voice of mind - by ルイランノキ


 青天の霹靂21…『カイの名前』- 後編

 
「──魔物が街に?」
 と、アールは不安げに訊いた。
 
ルイは電話を切ったあと、慌てて部屋を出る準備をしながら、電話の内容をアールに説明した。
 
「えぇ。随分と慌てた様子で、そうおっしゃいました。アールさんは部屋で待っていてください」
「うん……でもなにか出来ることない?」
「詳しいことがまだわからないので……。それにシドさんはここから大分距離がある場所にいるようですから、バイクで行ってきます」
「そう……」
 
ルイはロッドを手に、部屋の玄関へ向かったアールも部屋の前まで行き、ルイを見送る。
 
「気をつけてね……」
「はい。カイさんのこと、よろしくお願いしますね。起きないとは思いますが」
 ルイは微笑んでそう言い残すと、シドの元へと向かった。
 
ルイの背中が見えなくなった廊下の先を心配そうに見つめていると、耳元で、「ようやくふたりきりになったね」と、囁く声がして背筋がゾッとした。
 
「わぁ?! ──なんだカイか……起きてたの?」
「なんだとはなんだよぉ……。ルイどこ行ったのぉ?」
「シドのとこ。魔物が街を襲うかもしれないんだって」
 そう言いながらドアを閉めて、部屋の奥へと戻る。
「えー…怖いねぇ」
 と、カイはアールの後ろをついて歩く。
「でもさ、街には結界が張られてるんじゃないの? また誰かが召喚したのかな……」
 
床に腰を下ろして足を伸ばすと、カイも真横に腰を下ろして同じように足を伸ばした。
 
「ログ街の結界は弱々だからねぇ」
「うそ……なにそれ」
「だって元は地図にも載ってなかった街だよぉ? 個人が勝手に集まって街を作ったんだ。国は正式に認めてはいないから、結界もこのログ街に住んでいる魔導師たちだけで作り上げたものだからさぁ、結界の力は弱いんだよぉ」
「よくわかんないな」
「アールって俺よりおバカさんだよねぇ」
 と、カイはアールの顔を覗き込みながら言った。
「そうだねぇ」
 と、アールは苦笑いをしながら認める。
「素人が作った家と、プロが作った家の強度は全然違うだろぉ? そんな感じ」
「あ、ちょっとわかりやすいそれ」
「まぁ、シドがいれば大丈夫だと思うんだけどねぇ。どんな魔物か知らないけどー」
「うん、そうだよね」
 
静かになった部屋で、2人はボーッと座り込んでいた。心配半分、シドたちがどうにかしてくれるだろうという自信と期待半分だ。
 
「ルイたち、大丈夫かな……」
「大丈夫だよぉ、あの2人なら! 俺とアールだったら全然ダメだよねぇ!」
「うん」
「でも、いざというときは助けてあげるから!」
「期待しておくよ」
「うんうん、期待しといてー」
「……そういえば剣士が3人と魔導師が1人ってアンバランスじゃない? うちら」
「そうだねぇ」
「カイは……剣術いつからやってたの?」
「シドと会った時からー」
 と、カイはシキンチャク袋からパズルを取り出して床に広げた。
「え、じゃあシドに教わったの?」
「一応そうだねぇ。途中で『もういい!』って言われたけどぉ。これ以上教える必要がないくらい俺は強くなったってことだね!」
「違うと思うけど。」
 見切りをつけられたのだろう。 
「えー? 『もうお前に教える気力がなくなった』って言ったんだよぉ? それってさぁ、俺があまりにも凄いから教えたくなくなったんじゃないかなぁ。これ以上教えて俺に先を越されるのが嫌だったんだよぉ、可愛いとこあるよねぇ」
「その解釈すごい」
「ん? どうゆう意味ー?」
「シェラと良い勝負って意味」
 と、アールはニッコリ微笑んだ。
 
 思い込みが激しいところは、シェラとカイは似ている。
 
「シェラちゃん? また逢いたいねぇ。シスリアの香りが忘れられないよぉ」
 色分けしたパズル。一番端のパズルは別に分け、枠からはめ込んでゆく。 
「……シスリアの香りって?」
「知らないのぉ? シスリアってゆう花の香りだよぉ。シェラちゃんがつけてた香水ー」
「うそ?!」
 と、アールはカイの両肩をガッシリと掴んだ。「知ってんの?! 香水!!」
「し、知ってるけど……なぁにぃ?」
「シス……シスリア? どこに売ってる?」
「あー、アールもつけるのぉ? でもあれってブランド物でー、たしか3万近くしたかなぁ」
「えーバカみたいに高ぁー…」
 手を離し、うなだれる。
「高いよねぇ」
 と、カイはまたパズルを再開した。
「でも詳しいね。カイも香水好きなの?」
「ううん、俺は女の子が好きなの」
「あぁ……。香水とかプレゼントしたりするの?」
「ううん。『君、いい香りがするね』って言うと教えてくれるんだぁ」
「もしかしてそれ、口説くときの定番台詞?」
「口説くっていうかぁ、女の子っていい香りがするからねぇ」
「へぇ……。シスリアの香りかぁ。一応、メモっとこー」
 
アールはシキンチャク袋からノートとペンを取り出し、メモをとった。
 
「アールも最初こっち来たときいい匂いだったなぁ。なんてゆう香水?」
「……私は香水つけないよ。多分、ボディクリームの香りかな。ラベンダーの香り」
「ふーん。もうつけないのー?」
「ボディクリームは持ち歩いてなかったから……」
「ふーん」
 
