voice of mind - by ルイランノキ


 青天の霹靂23…『弱い方』

 
カゲグモは巣の中央でおとなしくしている。口から吐く毒糸は、空を舞う魔物や鳥、動物を捕らえることが出来るが、カゲグモの“巣”は獲物を捕らえるというよりは自らの身を守る役割として使われる。日頃は洞窟などに身を隠し、入口を毒糸で塞いでいるが、そうやって身を守るのは幼体の時期だけである。
 
「下から狙って当たるのか?」
 と、シドはバイクを端に寄せ、刀を抜きながら言った。
「巣の強度が強いので、もしかしたら弾き返されるかもしれません」
「どんだけ強いんだよ……」
「子供のうちは自分の身を守る為に“護巣”を張ります。大人に成長すると糸を張ることはなくなるようですが」
「んな説明はいいからどうすりゃいいのか教えろ!」
「巣から下ろせば射止めやすいのですが、そうなると住民に危険が及びますね……。巣の上からカゲグモに直接攻撃……でしょうか」
「巣の上? 建物の上から攻撃すりゃ当たるな。けど落下したら毛が舞う。お前結界で囲めるか?」
「えぇ、やってみます」
 
シドとルイが話をしている間、ワオンは誰かから掛かってきた電話に険しい顔で対応していた。携帯電話を閉じると、すぐにルイに伝えた。
 
「仲間がいる場所にもう1匹現れたらしい」
「もう1匹ですか?!」
「そういや2匹いるっつってたな……。全部で4体、内の2体は山で仕留めた」
 と、シド。
「仲間が結界で閉じ込めたそうだ。初めて見る魔物だからよ、どう攻撃したらいいかわかんねぇんだと」
「VRCで働いてるくせに知らねぇ魔物なんかいるのかよ」
 と、シドが呆れたように言う。
「うちで取り扱っている魔物は他国の魔物まではインプットしてねぇよ」
「一先ず、手を出さないように伝えておいてください。先にこちらのカゲグモを退治してから、そちらにも向かいましょう」
 
━━━━━━━━━━━
 
一方、カイとアールは、未だパズルに苦戦していた。
 
「ちがうって。絶対そこじゃないから」
 と、アールはカイが半ば強引にはめ込んだピースを取り外しながら言った。
「えー、でも柄は繋がってるよぉ」
「まぁ繋がってなくもないけど、それにしては微妙にピースの形が嵌まってないし」
「空の雲がないとことか難しいよねぇ」
「うん。──それよりルイから連絡こないね」
 部屋にあった置時計に目を向けた。
「順調なんだよきっと!」
 と、カイは手元にある空色のピースを形別に分けてゆく。
「だといいけど……」
「シドが聞いたら、『お前なんかに心配されたくねぇよ!』って言うよー」
「まぁ……そうだね」
 
空のピースは、二つに分けていた。アールの分と、カイの分である。アールもカイと同じように、形別に分けていく。
 
「なんかパズルって眠くなるね」
 と、アールは欠伸をした。
「あ、じゃあ寝るぅ? 一緒に!」
「私はまだ起きとく。晩御飯食べてないし、お風呂もまだだし」
「…………」
「カイってさ、彼女いるの?」
 アールは何気なく訊いた。
「えっ、なに急にー! 気になるぅ?」
「気になるっていうか、恋愛話好きだからさ、女って。──あ、このピースじゃない? さっきんとこ」
 ピースを嵌めてみると、ピッタリだった。「ほーらねっ」
「俺彼女いると思うー?」
「いない」
「うーわ、即答」
「いたらナンパなんかしないもんね」
「え?」
「……え?」
 アールはカイを見遣った。
「なんでしないのぉ?」
 と、首を傾げるカイ。
「なんでって……こっちが聞きたいよ! なんで彼女いるのにナンパするのよ」
「可愛い子がいたらお友達になりたいしぃ」
「お友達って……」
「別に彼女を何人も作るわけじゃないよぉ? 友達を増やしたいんだ!」
「友達ねぇ……。でも彼女が嫌がったらどうすんの」
「なんで嫌がるのさー。ただの友達なのにぃ」
「じゃあカイはいいの? 彼女が男友達たくさん欲しいからって、いろんな男の子に声掛けても」
「たーっくさん男友達がいるのに、俺が一番なんだよー? どの男よりも男が一番ってことだよー? 幸せだよぉ!」
「……なるほど」
 納得したわけではないが、そういう考えもあるのか……と、アールは思った。
 
アール自身、嫉妬深いわけではないが、自分の彼氏に女友達が沢山いたり、女友達と遊んでいたら寂しさを感じるし、それなりに嫉妬もすれば不安にもなる。信じていないわけではない。
アールはいくつかのピースを嵌めこみながら、“彼”との日々を思い返していた。
 
──雪斗。
彼のケータイに時折、女性からの着信があった。
 
「もしもーし、真美?」
 
テーブルに置いてあった雪斗の携帯電話に着信。彼はそのとき、トイレに入っていてすぐには出られなかった。彼の携帯電話をこっそりと開いて見たことはないが、着信があったときにサブディスプレイに名前が表示される。
 
《真美》という名前だった。
 
そのときドキリと不安が押し寄せてきたけれど、見て見ぬふりをした。
雪斗がトイレから出てきたときにはすでに着信音は止んでいたけれど、着信を知らせるランプが点滅していたため、彼は直ぐに気づいて自分から電話を掛けなおした。そして、「もしもーし、真美?」と、仲良さげに電話越しに声をかけたのだ。
下の名前で呼び捨てにする間柄。真美、という女性が誰なのか知りたくてしょうがなかった。
 
