voice of mind - by ルイランノキ


 青天の霹靂8…『イワコ山』

 
「イーワーコ山……イワコ山」
 と、シドは木の看板に書かれた文字を読んだ。
 
ここは街から出て北西にあるイワコ山のふもと。シドはズボンのポケットから結界紙を取り出すと、バイクの下に貼り付けた。
 
「うっし。これで魔物にボコボコにされることはねぇな」
 
ルイから何枚か貰っていた結界紙。本来は人や動物などの生き物を外からの攻撃から守るための結界を発動させる魔法円が描かれた紙だが、自分が高そうなバイクを選んでしまったがために、バイクを守ることに使うハメになった。
山の頂上へ続く細い道がある。シドは刀を抜いて、イワコ山へと足を踏み入れた。──と、その時、シドの携帯電話が鳴った。
 
「んだよ……これからってときに邪魔くせぇな」
 
そう呟きながら携帯電話を開くと、知らない番号が表示されている。シドはケータイを閉じたがずっと鳴り続け、止む気配がないので仕方なく電話に出た。
 
「テメェ誰だ!」
 と、電話に出るやいなや、罵声を浴びせる。
『……シド?』
「あ”ぁ?!」
 女の声に、更に苛立つ。
『あのさ、一言いい? ……ワオンさんの彼女をけなすとか最低!』
「はっ?」
 わけもわからず、電話は切れた。「おいっ! 誰だよテメェは! って……切るんじゃねぇ!」
 
ふと、聞き覚えのある名前に気づく。──ワオン? ワオン……ワオン……
 
「?! あいつか! ってことは……ちび女かっ!!」
 
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「アールちゃん……なんて良い子なんだ……」
 と、ワオンは目頭を押さえた。
「ちょっとムカついたので」
 と、アールは携帯電話を閉じ、ワオンに返した。「ありがとうございます。私のケータイ、充電しとかなくちゃ……すっかり忘れてた」
「しかしなぁ、あいつが当時の俺の彼女をけなしたのには訳があると思うんだ」
「……あ、そうですよね。理由なくけなすとは思えないし。でもシドなら女性っていうだけでけなす可能性もなくはないですけど」
「あー、昔からあいつは女嫌いだからなぁ。アールちゃんジュースのおかわりは?」
「あ、もう大丈夫です」
「そうか? 小腹は減らねぇか? ここは意外にもパフェがうまいぞ」
「パフェ? 食べてみたい!」
「何パフェがいい? 確か、イチゴと……チョコレートと……バナナ……それから……」
「イチゴで」
 と、アールは笑顔で言った。
「了解! 俺のおごりだ」
「わー、ありがとうございます!」
 
アールはワオンからシドの話を聞いた。数年前、ワオンは別の街にあるVRCで働いていた。そのときにシドのトレーナーを請け負ったことがあったという。
ワオンはシドのことをよく覚えていた。そして当時のワオンには愛する彼女がいた。お昼時になるといつも仕事場へお弁当を持って来てくれて、次第にシドの分までも作って持ってきてくれるようになった。お弁当の中身はスタミナがつくものばかりで、ワオンやシドの体を気遣ってくれる優しい女性だったという。
しかしある日、ワオンが彼女の自慢話をシドにしたところ、シドはあることないことを言って、彼女をけなしたというのだ。翌日、また彼女は2人分のお弁当を持って来たが、シドは礼を言うどころか、「余計なことすんな!」と、差し出された弁当を放り投げ、ちょうどその場にいたワオンがカッとなって殴り合いになった……という話だ。
 
それを聞いたアールは腹が立って、わざわざワオンの携帯電話を借りてまでシドに電話をしたのだった。それも、自分のケータイは充電切れのため、一度ルイに電話をしてシドの番号を聞いてから掛けたという徹底ぶりである。ちなみにルイの番号は、VRCに登録する用紙に書かれていた。
 
「彼女をけなしたのには訳がある……か」
 と、アールはワオンの言葉を呟いた。
 
確かにシドは口が悪いとはいえ、大した理由なくお弁当を放り投げたりはしないだろうと思う。当時は今よりもやんちゃだった、とも考えられるが。
 
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「なんだっつんだよクソ女……。余計なこと聞いたんじゃねぇだろうな……」
 と、シドは携帯電話をポケットにしまうと、気を取り直して再び山道を上りはじめた。
 
あまり音を立てないように気をつけながら突き進む。余計な戦闘を避けるためと、自分の物音で魔物の微かな音や気配を掻き消さないためだ。
時折頭上から、魔物が翼を羽ばたかせた音がする。頭上に気を取られていると、木々の間から獣が姿を現し、歯を剥き出して襲い掛かってくる。シドは何度か戦闘を繰り返し、足を止めた。
 
「……置き去りにされた物ばかりだな」
 
そこには錆びついた刀剣が落ちていた。少し離れた場所には折れた槍の先が落ちている。依頼を請けてここへ訪れた者が、武器を放り投げて山を下りたか、魔物に喰われたか、なにかしらの事情により、あちらこちらに遺物が虚しく放置されていた。
 
ふいに生臭さと獣の臭いが鼻をついた。辺りに妖気が流れている。
 
「この山のどこにでっけぇ身を隠す場所があるってんだよ……」
 
苛立ちながら、もう少し先まで行ってみようと歩き出したとき、大きな岩の後ろから草が揺れる音がした。シドは咄嗟に刀を構えた。しかし、待てども岩の後ろから魔物が出てくる様子はない。仕方なく、自ら歩み寄ろうとしたその時、「はっ……ハーックション!」と、大きなくしゃみが聞こえた。
 
「誰だっ!」
「あー…、いやいやどうも。遅かったな。あんま待たせんなよ」
 と、岩の後ろから顔を出した男は、まるでシドを待っていたかのような発言をした。
 

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©Kamikawa
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