voice of mind - by ルイランノキ


 粒々辛苦2…『マルック』◆

 
漸くルイの説教から逃れられたカイとシドは、ふらつきながら浴場を出て服を着、朦朧としながら廊下に出ると、廊下の手洗い場でアールが歯磨きをしていた。
 
「……アールぅ」
 と、カイはアールにもたれ掛かる。
 シドは壁にもたれ掛かった。
「ん?! どーひたの?!」
 アールは2人の様子に驚いて、歯ブラシを口にくわえたまま訊く。「顔真っ赤らよ!」
「うぅん……」
 と、カイもシドもぐったりだ。
 アールは急いで口を濯いだ。
「わかった! どうせまた熱湯で勝負とかしてたんでしょー」
 と、アールは笑う。
「もう……説教は勘弁してくれ……」
 シドは廊下に座り込んだ。
「え、ちょっと……大丈夫?!」
「俺ももうダメぇ……」
 と、カイまで座り込んだ。
 
アールは慌ててコップを洗い、水を汲んでカイに渡した。
 
「水飲んで。水分とらないと……」
 
カイが水を飲んでいる間、アールは口を拭くために持っていたタオルを水で濡らし、シドに渡した。
 
「体温下げたほうがいいよ」
 シドは力なくタオルを受け取り、頭に当てた。
「アールぅ……もう一杯……あと俺にもタオルぅ……」
「えっと……待って。コップはひとつしかないから……」
 アールはコップに水を入れ、今度はシドに渡した。
「アールぅ……俺死んぢゃうよぉ……」
「浴場からタオル借りてくるから待って」
 と、浴場へ急ぎ、タオルを持って戻ってくると、水で濡らしてカイに渡した。
「アールぅ……水ぅ……」
「わかったから……」
 シドが水を飲み干していたので、またコップに水を汲んでカイに渡した。
「おいタオル濡らしてくれ……体温であったまっちまった……」
 と、シドは力なくアールにタオルを渡す。
 アールは直ぐにタオルを濡らしてシドに返した。
「アールぅ、俺のタオルもぉ……」
「うん」
「おい……水……」
「うん」
「アールぅ……」
「おい……早くしろ……」
 そうこうしている間に、ルイも浴場から出てきた。
「ルイ! 二人がダウンしちゃった……」
 
アールが困惑しながら言うと、ルイは慌てて手を貸した。
 
「とにかく部屋へ運びましょう。シドさん、カイさん、立てますか?」
「うぅーん……」
 
さすがにルイひとりで2人は運べないし、アールの小さな体格と力では男ひとりを運ぶのも難しい。ひとりずつ手を貸して部屋まで連れて戻ろうかと思っていたところに、宿泊客が通り掛かった。何度か廊下で出会った、旅人のひとりだ。
 
「お? なんだどーした?」
 と、声を掛けてきた。
「仲間がのぼせてしまって……。すみませんが、手を貸して頂けませんか?」
 ルイがそうお願いをすると、男は快く承諾してくれた。
 
男はカイに手を貸し、ルイはシドに手を貸した。エレベーターで4階まで上がり、部屋へと2人を運んでベッドに寝かせた。
 
「ありがとうございました」
 ルイが男に礼を言った。
「いやいや、俺の仲間もよくのぼせやがる」
 と、男は笑う。
「私フロントで氷貰ってこようか?」
 アールがそう言うと、男がすぐに答えた。
「夜遅いし、フロントには誰もいねぇよ。確か仲間がクーラーボックス持ってたな。氷入ってるだろうからやるよ」
「ほんとですか? ありがとうございます」
 と、アールは笑顔で頭を下げた。
「いいってことよ。ちょっと待ってな、取ってくる」
 そう言って男は部屋を出て行った。
「あづい……死ぬ……」
「俺も……死んじゃう……」
 と、2人は唸る。
 
