voice of mind - by ルイランノキ


 青天の霹靂24…『嘘』◆

 
古びた中高層の建物。その屋上に刀を構えたシドと、ロッドを構えるルイがカゲグモの背後を捕らえていた。ふと、ルイがシドに目を向けると、シドは肩で頬を拭うそぶりを見せた。夜更けでハッキリとは見えないが、シドの右頬が少しざらついているような気がする。
 
「シドさん? 右頬、どうかなさいましたか?」
「あ? あぁ、なんかさっきから痒くてな。ついでに右手も」
 と、自分の右手の甲を見た。「……なんだこれ」
「見せてください」
 そう言ってルイはシドの右手を取り、まじまじと見遣った。
「皮膚が少しただれているようですね……」
「じゃあ顔もか?」
 と、右頬をルイに見せる。
「えぇ……心当たりは?」
「変なもんに触れた覚えはねぇけどな……。それよりカゲグモは2匹だ。お前が結界に閉じ込めて攻撃魔法で倒せば楽勝なんだけどな」
「そうですね……」
 ルイはそう呟くと、左腕に嵌めているバングルをさすった。
「それは外さねぇぞ」
「わかっています。──約束、したことですから」
「ったく、厄介な魔物だよな。斬りゃ毒毛が舞うだろ? 死には至らねぇっつってもなぁ……街ん中で毛が舞ってみろよ、面倒なことになんぞ。俺が斬るにしても、お前、舞った毛を一本も残さず結界で囲めんのか?」
「一回り大きめの結界を張ればどうにかなるでしょうが、上手くいくかどうか。シドさん、とても言いにくいのですが……」
「なんだよ」
 と、シドは不機嫌に言った。
「刀で斬るより、槍や弓、攻撃魔法を操れる方に頼んだほう……が……」
 シドの表情がみるみる険しくなっていくのがわかる。
「他の野郎に頼むってのかよ」
「そのほうが無難かと……。街の住人を守るためでもあるのですよ? それに依頼主のエルナンさんが怪しいとなると、報酬は……」
「報酬なんかどぉーでもいいんだよ! 俺が倒すって決めたもんを他人に頼む気が知れねえ!」
 
ルイは、シドがただのわがままな子供に見えた。シドらしいといえばシドらしいが、周りが見えなくなるのは困りものだ。
シドが怒りに任せて魔力を使おうと気を集中しはじめた中、ルイはこっそりと携帯電話を取りだし、電話を掛けた。
 
『もしもし……ルイ?』
 と、電話に出たのはアールだった。
「アールさん、すみませんがシドさんに電話をして、なだめてもらってもよろしいですか?」
『え? なだめるって?』
「僕のせいで気が立っていて。僕では逆なでしてしまうだけですので、アールさんに頼めないかと。今、カゲグモという魔物が街に現れたのですが、他の方に頼んだほうが安全なのです。しかしシドさんは自分が倒すと言い張って……よろしくお願いします」
『え、いや……なんで私が……』
「すみませんが時間がありませんので、それでは」
 と、ルイは一方的に電話を切った。
「シドさん、待ってください」
「うるせぇ! 集中させろッ!」
 と、シドはカゲグモに向かって刀を振りかざそうとしたが、ギリギリのタイミングでシドのケータイが鳴った。「誰だよこんな時にッ!」
 
シドの集中力が切れ、溜め込んだ魔力が薄れていった。ルイはホッと胸を撫で下ろし、シドを横目に今度はワオンに連絡を取った。
シドは不機嫌そうに電話に出る。
 
「誰だテメェ!」
『アールだけど……』
「なんの用だ!」
『えーっと……た、助けて。な、なんか変な……魔物が部屋にっ!』
「はぁー?」
『し、死ぬ……かも……』
「おいッ! カイはどうした?!」
『あ……カイは……カイは……』
 
