voice of mind - by ルイランノキ


 全ての始まり3…『何気ないメール』


月曜日の朝がやってきた。
 
けたたましい目覚まし時計に起こされた良子は、布団から顔を出すと、ムスッと眉間にシワを寄せた。誰がどうみても寝起きが悪いとわかる。休み明けは体が怠く、どうも仕事へ行く気がしないのだ。
彼女は朝っぱらから喧しく鳴り響く目覚まし時計に手を伸ばして音を止めた。それからぬるっとベッドから床に滑り落ちた。

「ねむい……」
 完全に目が覚めるのを床の上で5分待つ。

良子は学生時代、サボってばかりいた。不良だったわけではないが、授業中は教科書に落書きをしたり、先生の目を盗んで友達と手紙のやり取りをしたり、勉強が嫌いで学校から帰ると課題に手をつけることなく、遊びに出掛けていた。
そんな自分が嫌いで、頭のいい子を羨ましく思っていた。勉強が出来る人はきっと、人一倍頑張って努力しているのだろうと分かってはいたものの、真似てみても自分の努力は3日と続かず、ダメな自分に直ぐ戻り、また自分が嫌になる……その繰り返しだった。
 
その繰り返しは未だに続き、成人になった今も、ダメな自分とよく向き合っている。変わりたいと思ってはいるものの変われないのは、自分に甘い証拠で、根っからのダメ人間だからかもしれない……と、日々暗鬱に感じていた。
 
目を擦りながら、自分の部屋にあるテレビをつけた。人が殺されたというニュースが飛び込んでくる。朝起きてテレビをつけるのはいつもの習慣だが、暗いニュースには目を逸らし、聞き流している。気になるのは決まって、芸能ニュースばかりだった。
決して暗いニュースに無関心なわけではない。なるべく、聞きたくないだけ。誰かの事故死や、人が人を殺す……聞いただけで朝から気分が暗くなる。

ちらちらとテレビを気にしながら、クローゼットを開けて着ていく服を選んでいると、部屋の中央に置いている丸いガラステーブルの上で充電していた携帯電話が鳴った。開いて確認すると、一行だけのメールが来ていた。
 
【今日も一日頑張ろうなぁー!!】
 
それは恋人、雪斗からだった。
朝から嫌なニュースと、自分のやる気の無さに自己嫌悪でムカムカしていたため、メールの内容を確認しただけでケータイを閉じた。返事を返す気にはなれなかったのだ。仕事場に着いてからでも、返事を送ろうと思っていた。
 
いつでも返事が出来る。そう思っていた。時間はいくらでもあるのだから。
 
携帯電話を鞄に放り入れ、良子は溜息をこぼした。返事を直ぐに返さないのは、よくあることだった。面倒というわけではないけれど、バタバタしていて余裕がなかったり、ゆっくりと文章を考える暇がない時は後回しにして、今直ぐ返す必要はないと思っていた。それに、好きな時に読んで返事を出せるのがメールのいいところだ。受け取る側としても、忙しいことを理由に返ってきたメールが素っ気ない文章だったら、きっとそんなメールなら直ぐに返されても嬉しくはないだろう。
良子の仕事仲間に思い当たる人物が一人いた。長い文章のメールに対して「了解」とだけ返事を返す人。あれは結構さみしいものだ。かといって、長文で返してと強制するものでもない。
 
朝が苦手な良子は、何度も大きな欠伸をした。今また布団に入れば、5分もしないうちに眠れる自信があった。某アニメののび太といい勝負が出来そうだ。
 
そもそも、6日働いて、その分の休みが1日しかないという割合に納得がいかなかった。学生時代は夏休みや春休みなど、長い休みがあったのに。社会に出て長い休みといえば、ゴールデンウイークくらいで、連休があったとしても日頃の疲れを休める為にのんびり過ごして直ぐに終わる。連休なんて、あっという間に終わってしまうのだ。せめて2週間ほど休みがあれば、最初の1週間はのんびりと過ごし、残りの1週間は遊ぶ。良子にとってはそれが理想の休日の過ごし方だった。
 
10代の頃は、早く大人になりたいと思っていたのに、いざ大人の世界に入ってみると、小さな枠に嵌められたかのようで、ストレスが溜まる。
大人になると、苦手な人とは関わらない! などという我が儘は通用せず、笑顔で接しなければならないし、遊びたくても友人は仕事で忙しく、なかなか時間が合わない。しかも大抵彼氏持ちで貴重な休みはデートが優先されるのだ。
仕事に行くのが憂鬱でしんどくてサボりたくても「お腹痛い」とか「頭が痛い」という理由でサボれもしないし、保健室で休ませてもらうなんてこともない。
 
働けばお金が手に入るけれど、家に入れる生活費、ケータイ代、年金、保険金などに飛んでいく。ついでに言えば、自分は一人暮しをしていなくても、一人暮しをしている恋人がいると食費代もかかる。誕生日やクリスマスなどのイベントにも飛んでいく。
そんな中、将来の為に貯金もしなくてはならい。
 
札束に翼が生えて飛んでいく絵が浮かぶ。こんなことなら学生時代、もっと青春しておけばよかった……。
 
そう後悔しても、時すでに遅し、であった。
 

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