voice of mind - by ルイランノキ


 青天の霹靂31…『再び苦情』

 
俯き気味にホテルまでの道のりを黙々と歩くルイ。背中にロッドを背負い、左手に紙袋を抱えている。魔力は体にも負担がかかる。疲労を感じていたが、アールのことばかり気にかけていた。電話に出なかったのは本当に寝ているからだろうか? もしかしたら何かあったのではないだろうかと、そんなことを考えながら歩き進めていると、後ろからバイクの音が近づいてきた。
 
「ルイ! 乗れ!」
「シドさん!」
 シドはルイの横でバイクを止めた。
「歩いて帰るとか考えらんねぇな……。いくら足を鍛えられてもなぁ……」
 と、シドは呆れたように言う。
「シドさん、その傷テープは……」
 ルイはシドの顔に貼られている傷テープを気にかけた。
「あぁ、女がうるせぇから病院に行ってきた」
「原因はわかったのですか?」
「まぁな。医者はわかってなかったがカゲグモの毒毛が皮膚にくっついてやがった。ゼフィールにカゲグモは生息してねぇからわからなかったんだろ。調べるとかなんとか言ってたな」
「カゲグモの毒毛? 大丈夫なんですか? ちょっと見せてください!」
「帰ってからでいいだろ! さっさと乗れよ!」
 
ルイを乗せたバイクは無事にホテル前に到着。シドは一先ずルイを降ろした。
 
「ありがとうごさいます。助かりました」
「あぁ。駐車場に停めてくっから先に帰ってろ」
 と、シドは駐車場へバイクを走らせた。
 
ホテルの駐車場は部屋の番号ごとに分けられている。シドたちが泊まっているのは19号室。19番のスペースにはアールとルイがレンタルしている自転車が停められていた。
 
「自転車ねぇ……最近乗ってねぇな」
 バイクを停め、鍵を掛けてホテルの玄関へ戻ると、ルイが待っていた。
「先に戻ってろっつったろ」
「えぇ。でもせっかくですから」
「お前は女かよ……」
 と、シドはホテルに入る。
 ルイも後を着いていく。
「僕は男ですよ?」
「んなことわかってんだよ! 女みてぇだってことだよ」
「待っていたことが、ですか?」
 
時間が遅いため、2人は小声で話しながら、エレベーターに乗った。
 
「女ってのはなにかと待つだろ。便所に行くにもダチを連れていって先に出た方が待つ。待ってなくていいって言ったのに健気さをアピールしてぇのか長い間待ってたり。なにかと『一緒に行こう』とか『待ってて』とか言うしよ」
「よくご存知ですね」
 と、ルイは微笑んだ。
「……嫌でも知るだろ」
「ふふ、そうですね」
 
2人の会話の意味は、後にアールが知ることになる。シドが女嫌いになった理由だ。
4階へ上がって廊下に出ると、19号室の前でドアを叩いている女の子がいた。
 
「ねぇ、早く開けてよ! 恥ずかしいんだってば!」
 
ルイとシドは足を止め、女の子を眺めた。その女性が誰なのか、すぐにはわからなかったからだ。ポニーテールにハイソックス、水色の“チアガール”を着た女性だ。
 
「あ、あの……」
 と、ルイが少し遠めから声を掛けると、女性はルイとシドに気づいて、
「あ……おか……おかえり……」
 と、気まずそうに苦笑した。
「誰だお前……」
 シドは目を細めながら近づき、「なにやってんだその格好」
 
漸くそれがアールだと気づいた。女性という生き物は、服装と髪型とメイクを変えると別人になる。
 
「アールさん!」
 ルイは思わず全身を眺めた。
「いや、あの、色々とあってね……」
「カイか」「カイさんですね」
 と、2人は声を揃えて言った。
「はい……」
「で? なんで廊下に出されてんだよ」
 と、シドが部屋のドアを開けようとしたその時、ガチャリと鍵が開く音がして、カイが飛び出して来た。
「もう許してあげるよー! って……あれ? シドぉ! おかえりー。ルイもーおかえりー」
 
飛び出してきたカイの格好に、シドとルイは呆れて言葉を失った。王冠に赤マント、縦縞模様のカボチャパンツに白いタイツ。コントで使われるような王子様の衣装だった。
 
「あ、2人も仮装ごっこするぅ? じゃあシドは白馬ね! たしか馬の被り物があったはず……」
 と、カイは部屋へ戻って行った。
「誰が馬なんかやるかよッ!」
 シドはカイを追いかけて部屋に入ると、プロレス技で彼の首を絞めた。
「……お腹すいた」
 と、アールはお腹をさする。
「今準備しますね。カイさんのお遊びに付き合ってくださったのですね、お疲れ様です」
「あはは……私も退屈だったから。ルイもお疲れ様」
 と、2人も部屋に入る。
 
ベッドの上も床も、カイの私物である衣装や小物で散らかっていた。シドとカイは散らかった部屋で格闘中だ。
ルイはすぐに片付けを始めた。
 
「あ、ルイはゆっくりしてていいよ。私が片づけるから」
 アールは気遣ってそう言った。「カイ、シキンチャク袋は?」
「その辺に……『必殺! 王子の回し蹴り!』」
 回し蹴りは決まらずシドに避けらて床に尻をぶつけた。「いったぁーっ!」
「ダハハハハッ! ばっかじゃねーの!」
 カイを見て、お腹を抱えて笑うシド。
「ねぇ、シキンチャク袋は? その辺ってどこよ……」
 チアガール姿で、散らかっている衣装をベッドの上に纏めるアール。
「静かにしてください。何時だと思っているのですか……」
 と、困り果てるルイ。
「笑うなシドぉ! 今度こそ息の根を止めてやるぅ!」
「やれるもんならやってみろよバカ王子!」
「アールぅ! チアガールパワーで応援求む!」
「……ねぇシキンチャク袋はぁ?」
 
すると、ルイが心配していた通り、ドンドンドンッ! と、部屋をノックする音が響いた。一同は一瞬にして静けさを取り戻した。
 
「僕が出てきます。苦情だと思いますよ」
「…………」
 
カイとシドは“お前のせいだ”と互いを見遣り、無言で訴えた。
ルイはため息をついて、ドアを開けた。
 
「はい……」
「下の者だけどね、静かにしてもらえないか? 眠れやしねぇ」
 
バスローブ姿の男。髪はボサボサで伸ばしっぱなしのヒゲ、深いシワ。50代くらいだろうか。
 
「すみません……。以後、気をつけます」
「昨日も騒がしかったよな。あまりうるさいようならオーナーに頼んで出てってもらうぞ」
「すみません……」
 

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