アールはシキンチャク袋からノートを取り出し、2人を仰いだ。ルイは下敷きを取り出し、同じように2人を仰ぐ。
 
「困ったね」
 と、アールは呟いた。
「お二人は加減を知りませんから……」
 心配そうに言うルイ。
 
──だからあんたのせいだろ! と、心の中で叫ぶことしか出来ない2人。
 
暫くして、男が氷を持ってきた。ふたつのビニール袋に入れている。
 
「足りるか? まだいるなら持ってくるが……なんせ持ち主がまだ帰ってなくてよ、勝手に使い過ぎるのはよくねぇかなって……」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
 と、ルイは氷を受け取り、タオルにつつんで2人の首元に当てた。
「それにしても……大丈夫か?」
「えぇ、すぐによくなるとは思うのですが」
 仰ぎ疲れて腕をマッサージしているアールを見た男は、
「代わってやるよ」
 と、アールからノートを受け取って2人を仰ぎはじめた。
「あ、ありがとうございます」
「いいって。どうせ暇してたしな」
「……お兄さんの仲間はなんでまだ帰ってないんですか?」
 と、アールが訊く。
「お兄さん? ハハハ! お兄さんなんて言われたのは久々だなぁ。仲間はVRCで修行中だ」
「あ、そうなんですか。VRCって24時間営業か……」
 
下敷きで2人を仰いでいたルイが、まだ名前を名乗っていないことに気づいた。
 
「僕はルイと申します。 お名前をお尋ねしても?」
「俺はマルック。因みに年齢は24だ。──お嬢さんは?」
 と、マルックはアールに目を向ける。
「私はアールです」
「アールちゃんか。年齢は?」
「……21です」
 と、年齢を答えるのに少し戸惑った。
「えっ、ずいぶんと若く見えるな」
「よく言われます」
 アールは苦笑した。
「気にしてんのか? 可愛くていいじゃないか」
「……はあ」
 
可愛いと言われても、正直嬉しくはなかった。可愛いと言われて素直に嬉しかったのは中学1年生までだ。あの頃は“背が小さくてかわいい”を、顔を含めて可愛いと言われているものだと思っていた。要するに、そこそこイケる顔立ちだと思っていたのだ。
中学2年生になった頃に自惚れだったと気づいた。周りの女子たちが今まで以上に見た目に気を遣いはじめ、全体的に女子力が上がり、リスペクトする芸能人もおしゃれなモデルや女優さんになり、目が肥えて、なにが本当にかわいくてなにが綺麗で、なにがそうではないかの見分けがつくようになり、自分の顔の偏差値を知った。
要するに、自分は大して可愛くはないのだと自覚したのである。
 
「ナン……」
 と、カイが苦しげに呟く。
「ナン?」
 と、マルックが訊き返した。
「アールを……ナンパしないでよぉ……」
「ハッハッハ! いや、悪かったな! あんたの女か?」
「……そうだよ」
「違うわ!!」
 アールはすかさずに突っ込んだ。
「ハッハッハッハ! おもしろいなあんたら!」
「マルックさんのお仲間さんはどんな方々ですか?」
 と、ルイが訊いた。
「そうだなぁ、バカばっかだ。まぁ旅をする人間はバカじゃねーとやってけないよな。 危険だとわかっていながら旅をするのはバカヤロウだ……」
「なにか、あったのですか?」
 マルックの様子が少し変わった気がして、そう尋ねた。
「何人か死んじまったからよ。目の前で死んだ仲間もいるんだが、それでも俺達は旅をやめないからな」
「そうでしたか……」
「ログ街に来てから、クエストボードの仕事を請けた一人が帰って来ないしよ。あいつは危ない仕事にばっか手をつける。……とうとう死んじまったかな」
 と、マルックは悲しげに笑った。
 
カイとシドが眠りについたのを確認したマルックは、2人を仰いでいたノートをアールに返してから立ち上がった。
 

 
「それじゃあ俺はそろそろ」
「あ、手を貸してくださってありがとうございました」
 と、ルイも立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「おう。じゃあな」
「マルックさん、ありがとう」
 と、アールも礼を言った。
「あぁ、まぁまたなんかあったら声掛けてくれ。俺は16号室にいるからよ」
 そう言ってマルックは部屋を出て行った。
「あっ」
 ルイはシキンチャク袋から慌てて回復薬を取り出した。
「どうしたの?」
「お礼になるかはわかりませんが、マルックさんに渡そうかと……」
「だったら私が持ってくよ、手洗い場に歯磨きセット忘れてきちゃったからついでに」
「では、お願いします」
 

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©Kamikawa
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