逃げたと言うべきか、やられたと言うべきかアールは迷っていた。するとシドはそのすぐには答えない間(ま)を“カイはやられた”から動揺しているのだと思い込んだ。
 
「お前は自分の身を守ってろッ! すぐ行く!」
『えっ』
 シドは電話を切り、ルイに言った。
「あとは頼む!」
「え? シドさんはどこへ……」
 と、ワオンと電話中だったルイは体のうしろにケータイを隠しながら言った。
「ホテルだよ! 魔物が出たらしい」
 そう言ってシドは慌てた様子でアールの元へと向かった。
 
「アールさん……とんでもない嘘をついてしまったようですね……」
 そう呟きながらも、心配性の彼はもしも本当に魔物が現れたのだとしたら大丈夫だろうかと少し気にかけた。
 
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「も、もしもし?! シド?!」
 アールは呆然と立ち尽くした。
「ヤバい……嘘ついちゃった……どうしよう……」
 
シドはホテルに向かっている。アールはあたふたと無意味に部屋の中を歩き回り、落ち着かない。ベッドで寝ているカイに助けを求めようとしたが、思い止まった。
 
──正直に謝ろう。嘘をついた私が悪い……。
 
突然ルイから電話で、シドをなだめてほしいと言われ、時間がないと言われたアールは嘘をついて気を引くことしか思い付かなかった。よりにもよって心配させる嘘をついてしまったことを、すぐに後悔した。
 
部屋の中央に腰を下ろし、正座をしてシドを待つ。
 
「なんて謝ろう……」
 
アールは頭を悩ませた。──魔物なんかいません。嘘つきました。ごめんなさい。とか? 理由を訊かれたら、ルイにシドを止めるよう言われたから……とか? それだとルイが責められちゃうかな……。
 
「はぁ……」
 ため息をこぼし、シドに怒鳴られる覚悟を決めた。
 


暫くして、廊下からバタバタと走ってくる足音が部屋の中にいるアールの耳に届いた。シドに違いない。緊張が走る。足音は下手の前でぱたりと止まり、勢いよくドアが開いた。
 
「大丈夫かッ?!」
 と、刀を構えたシドが部屋に入ってきた。
 
アールは息を切らして駆けつけてくれたシドの姿を見て、反省の度を越えた。猛烈な罪悪感に襲われ、吐きそうになった。
シドの目には、部屋の中央で正座をしているアールの姿が入り込む。
 
「魔物は?!」
 
部屋の中を見回し、ベッドにカイがスヤスヤと寝ていることに気づくと、アールにゆっくりと視線を戻した。
 
「……魔物は?」
 と、改めて冷静に訊くシドは薄々感づいていた。
「あ……あのですね……実は……」
 顔を伏せたまま、気まずそうに話しはじめたアールに、シドは目の前まで歩み寄ってしゃがみ込むと、わざとらしく、
「まーもーのーはぁ?」
 と、再び訊いた。
「うっ、ごめんなさい。嘘をつきました……」
 シドはアールの頭をガシリと掴んだ。
「ルイにでも頼まれたのか」
「……あい。」
「ったく」
 シドは手を離して立ち上がると、刀を鞘にしまい、壁に寄り掛かるようにして座った。
「あ、あれ……? 怒んないの?」
「怒ってるっての!!」
「で、ですよね……。あ、嘘をついたのは私です。嘘を考えたのも私です……」
 正座を続けたまま、頭を伏せての謝罪。
「もういい」
 と、シドは床に寝転がった。
「……行かなくていいの? ルイのとこ」
「もうめんどくせぇよ」
「そう……」
「──あ、そういやエルナンどうなったかな……まぁいいか。どうせ報酬もらえねぇし」
 と、寝返りをうちながら言う。
「エルナン? 報酬?」
「てめぇには関係ねーよ」
「じゃあ聞こえる声で言わないでくれる?」
「っだぁー! てめぇはホントにめんどくせ……」
 と、アールに目を向け、未だにちょこんと正座をしている姿を見て、気分が萎えた。
「めんどくせぇなぁお前は」
「……ごめんなさい」
「それでも年上かよ。罰としてお前がルイに連絡しとけ。もう俺は行かねぇって伝えろ」
「はい……」
  

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©Kamikawa
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