「ごめんな、便所行ってて。──え? あぁ、明日の? ──あはははは! 冗談だろー?」
 
楽しそうに話す雪斗を横目に、“良子”は漫画を読んでいた。漫画の内容など殆ど頭に入らず、耳を澄ませている自分がいた。
 
「あぁ行く行く。──うん。わかった。じゃあなー」
 電話を切ったのを確認して、迷った末に尋ねた。
「誰からー?」
 と。漫画から目を離さず、自然に訊いた。
「同級生。中学の時の担任が最近入院したらしくてさ、明日何人かで見舞いに行こうってさ」
 
良子は中学時代、雪斗とは別の学校に通っていた。そのため、彼がどんな中学校生活を過ごしていたのか、彼から聞かされた思い出話でしか知らない。
 
「そっか、気をつけてね」
 
そう笑顔で言いながらも、ちょっと疑がってしまう自分に、苛立ってしまう。信じていないわけじゃない。ただ、自分に自信が持てないせいで、彼が別の人を選んでしまうのではないかという不安は常にあった。それに好きだからこそ不安になることもある。
好きだから、失いたくない。好きだから、離れたくない。
 
「良子も行く?」
「え……?」
 
良子の気持ちを知ってか知らずか、彼はそう言った。
 
「つっても俺の担任知らないよな!」
 と、雪斗は笑う。「同級生も知らないだろうし、居心地悪いよなぁ……」
「…………」
 
彼のこういうところに惚れたのだと、彼の一言で不安が消え去った心が教えてくれる。
 
「でも入院してる病院が隣街だからさ、せっかく行くなら遊んで帰りてぇし。どうする? 一緒に行って待っとく?」
 
彼はやっぱり自分が愛した人だと再認識したとき、少しでも疑ってしまった自分を嫌う。
 
「どっちでもいいけど……」
「じゃあ行くか。彼女として紹介してやってもいいけど!」
 
そう言って、彼はまた笑った。
 
 
──疑われていたとも知らずに、優しく笑ったんだ……。
 
 
「アールぅ?」
 と、カイがアールの顔を覗き込んだ。
「え……?」
「考えごとー?」
「あ……うん」
 アールは手に持っていたピースを、重ねたピースの山に戻した。
「アールは男友達沢山いるのー?」
「ううん、いないよ」
「ふーん。女友達はー?」
「うーん、多い方ではないかな」
「友達少ないんだぁ」
「でもみんな大切な友達だよ」
「そっかぁ、きょうだいはー?」
 
カイは無邪気に質問を繰り返す。その質問は時折、アールの閉ざした心へと土足で入り込む。その度にアールの心は拒絶し、侵入してきたものを全力で追い出そうとする。
  
「ねぇ、それよりパズル飽きてきたし、なにか他のことしない?」
 
答えたくない質問には答えない。自分のことを話したくないわけじゃない。口に出すことで思い出があふれ出てしまうことが怖いのだ。あふれ出る思い出は、今の自分にとって心をかき乱すだけの、煩わしいものでしかないから。
 
「なにするー?」
「まずはパズルを片付けよっか」
 
山積みにされたピースをビニール袋に片づけていると、アールは突然心臓を握りつぶされた。ドクリと心臓が脈打ち、一瞬、呼吸を忘れる。
 
「良子」
 
カイが唐突もなくアールの本名を口にしたのだ。
 
「りょうこ……だよねぇ? あれ? しょーこ? あ、よーこだ! アールって呼んでたら本名忘れるねぇ!」
 
カイの無邪気な笑顔が、憎く思えた。
 
「ヨーコ、ヨーコ! なにするぅ?」
 
掻き回していく。
触れて壊れてしまわぬように奥へ奥へと仕舞っておいたのに。
許可も得ずに土足で入り込み、脆く壊れやすいそれに手を伸ばして無邪気に笑う。
 
「ヨーコウ? あ、違う……やっぱ“リョーコ”だ! 確かルイが何回もそう言って──」
「その名前で呼ばないでよっ!!」
 
自分に近づく者すべてを拒絶するかのように怒鳴ったアールの声は、部屋の空気を一変させた。感情的になりながらも、カイの笑顔が一瞬にして曇ったのがわかった。
また自分が嫌いになる。
 
「ごめん……カイごめん、あの……私……」
 カイはアールから目を逸らすと、寂しそうにパズルをシキンチャク袋にしまった。
「俺……もう寝ようかなぁ!」
 そう言って浮かべる笑顔。
「カイ……私……」
 
心が痛かった。彼に悪気はないとわかっているのに、感情がコントロールできない。笑顔がトレードマークの彼を困らせてしまったことに、アールは焦りを感じた。
 
「あのね、私、“アール”っていう呼び名気に入ってて! だから前の名前で呼ぶのは……やめてほしいな」
 
笑顔で言った、わかりやすい嘘だった。それはカイでさえ見抜ける嘘だった。
 
「うんうん、アールって呼ぶよー」
 
無理をした笑顔でそう言ったカイは、アールと目を合わさなかった。嘘に気づいていて、気づかないフリをしたカイ。
 
「……ごめんね」
 
 
──『良子』と呼ばれたくなかった。
『アール』って呼んでほしかった。
 
心をかき乱すから。
それだけじゃなく、
『アール』でいなければならないと思ったから。
『アール』でいたいと思ったからだ。
 
“良子”は
 
弱い方の私だから……。
 
 

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©Kamikawa
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