あぁ。それなら“バカそう”には見えねぇよ、“バカ”に見える」
「このやろぉ!!」
 カイは激怒してシャワーから出る湯をシドの顔面に掛けた。
「ブハァッ?! なにすんだテメェ! バカはバカにしか見えねんだよッ!!」
「うーるっさいなぁ!!」
 
ガラガラ……と、浴場のドアが開く。入ってきたのはルイだった。
 
「お二人さん、うるさいですよ。廊下まで聞こえています」
「……はい。」
 
ルイは湯舟に浸かる前に体を洗いはじめた。基本中の基本である。すっかり静かになったカイとシドも、ルイの様子を窺いながら体を洗った。それからそそくさと浴場から出ようとしたところで「なにしているのですか? きちんと湯舟に浸かりましょう」とルイに呼び止められた。
3人は静かに適温の湯舟に浸かる。
 
「あの……ルイぃ、俺達ねぇ、もう湯舟に浸かったんだけどぉ。だからもう出たいんだけどぉ……」
「もう浸かった? おかしいですね。先に体を洗うのがマナーですよ」
「はい……」
「お二人にお聞きしますが、いきなり熱湯に入ったりしていませんよね?」
 
二人はギクリとして、静かに顔を見合わせた。
 
「いや、もちろん湯を体に掛けてだな……」
 と、シドが気まずそうに言う。
「湯を掛けるのは当たり前です。いいですか? 急に熱いお湯に入ると、血圧や脈拍が急激に上がってしまうのですよ。心臓にかかる負担が大きいのです」
「はい……」
 と二人は声を揃える。
「熱湯風呂は、水風呂と交互に入ることで新陳代謝が活発になり、体内の老廃物が出やすくなります。ですが、間違った入り方をすると体によくないことくらいはわかりますよね? 例えば、体に湯を軽くかけただけで熱湯風呂に浸かるだけ、とか」
「……はい」
 二人は声を揃え、再び無言で顔を見合わせた。
「そもそもお風呂に入るというのは、体の汚れを落とすためだけではないのですよ。日頃の疲れを──」
 と、ルイの説教が長々と続いた。
 
その間、湯舟に浸かりっぱなしの2人は、熱湯風呂にだけ入って体を洗って出るよりもルイの説教が終わるまで浸かりっぱなしの方が余程体に悪いように思えた。
 
「──わかりましたか? 今後お風呂に入る時は……って、お二人共顔が真っ赤ですね! 逆上せたのではありませんか?! 熱湯風呂に浸かるからですよ!」
 
──いや、あんたのせいだろ!
と、2人は心の中で叫んだのだった。
 

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©Kamikawa
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