voice of mind - by ルイランノキ


 青天の霹靂30…『一件落着?』

 
「お大事に」
 と、受付の看護師がシドに塗り薬を渡しながら言った。
 
不機嫌そうに受け取ったシドの顔と手には、薬を染み込ませた大きな傷テープが貼られている。
 
「ぼったくりじゃねーのか。薬たけぇっての……」
 
病院を出てバイクに跨がり、薬をポケットに入れた。  
エンジンを掛け、走り出そうとしたその時、ピョンピョンと跳びはねる生き物が猛スピードで真横を通り過ぎて行った。
 
「は? ダム・ボーラ?! なんでこんなところにッ?!」
 
急いでバイクを走らせ、後を追う。ダムは居酒屋から出てきた酔っ払いに体当たりをして逃げていく。突き飛ばされた酔っ払いは店の窓に背中を打ち付け、その拍子に窓ガラスを割っていた。
 
「イッデェ……なんだよッ! 俺が悪かったよ許してくれよぉ……」
 酔っ払いは背中に血を滲ませながら正座をして誰もいない方に向かって深々と謝っている。随分と酔っているようだ。
 
成体のダムはジャンプ力も高く、ピョンピョンとバイクから遠ざかってゆく。
 
「くっそ……」
 シドはスピードを上げた。
 
見失わないように後をついていき、とある広い空き地にたどり着いた。バイクを停車させ、辺りを見渡した。
 
「確かにこっちに行ったのが見えたってのに……どこ行きやがった」
 
空き地は随分と広いわりには遠くに電灯がひとつあるだけだ。
耳を澄ませていると少し離れた場所から鼻息が聞こえ、目を懲らす。暗闇の中で揺れる影を見つけた。
 
「呑気に食事中ってか?」
 
ダムは雑食のため、空き地に生えている雑草を食べているのかもしれない。シドは武器を構えようと腰に手を当て、ハッとする。
 
「げぇ?! 武器持ってきてねぇじゃねーか!」
 
アールに急かされてホテルを出たせいで、刀を置いてきてしまったことに漸く気づいた。そして、その声にダムがシドの存在に気づいてしまった。
 
「やべぇな……素手で戦うか?」
 ダムは離れた位置から高らかに飛び上がり、シドの目の前に着地した。
「──ッ?!」
 シドは咄嗟に蹴飛ばそうとしたが、ダムは着地した瞬間、回し蹴りのように太い尻尾をシドの横腹に減り込ませた。
「う"ッ?!」
 
シドは40メートルも軽々と飛ばされ、地面に体を打ち付けた。顔を歪め、横腹を押さえながら上半身を起こすと、粗大ゴミ置場が2メートル後ろにあった。
目に入ったのは、そこに立て掛けてあった刀だ。考えている暇などない。ダムがシドに向かってまた高らかに飛び上がった。
シドはゴミ置場まで走り、刀を手に取った。随分とボロボロな刀を手にして気づく。
 
──レプリカかよッ!
 
けれど武器はこれしかない。鞘から抜き、槍のように刀を思い切りダムに向けて投げた。刀の刃はダムの喉に突き刺さり、間一髪、シドの目の前で倒れこんだ。
 
「あーっぶねぇ……。おもちゃの刀に助けられるとはな……」
 シドは片足でダムの体を押さえながら刀を抜いた。「ありがとな、レプリカ」
 
刃についた血を払い、鞘にしまいながら、ふと思う。──そういやカゲグモはどうなったんだ?
気になったシドは左手にボロボロなレプリカ刀を持ったまま、反対の手でルイに電話をかけた。
 
『──はい』
 と、直ぐにルイが電話に出る。
「ルイ、カゲグモは倒したのか?」
『えぇ、もう心配いりませんよ』
「あっそう。心配はしてねぇけどな」
『それより、街にダム・ボーラが侵入したようです』
「…………」
 シドは足元で息耐えているダムを見据えた。「それなら倒した。今」
『え? 本当ですか?!』
「あぁ。じゃあな」
 
シドは電話を切ると、何を思ったのか携帯電話をポケットにしまったあと、停めていたバイクの元へ戻りながらボロボロの刀を腰に掛けた。
 
「あー痒い……」
 と、顔を歪める。爛れた顔の皮膚がピリピリと痒みを発する。手も同じように痒い。
 医者に掻くなと言われ、我慢するしかなかった。
「原因不明とか言いながらバカ高い薬出すってどうゆう神経してんだヤブ医者」
 ぶつぶつと文句を言いながらバイクに跨がると、帰り道を急いだ。
 
━━━━━━━━━━━
 
「ダムも解決したし、毒糸と被害者は俺たちに任せろ。お前はもう帰って休め」
 と、ワオンがルイに言った。
「ありがとうございます。お疲れさまでした」
 
ホテルに帰ってゆっくり休もうと思ったが、“カイ”のことを思い出した。──エルナンについて調べている方のカイである。ワート魔法で移動したルイは、エルナンの自宅まで徒歩で行くか、誰かに送ってもらうか、一旦ホテルに戻ってホテルの駐車場に停めている自転車で行くしかなかった。
困り果てていると、もうひとつ、大切なことに気づく。
 
「アールさん……たしか晩御飯まだ……」
 ルイはアールに電話を掛けた。
 
呼び出し音が10回ほど鳴っても、電話に出る気配がない。
 
「眠っているのでしょうか……」
 電話を切ろうとしたとき、自転車のけたたましいブレーキ音が響いた。驚いて振り返ると、タイミングよく自転車に跨っているカイがやってきた。
「よっ! 調べてきたよ!」
 と、自転車のカゴに積まれている紙袋を指差した。ルイはアールに掛けている電話を切った。
「カイさん! ちょうど良かったです」
「まぁ手がかりになりそうなものをこの中に詰め込んできたからよ、時間があるときにでも目を通してみてよ」
 と、ドッサリと本やノート等が入った紙袋をルイに渡した。「じゃあよ、俺は帰るよ」
「あっ、カイさん! ──もしよろしければ連絡先を教えていただけませんか? 今度改めてお礼もしたいので……」
「いいよー」
 と、カイは軽々と言った。ポケットから携帯電話を出したが、直ぐにポケットに仕舞う。「充電切れてんの忘れてたよ。番号口で言うから登録してよ」
「あ、はい」
 ルイは携帯電話を操作してカイから聞いた番号を登録した。自分の番号は紙に書き、カイに渡した。
「なんかあったらまた連絡するからよ」
「わかりました。帰り、お気をつけて」
「おうよ!」
 

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©Kamikawa
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