voice of mind - by ルイランノキ


 青天の霹靂9…『回復薬』◆

 
「あ? 待たせた覚えはねぇし、そもそもテメェは誰なんだよっ」
「見ればわかるよ、先客だよ」
 

 
男は茶髪の短髪で20代前半くらいだ。これといって特徴のない顔立ちで、服装もログ街にいる住人の多くが身に纏っている地味な灰色のコートである。
シドは面倒くさそうに眉をひそめた。
 
「あーっそ。まぁどうせあれだろ、カゲグモを退治しようとして無理だとわかって身を隠したってとこか」
「当たり。でもよ、それだけじゃないんだよ。ある疑問が湧いてきてよ」
「疑問?」
「エルナンに会ったろ? 資料見たかよ?」
「……あぁ、30枚にもよるカゲグモの情報と写真をな。そのわりに内容は薄っぺらい」
「カゲグモにやられた奴の死因ってよ、どうやって調べたと思うよ? カゲグモがいる山にあのおっさん自ら登るとは思えねぇよ」
「は? まぁ誰かに頼んだんじゃねぇの?」
「誰にだよ」
「知らねぇよっ」
 と、シドは名前も知らない男の話し方に苛立った。
「死因を調べるってことはよ、それなりの知識がある奴よ。死体を見て死因がわかる知識だよ。でもよぉ、俺は一度山を下りてそういう奴らを捜してみたが、見つからなかったんだよ。エルナンから見せられた資料に書かれていた情報しか知らない奴ばっかよ。カゲグモが本当に存在すんのかどうかも知らない奴もいたのには驚いたよ」
「なんだそれ……意味わかんね」
「依頼を請けたものの、カゲグモと接触せずに諦めて山を下りた奴がほとんどだったんだよ。で、そいつらに山で死体を見つけたかどうか、死因を調べたかどうかを訊いたんだがよ、どいつもこいつも死体なんか見てねぇって言うんだよ。放置された武器や血だまりはあったって言っていたけどよ。すでに魔物に喰われたんじゃねぇかって。まぁ一人、死体というか仲間と挑んであまりの大きさに撤退しようとしたところで仲間が殺されて喰われたって言っていた奴がいたけどよ、死因まではわからないってよ。気づいたら喰われてたらしい」
 と、男は真面目な顔をして言う。
「いやアホか。それは捕まって喰われたことが死因だろが。──まぁ確かに妙な話かもな。だったらおっさんが自ら様子を見に来たんじゃねーの? で、死体を見つけて調べたんだろ。カゲグモを発見したのは山の所有者であるおっさんだろ?」
「死因はいくつもの例があったんだよ? ってことはよ、危険を承知で何度も足を運んだってことかよ?」
「じゃねぇの? 運良く喰われずに山を下りたんだろ。刺激しなきゃカゲグモは攻撃してこねぇとかな」
「でもよぉ、カゲグモは人間を喰うんだよ。仲間が喰われたって言っていた奴がよ、仲間からほんの一瞬目を離した隙に仲間が喰われてたって言ってたんだよ? ってことはよ、喰われる前に死因を調べるのって難しいよな? 山を登るにも時間が掛かるしよ。それに依頼を請けて山に登った奴がいつ死んだかどうかなんてわからねぇのに、帰ってこなかったってだけで山に登って調べようとするかよ」
 
男の長い話に、シドはため息をついた。
 
「なんかお前すげーめんどくせぇな……。そもそもお前、この依頼を請けた連中全員と会ったと言えんのか? お前がまだ話を聞いていない奴がどっかにいるんだろ。そいつがカゲグモにやられた死体を見つけて死因調べておっさんに話したってとこだろ。請け負ったのが街の住人だけとは限らねぇしな、俺みてぇに外から来た奴だっている。つーかじじいに直接訊きゃいいだろ……」
「まぁ……そうだけどよ……」
 と、男は視線をそらした。確かに外から来て依頼を請けた者もいるだろう。すぐに街を出たのなら、話を聞こうにも聞けない。
「調べてる間に喰われずにいたってのかよ……そいつも、死体も」
「カゲグモは腹減ってなかったんだろ。──もういいだろ、俺は行くぞ」
 げんなりとシドは男に背を向けた。
「待てよ! あんたはあのおっさんが怪しいって思わねぇのかよ!」
 
