voice of mind - by ルイランノキ


 全ての始まり5…『暗闇と光』◆

 
良子は仕事場までバス出勤で、毎朝バス停まで歩いている。家から歩いて10分の所にバス停があり、成人になってからはどうしても運動不足になっていた彼女にとっては調度いい運動になっていた。

今日の天気は優れない曇り空。まるで自分の心境が反映されているかのような空に、ため息をこぼした。
灰色の雲が覆う空を、雨が降りそうだなと思いながら見上げる。いつもとは違う違和感を覚えた。
 

 
──鳥の声が聞こえない。
 
雨が降りそうだから森にでも隠れたのだろうか。それにしても静か過ぎる。立ち止まって辺りを見渡すと、人の気配も無かった。
街から離れているこの場所は、家自体が少ない。でも、毎朝笑顔で声を掛けてくれる股引きおじさんも、珍しく今日は姿が見えない。朝というより、真夜中のような静けさだった。
 
いつもとは違う違和感に、少し薄気味悪さを感じた。──と、その時。急に足元がぐらつきバランスを崩した。よれよれと道の中央までふらつき、座り込んでしまう。
 
 なに? 目眩がする……。急に体調崩すなんて……。
 
目眩のせいで視界が歪む。酔ったときような吐き気が襲い、息切れもし始めた。突然のことでパニックに陥る。次第に視界が暗くなり、良子はあっという間に闇に包まれた。
 
 私 目を開けてるよね……?
 
思わず瞼に手を当ててみる。目を懲らしてみても、何も見えない。自分の姿さえも確認できない暗闇が広がっているだけだった。
 
身動きがとれないまま、どれだけの時間が流れただろうか。助けを求めたくても、両手を前について今にも倒れそうな体を支えることで精一杯で、声を出す力もなかった。無理矢理声を出そうとすれば嘔吐して気を失いそうだった。
待っていれば誰かが声を掛けてくれるのではないかと思っていたが、いくら待っても人の気配すらしない。
風も無く、静寂なる暗闇の中で聞こえるのは、自分の荒い呼吸だけだ。そんな異常な感覚に、このまま死んでしまうかもしれないとさえ思った。
体を支えるだけで震えが止まらない。上手く力を入れることが出来ない……。
 
必死に気持ち悪さに耐えていると、足の力が徐々に戻りはじめていることに気がついた。バランスをとりながらゆっくりと立ち上がる姿は産まれたての小鹿のようで、こんなところ誰にも見られたくないとさえ思った。こんなときでさえ人の目を気にしてしまうのは悪い癖だ。
目眩も徐々におさまり、意識もはっきりしてきた。それなのに、良子の目にはまだ何も映らなかった。
 
 急に暗くなるわけがない。私、失明したの……?
 
あまりの不安から、心臓がバクバクと苦しい音を立て、胸が締め付けるような痛みを感じた。
 
   どうか…力を……

突然、何処からともなく男の声が聞こえてきた。
 
「……誰?」
 
それはどこかで聞いたことのある、若い男性の声だった。
繰り返し聞こえるその声に、手探りの中、ゆっくりと足を進めた。
 
   我らを光へと導く者よ
 
不安に押し潰されそうな今、声の主が誰だってよかった。とにかく助けて欲しいとばかり思っていた。
 
「どこ……? どこにいるの……?」 
 
   どうか我等の元へ──
 
その声が大きく響いた瞬間、重い扉が開くような音と共に目の前に強い光が降り注いだ。
 
「っ?!」
 
暗闇の中、急に降り注いだ大きな光。あまりの眩しさに良子はぎゅっと力一杯目を閉じた。

午前8時39分。
良子の部屋にあるカチカチと進んでいた置き時計の針が止まった。
 

──あの日
 
聞こえた声に近づきさえしなければ私は、
沢山の痛みを知ることなく、平凡に、幸せに生きていられたのかな。
 
あなたの存在も 知らぬままに……

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