voice of mind - by ルイランノキ |
「私の楽しみを奪いおって……」
と、エルナンはライフルを構え、狙いを定めた。
「楽しみ……?」
シドが目を細めてそう訊いた瞬間、エルナンは引き金を引いた。
「シッ?! ……ド?」
と、カイはシドが撃たれたと思ったが、シドの顔を掠め、一回り小さなカゲグモに命中した。
「うわっ、おっさん自分で射止めてどうすんだよ!」
と、嬉しそうに言うカイだったが、シドが呆れたように否定した。
「違うだろ。最初からカゲグモを狙いやがった。しかも麻酔銃だ」
カゲグモはよろつきながら数歩後ろへ下がり、動かなくなった。
「え? じゃあおっさんは助けてくれたのかよ」
「いや、違うな。俺の勘では俺たちに残りのカゲグモを殺させないようにしたんだろ」
その言葉を聞いたエルナンは、ニヤリと不気味に笑った。
夜風が木の葉を擦り合わせる音が静かに響く。
「わかっているなら、黙って餌になってくれんか」
エルナンはため息まじりにそう言って、またライフルを向けた。今度は確実に、シドを狙っている。カイは咄嗟に魔法を放つ構えをした。
「黙って餌になる気はねぇよ。あんた、カゲグモの退治を依頼してたんじゃねぇのかよ」
「……はじめはそうだった。ここには私の畑があったもんでね。──ある日、まだ1メートルほどしかないカゲグモが現れ、私は驚いてその場から逃げたのさ。カメラは前々から取り付けていた。以前、何者かに畑を荒らされたもんでね」
「で? なんでそのカゲグモのために人間を餌にしてやろうと思ったんだ?」
と、シドは腕を組んだ。
「畑が心配でね……カメラを通して毎日見ていたんだよ。おかげで畑を荒らした犯人がわかった。コペットという魔物さ。私が日々苦労して育てた野菜に食らいつく姿は腹ただしいものがあった。綺麗に食べるならまだしも、贅沢にも美味しいところだけ食べては残す……私の綺麗な畑は見る見るうちに無残なものになった……」
「そっからどうカゲグモの話になんだよ」
と、シドは話を急かす。
「カゲグモが食べてくれたのさ。あの憎たらしい魔物を……」
「は……? まさかそれだけで……じゃねぇよな?」
「“それだけ”? 私がどんな思いで毎年来る日も来る日も美味しい野菜を育ててきたのかわかってるのか?!」
「しらねぇよ……」
シドは、どんだけベジタリアンなんだよと思った。
「収穫した野菜を売って生計を立てていたんだ……私の……私の妻が大切にしてきた畑で……」
エルナンはそう言ってうなだれたが、銃口はシドに向けたまま、下ろそうとはしない。
「畑なんてまた作りゃいいだろ。カゲグモに感謝したって、あんな馬鹿でかくなりゃ畑も崩壊すんじゃねーのか?」
「フッ……フハハ……フハハハハハハ!」
「うわぁ、壊れたよ、引くわぁー…」
カイは、突然笑い出したエルナンから2、3歩後退った。
「感謝は計り知れないさ……。カメラを通してあの子を見ているうちに、私の子供のように思えてきた。日に日に成長してゆく姿はたまらなく可愛いのだよ」
「おいおい……クモだぞ……魔物だぞ? 変態かよ」
「お前になにが分かるっていうんだ……」
そう言うとエルナンは再びライフルを構えなおし、引き金を引いた。
しかしシドは高々と飛び上がって避けると、エルナンの真横に着地し、エルナンの首元に刀の刃を向けた──。
「おいカイ! 麻酔銃!」
「はいよっ!」
カイはすぐに察して、エルナンから銃を奪った。
「さーて、どうすっかな? オッサン」
と、シドは得意げに言った。
「どうする……? 君たちの方がどうするか考えた方が身のためだ。カゲグモは……君たちが殺した子を含め、4体いるんだ」
「よ、4体っ?!」
と、2人は声を重ねて蒼白した。
「可愛い子供を3匹も産んでくれた……」
「残り2匹はどこにいんだよ!」
と、シドはエルナンを押さえる腕を強めた。
「さぁな……今頃、山を下りているころだろうさ」
──シドは木々の間を全速力で駆け抜けた。シドの背中を必死に追いかけるカイだったが、夜も更け、足場が悪く、徐々に離されてゆく。
「おい! おいって!! 俺を置いてくなよ!! あんたひとりで行ったってどうすることも出来ないよ!!」
そう叫んだ瞬間、足元の岩につまずいて派手に転んでしまった。──シドの姿はあっという間にカイの視界から消えていた。
シドは息を切らしながらバイクを停めていた場所まで下りると、携帯電話を取り出した。電話を掛けた相手は、ルイだ。
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ホテル19号室。
アールは床に座り、ルイから借りた裁縫道具で破れた防護服を縫っていた。
「カイは……もう寝たんだね」
と、ベッドに目を向けて言う。
「食事後に直ぐに寝るのは良くないのですが……。困ったものです」
ルイは椅子に座り、読書をしていた。
昼食をとっていなかったカイはみんなより一足先に食事を終えると、即効眠りについたのだ。
「アールさん、床に座っていると体疲れませんか? 椅子に座られたほうが……」
「あ、大丈夫、大丈夫。床の方が足伸ばせるし、疲れたら直ぐにゴロンと」
そう言った自分のだらし無さにハッとして、「ヘヘッ」と苦笑いをした。
「では……僕も床に座りましょう」
「え……?」
ルイは本を持って席を立ち、アールの横に腰を下ろすと、足を伸ばした。
「床に座るとのんびり出来ますね」
ニコリとそう言ったルイに、アールも笑顔で返した。──と、その時、ルイの携帯電話が鳴った。
「……シドさんですね」
なんとなく不安を感じながら電話に出ると、切羽詰まったシドの声は隣にいたアールにまで届いた。
『今すぐ来てくれ! 魔物が街を襲うかもしんねぇんだ!!』
Thank you... |