「……はぁ?」
 
━━━━━━━━━━━
 
時刻は午後5時。アールは再び戦闘部屋へと入り、魔物を確実に仕留められるよう、腕を磨いていた。
 
「ハァ…ハァ……おえっ……」
「アールちゃん、大丈夫か?」
「だい……大丈夫……」
「おし。じゃあ回復薬をそっちに送るから飲め」
 ワオンがそう言うと、戦闘部屋の中央に魔法円が浮かび上がった。その魔法円の中心に、瓶に入った回復薬が置かれている。操作室から転送したのだ。
「ありがとうございます」
 アールは回復薬を飲み干した。
「あの、回復薬って、1日何回とか量が決まってるんですよね?」
「そりゃそうだ。回復薬にも種類があるが、どれも1本30ml。C回復薬は、1日10本で少しだけ回復してくれる。体力があまりない奴や一般人なんかはC回復薬で十分だ。B回復薬も1日10本。C回復薬よりも回復度は高い。それよりも回復してくれるのは──」
「A回復薬ですね。覚えやすくてありがたいです」
 と、アールは言った。
「そうだ。ではでは、それ以上に回復する薬があるのは知ってるか?」
「えっ、なんですか?」
「バカ高いが、どんなに体力が高い奴でも全回復してくれるのが、X回復薬だ。1本20,000ミルもする。強力だから1日5回までだな」
「へぇ凄い……。薬屋に売ってるんですか?」
「どの薬屋にもあるわけじゃない。そもそも街で暮らしていて、魔物がいる街の外には出ない一般人なんかには必要ないからな。それにこの辺の魔物は弱い。もっと強い魔物が出る地域の街にはあるんじゃないか?」
「なるほど……。あ、魔力の回復薬もあるんですよね?」
 アールがそう訊くと、ワオンは黙ってしまった。「ワオンさん?」
「アールちゃん、君はなにも知らないんだなぁ……。そんなんで旅人やってて大丈夫か?」
「あ……あははは……」
 
苦笑するしかない。ルイに訊けば教えてくれそうだが、あれはなに? これはなに? と訊きすぎるのもうっとおしいかなと仲間に気を遣う。
 
「まぁそうだな、魔力の回復薬も体力の回復薬と同じ種類で1日の服用量も同じだ。もちろん、魔力用のX回復薬もある。ちなみに体力の回復薬はAHP回復薬、魔力はAMP回復薬という。BHP、CHPと続くわけだ」
「なるほど……」
「両方を一度に回復する薬もある。HMA、HMB回復薬といって、これも値が張るけどな」
「へぇ……、教えてくれてありがとうございます。そういう薬について載ってる本とかってあります? 出来れば魔法文字が書かれてないやつで……」
「薬の本はいくらでもあるが、なんで魔法文字が書いてない本がいいんだ?」
「読みにくいからです」
 読めないから。──とは言えなかった。魔法文字の勉強もすべきかもしれない。
「探しといてやろうか」
「あ、いえ。本屋って近くにあります?」
「あぁ。ログ街の本屋は基本中古本ばっかだが、種類は多い」
「じゃあ今度探してみます」
 
そう言って、アールは部屋の中央から離れた。魔物は中央に現れる。
 
「それでは、再開お願いします!」
「おう。次の魔物は少し厄介だ。逃げ足が速いから、油断するなよ」
「はいっ」
 
戦闘を繰り返しながら、アールは恋人の雪斗がやっていたゲームを思い出していた。確かにゲームの世界でも、回復薬が存在していた。そういえば、HPがゼロになっても生き返る薬か魔法があったような気もする。でも、そもそもゲームでいうHPがゼロってどういう状況だろう? 死ぬってことなのかな? それともただ戦闘不能? 敵のHPをゼロにしたときは、倒したことになる。あれは戦闘不能にしただけのこと?
雪斗、君の説明をちゃんと聞いていればよかった。興味がないから、聞き流していたけれど。
君が遊んでいたゲームが、参考になるなんて思わなかったから。
君が私なら、この世界でもっと上手くやっていけてるのかな。
 
私には……難しいよ。
 

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