voice of mind - by ルイランノキ |
全速力で走り、毒糸を寸前でかわしながらカゲグモの背後に回ろうとするが、効率が悪い。ルイがいれば少しは戦闘が楽になるだろう。──と、一瞬ルイのことが頭を過ぎったが、振り払うようにカゲグモの視界から身を隠す。
「ルイの手なんか必要ねぇ」
「毒糸は俺に任せてくれよ!」
と、男が気を利かせて言った。
「……気にくわねぇが助かるな」
8本もある脚。シドは前部の左脚を狙った。そしてまた毛が舞い、それを繰り返すのは効率が悪いが、他に方法が見つからない。体の下へ潜り込もうと考えてはみたが、腹部にも毛があり、下から斬り付けたとして……内蔵を浴びるのは御免だった。
カゲグモとの戦闘を開始してから、1時間は経っていた。カゲグモの脚はなんとか5本斬り落とすことが出来た。バランスを崩したカゲグモは、体の向きを変えることもままならず、腹部を地面に付けては残った脚で体を持ち上げ、またガクリと地面につける。
「早くとどめを刺せよー!」
そう遠目から言う男に、シドは怒る気力もなかった。
遠距離攻撃が出来る魔力を使いすぎて、体力共に限界を迎えていたからだ。──頭がグラつく。息が熱い。
カゲグモの毒糸は風で流して被害は防いだものの、動き回る脚に光斬風を命中させるにはミスもあった。シドはシキンチャク袋から回復薬を取り出し、飲み干した。
「……問題はどう止めを刺すかだな」
脚を斬り落としただけでも毛が舞うのだから、胴体を攻撃すればコートで身を守れるかどうかも愚問だ。
「おいお前、俺が心臓狙うから舞う毛を風で流せるか?!」
「無理っ!!」
と、即効返事が返ってきた。
「なんでだよ!!」
「魔力がもうないんだよ!!」
「使えねぇなぁ?! 回復薬は?!」
「持ってたら困らないよ!」
「……面倒くせぇなマジで」
シドは自分のシキンチャクからMP回復薬を取り出した。「俺のやっから取りに来い!」
「やだよ! まだカゲグモ生きてるんだよ?!」
「いいから来いっての!」
「それが人にものを頼む態度かよ?! そっちが持って来いよ!」
「……じゃあテメェはどこに隠れてんだよ」
辺りはすっかり暗くなり、視界が悪くなっていた。
ぎこちなく動くカゲグモを横目に、シドは男の声を頼りに回復薬を持って行った。男は木と岩が重なり合っているその後ろに身を隠していた。
「──ここにいたのか。おらよっ」
と、乱暴に回復薬を渡す。
「サンキュー。ところであんた名前はなんだよ?」
「今自己紹介してる場合じゃねぇだろ」
「カゲグモの動きを止めたんだろう? 心配ないよ」
「じゃあなんでさっきは自分から来なかったんだよ……。カゲグモは脚が5本に減った途端にバカデカイ体を持ち上げられなくなったみてぇだけど、腹を引きずりゃ動き回れなくもねぇ」
「その発想が奴にもあればの話しだろうよ?」
と、男は回復薬を飲んだ。「──俺は“カイ”だよ、あんたは?」
「…………」
「どうしたよ?」
「いや……“知り合い”と同じ名前だったもんでね。性格まで似てるしな。俺はシドだ」
「へぇ。そのカイとやらと仲良くなれるかもしれないよ」
「冗談じゃねぇ……うるせぇのが2人になったら気が滅入る」
「そんなにそのカイって奴はうるさいのかよ……って、なんかカゲグモ近づいてるよ!」
カゲグモはジタバタと少しずつシド達のいる方へと距離を詰めていた。
「そろそろ止めを刺すか」
「どうやってだよ? 横から体ぶった斬るのかよ?」
「さすがに一撃でぶった斬るのは無理だな。体がデカすぎでまともに攻撃くらわせても体の半分までしか斬れねぇ……。心臓を狙った方が無難だな」
「心臓? 半分でも十分じゃないのかよ」
「まともに攻撃をくらわせた場合だ。それに実際やってみねぇと半分も斬れるかわかんねぇしな」
「なるほど」
「でも糸を口から出すってことは、内蔵の位置が普通の蜘蛛とは違う可能性もあるな……」
「どっちにしろ、一か八かってことかよ」
「そうだな。──曖昧な資料によると腹部の背面に心臓があるはずだ。そこを狙って攻撃する。後は頼む」
「あいよっ」
シドはカゲグモとの距離を測りながら後ろへ回り、背の高い木に跳び登った。
「さて……と」
握った刀に精神を集中させ、気が高まったところで光斬風を発動させた。
狙い通りの位置に攻撃を与えた瞬間、カゲグモの叫びと共に毛が花粉のように舞う──。
「カイッ!!」
マントで身を被いながら、名前を呼んで合図を出した。
「流疾風ッ!!」
カイは毒毛を魔法で起こした風で流そうとしたが……。「やべっ……」
毒糸とは違い、風を起こしたことで毛は更に広範囲に舞ってしまった。
「シド! 失敗したよ!! 毛が全部落ちるまでコートから顔出すなよ?!」
「はぁああぁあぁ?! このっ……役立たずがぁ!!」
「……あ、カゲグモ死んでるよ、やったよー」
「『やったよ』じゃねぇーッ!!」
Thank you... |