voice of mind - by ルイランノキ


 青天の霹靂16…『巨大な黒い影』

 
「──で? いつまで待てばいいんだよ」
 と、シドは眉間にシワを寄せて苛立っていた。
「もうすぐ来るはずだよ。エルナンは絶対によぉ、あんたが喰われたと思って様子を見にくるはずなんだよ」
「何時間前から同じこと言ってんだ……」
「おかしいよ、もう来てもいいはずなのによ」
「だぁーっ! もうめんどくせぇ!」
「大声出すなよぉ! カゲグモに気づかれるじゃないかよ!」
「つーかカゲグモ倒してからでもよかっただろ?! 早くやんねぇと真っ暗で何も見えなくなっちまう!!」
 シドは刀を抜いて、山を登り始めた。
 
男は直ぐにシドの後を追い、背中の服を掴んで引き止める。
 
「待てよ! あんたが死んだら俺はまた次に来るやつ待たなきゃならないだろうよ!」
「知らねぇよ!」
 と、男の手を払ったそのとき、バキバキと木々が折れる音が上から聞こえてきた。
 
翼を持つ魔物たちが一斉に空へ舞い上がり、逃げるように離れて行った。
 
「どうしよぉ! 来るよ!」
「──お前さ、さっきから言いたかったんだが、『よ』を使いすぎじゃねぇか……?」
「今そんな話しをしてる場合じゃないだろうよ!」
「俺に任せとけって。毒消しも準備済みだしな」
「このままじゃ2人共やられるよ……あんたにこれやるよ!」
 と、男は自分が着ていたロングコートを脱いで渡した。「一見普通のコートだけどよ、毒を防ぐんだよ。あいつの吐く糸から身を守れんだよ!」
「へぇ……いいのか?」
「俺は遠くから見守ってるよ!」
 男はそう言って、シドから距離を取った。「た、頼むから死ぬなよ?!」
「わかってるって」
 男から授かったコートを纏い、自らカゲグモへと近づいて行った。
 
歩き進めると、視界が黒い壁に遮られた。空を見上げると、夕暮れ時の空と黒い壁の境界線が見える。
 
「まさか……この壁か?」
 
魔物の臭いは辺りに十分漂っている。シドの行く手を遮っていた壁。風に靡くのがわかった。──カゲグモの体毛だ。
 
「足はどこだよ……」
 
全身真っ黒いカゲグモは、遠めから見ると黒い塊にしか見えない。シドは先に脚を斬り落とし、動きを止めようと考えていた。
 
「そいつの脚は丸まってるからよ! 近づかねぇと脚と体の境目がわからないんだよ!」
 と、男が叫んだが、身を隠しているため男がどこから叫んでいるのかわからない。
 
カゲグモは、ゴキブリを退治するといわれているアシダカグモというより、タランチュラのような姿をしている。
 
「近づくっつっても、今どっち向いてんのかもわっかんねぇ……」
「毛の流れを見ればわかるよ! 毛は全部後ろに向かって流れてるんだよ!」
「あぁ……って、お前は一体どこから叫んでんだよ!」
「俺のことは気にすんなよ!」
「気にするっての……」
 
シドは足元にあった石を拾うと、カゲグモから少し離れ、投げつけた。すると、じっとしていたカゲグモが再び動き出し、脚らしき部分が見えた。
 
「まずはあの1本を斬り落とすか……」
 
駆け寄った勢いで斬り落とそうと思ったシドだったが、カゲグモの動きは止まらず、シドの方へと方向転換しようとしている。
シドがいる位置から横向きにいたカゲグモは、周りの木々を押し倒しながらシドに頭を向けた。
 
「うっ……きーもちわりぃーなぁオイ……」
 
八つどころか20はある黒い目玉がギョロギョロと別々に動いている。鋭い鋏角からポタポタと毒の液体が流れ、蜘蛛とは思えない大きく裂けた口に、無数の小さな尖った歯があり、なんとも気味が悪い。
 
「丸呑みされるな」
 
口を大きく開け、粘り気のある唾液が糸をひいている。
シドがカゲグモの右サイドへ移動しようとした時、カゲグモはシドに向かって突進してきた。
 
「うおっ?!」
「ぎゃあぁあぁあ!!」
 離れた場所から見ていた男は、情けない声を上げて山を下りていく。
 
シドは周囲を確認しながら、点々とある太い木の後ろをジグザグに走った。
巨大なカゲグモだが、木々が邪魔をして動きは鈍い。太い木も倒されてしまうが時間は稼げるため、カゲグモとの距離を保てる。
 
「クソめんどくせぇ……後ろに回るか」
 シドはカゲグモの動きを読みながら、背後に回る。
 
カゲグモが通った場所は木々が倒れて見通しはいいが、倒された木々が邪魔で走り抜けるのも一苦労だ。ハードル飛びのように木々を跨ぎながら背後に回ったシドは、倒れた木の上に立ち、気を集中させた。そして、魔力を使って刀を振り下ろし、カゲグモの左後ろ脚を目掛けて光斬風を出した。攻撃は見事に命中しだか、斬り落とされた脚の毛が宙を舞った。
 
「うーわっ……なんだコイツッ!」
 コートの裾を持ち、盾にして身を守った。「めんどくせぇなぁ……」
 
カゲグモは奇声を上げて、口から毒糸を吐き出した。毒糸はカゲグモの前にそびえ立つ木に網のように掛かり、生い茂っていた葉が茶色く枯てしまった。
方向転換をしようとするカゲグモに苛立ちながら、シドは倒れている木々の上を跳び渡りながら背後を確保する。目玉を潰したいところだが、毒糸を吐く上に、あの巨大な口だ。真正面から戦うには危険すぎる。それに、遠距離攻撃が出来る魔力を使うには気を集中させる時間も必要だった。
 
シドは自慢のジャンプ力でカゲグモの背後にある高い木の上へと登り、カゲグモを見下ろせる高さから攻撃を仕掛けようと試みた。しかし周りの木々を倒したカゲグモの方向転換は早く、シドが登っている木の方へと頭を向けた。ずらりと不規則に並んであるカゲグモの目玉は、頭の上までも視野に入っている。
 
「嫌な予感……だな」
 カゲグモはシドが登っている木を前脚の鉤爪で切り倒した。
「ゲッ……やべ……ッ?!」
 倒れてゆく木の上で必死にバランスをとりながら、隣の木に跳び移ろうとした。──が、バランスを崩して隣の木に体をぶつけ、木の枝に右腕だけでぶら下がった。
「やべぇやべぇ!!」
 右の腕力だけで登ろうとした時、カゲグモの毒糸がシドを目掛けて飛んで来た。
「──?!」
「流疾風!!」
 と、突然叫ぶ声が聞こた。
 
強い風が横切る。毒糸は風に流され、シドは毒糸から身を守ることができた。しかし風が強すぎてシドは木から振り落とされ、尻を強打した。
 
「いってぇ……」
「さすが俺よ! 早く仕留めろよ!」
 その喋り方で、シドは気づいた。
「おめぇ逃げ出したんじゃねぇのかよ!」
 と、シドは男に目をやるが、男の姿はどこにもない。また身を隠しているようだ。
「お礼は後で聞くからよ、早く仕留めろよ!」
「うぜぇな……何様だよ」
 

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©Kamikawa
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