そうこう言う間に、パズルの枠が出来た。後は内側を埋めていくだけだ。
 
「パズル、出来上がったらどうするの?」
 と、アールはノートを片づけて、パズルに目を向ける。
「完成した写真を撮ってー、旅が終わったら部屋に飾るんだー」
「なんで写真撮るの?」
「写真撮るのが好きだか……らぁああああぁあぁ?!」
 と、突然立ち上がって叫んだカイ。
「な、なに?!」
「やばいやばいやばいやばい!! 現像した写真を取りに行くの忘れてたぁ!!」
「現像? 写真現像したの? なんの写真?」
「殺される……」
 と、カイは膝をついた。
「おおげさだなぁ……。明日取りに行ったら?」
「店員怖いんだよ! じょー怖いんだよぉ」
「『じょー』?」
「あれ? 違った? アールときどき言うよねぇ」
「あぁ……“ちょう”だよ、“超”」
「ちょお怖い」
「ふふっ、そうそう。今何時かな、今から行く? もう閉まってるかなぁ」
「行く行くぅ!」
 
カイがそう言うので身仕度をしたが、ふと思う。
 
「あ、部屋で待っててって言われたんだ私」
「えーっ、じゃあ行かないのぉ……?」
 と、カイは大袈裟なほどガクガク震えて泣きそうな顔で言った。
「うん……連絡しておいたら? 明日行きますって」
「わかったぁ……」
 
やけに素直に了承したかと思うと、カイは携帯電話を取り出して迷わずアールに差し出した。
 
「えーっと、なに?」
「アールが連絡してぇ? アールが言い出したんだからアールが連絡してよぉ」
「……もう」
 カイに言われるがまま、着信履歴からカメラ屋に電話をかけた。
 すると、電話に出たのは優しそうな女性の声だった。
『──はい、こちら象印しのカメラ屋です』
「あ、すいません、先日そちらで現像をお願いした者ですが」
『えっと……お名前は?』
「カイです。カイ……」
 と、アールはカイに目を向ける。
「ダールストレーム!」
 と、カイはパズルをはめ込みながら言った。
「だ、ダールストレーム……? です」
『あ、カイ・ダールストレームさんですね、現像出来ていますよ』
 
──カイってそんなイカツイ名字だったんだ……。
 
『お客様?』
「あっ、えーっと、明日取りに伺いたいのですが。すいません、遅くなってしまって」
『いえ。大丈夫ですよ。もしかして主人がなにか失礼なことを……?』
「主人?」
 そう訊き返した瞬間、カイが立ち上がり、電話を代わった。
「もしもーし! カイ・ダールストレーム本人です」
『え? は、はぁ……』
「いやーすいません、今ちょっと手が離せなかったもので、代理に頼んでしまいましてぇ! あ、でも今ちょうど手が離せましてねー?」
「よく言うよ……」
 と、アールは呟いた。
 
カイはアールの『主人』という言葉だけで、電話の相手はあの怖い男ではないと察したのだ。なんとも切り替えが早い。
   
『そうでしたか……。あの、主人がなにかまた失礼なことをしましたでしょうか。あの人は少し口が悪いので……』
「いえいえー、少しどころじゃありませんでしたけど、気にしないでくださいー! アハハハハハ!」
『はあ……』
「ところで明日は奥さまから写真を受け取りたいのですけどー」
「なに要求してんの」
 と、アールはツッコミながら、パズルを勝手にはめ込んでいく。
『私から……ですか?』
「はい。いやー、ご主人さんは怖いので!」
「うわー、超正直」
『わかりました。では午前中でしたら大丈夫ですよ』
「そうですかぁ、じゃあ午前中に奥さまに逢いに行っちゃいまーす」
「写真を取りに行くんでしょうが……」
『では、お待ちしております』
「はいはーい、よろしくどーぞー」
 と、カイは電話を切った。
「カイは女性なら人妻でもいいんだね」
「可愛い子と美人限定っ」
 カイはそう言ってパズルのピースを手に取った。「俺にもパズルやらせてー」
「やらせてもなにもこれカイのだから……」
「じゃあ一緒にやろぉー!」
 と、カイはやけに楽しそうだ。
「ふふっ、カイっておもしろいよね」
「えー? カッコイイとはよく言われるけど、面白いなんて初めて言われたよぉ」
「嘘ばっか」
「あはははは! アールも俺のこと好きだよねぇ、シドもルイも俺のこと好きだよねぇ」
「そうだねぇ」
「アールはルイも好きー?」
「そりゃあね」
「シドもー?」
「まぁ……」
「え? シドもぉ?」
「うん」
「えー、シドも?」
「何回訊くのよ」
 と、笑う。
「だってぇ……」
「シドが私のこと何か言ってた? シドがどう思ってるのかは知らないけど、私は感謝してるし、嫌いじゃないよ」
「ほんとー?」
「そんな不安な顔しないでよ。──認めて貰えるように、がんばるから。ね?」
「アールぅ!」
 と、カイは直ぐに抱き着いた。
「……うん、抱き着くのはやめてくれるかな?」
「なんでー? 愛情表現だよー? 嬉しさの表現だよー?」
「うん、それはわかるけどさ、おおげさだっつの」
「素直になったらいいのにぃ」
「……え?」
「本当は……ドキドキして恥ずかしいからやめて! でしょー?」
「それは絶対にない。」
 

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