voice of mind - by ルイランノキ


 青天の霹靂7…『ワオン』

 
「よしっ完璧!」
 と、アールは嬉しさのあまり、ガッツポーズをした。
「お、一撃で倒せるようになったな! それに美しい!」
 ワオンが絶賛しながら、そう言った。
「美しい?」
「剣捌きがな! いや、もちろんアールちゃんも美しいが!」
「あ、お世辞は結構です。」
 
アールは一先ず剣を鞘にしまうと、右腕をぐぐっと前へ伸ばした。立て続けに戦闘を繰り返したため、疲労による痛みを感じる。
 
「いや、待てよ? アールちゃんは美しいというより、かわいい……だな!」
「剣捌きってやっぱり重要ですか?」
「そりゃそうさ。人参がおいしく食えるぞ」
「……にんじん?」
「人参を切るのは簡単だ。包丁の刃を人参に向けて思いっきり振り下ろせばザクッと簡単に切れるだろう? でも、切り口はどうだ? 料理はなぁ、見栄えも大事で、切り方も大事というわけだ」
「なんで料理の話になったんでしょうね」
 アールはそう言うと、背伸びをした。「んーっ、体が痛い……」
「よくぞ訊いてくれた。例えば、人参ならともかく、トマトならどうだ? 上から押さえ付けるように切るとどうなる?」
「潰れます」
「だろう? 魔物によっては、斬り方を気をつけねぇと大変なことになる」
「大変なこと……」
「獣を斬るときも、がむしゃらに斬りつけてしまうと返り血をいっぱい浴びるはめになる」
「うっ……それは嫌だなぁ……」
「VRCの魔物は魔法とコンピューターによって作られたものだから血は流れないが、設定次第ではリアルさを出すことも出来るぞ」
「血を流すことも出来るってことですか?」
「ブチャーッ! と行っとくか?」
「ううん、結構です」
「そうか? 街の外から来た輩の大半は、血が流れないと倒した気がしないってんで、そんな旅人の要望に応えて後付けされた機能なんだが」
「結構ですから」
「そうか……。しかしな、血が出るといっても、そう見えるだけで実際に血を浴びたりはしないぞ?」
「だから結構ですってば!」
「そ、そうか……」
 
──今、何時くらいだろう。部屋の中には時計がなかった。
廊下から部屋の中を覗けたものの、気が散るからか部屋の中からは廊下が見えなくなっている。驚くことに部屋に入ってしまうと、あったはずの窓すらなくなっているのだ。これも魔法によるものなのだろう。
 
「少し休むか?」
「あ……はい。喉が渇きました」
「んじゃ、ちょっと待ってろ。今ドアを開けてやる」
 
窓だけではなくドアも、部屋の中に入ってしまうと無くなっている。無くなっているというより、見えなくなっていると言うべきなのかもしれない。
 
「おつかれさーん」
 と、ワオンが戦闘部屋のドアを開けた。「お客さん来てるぞ」
「お客さん?」
 
部屋を出ると、廊下に見覚えのある女性が笑顔で立っていた。アールも思わず笑顔をこぼした。
 
「あっ! えーっと……ミシェルさん!」
「ふふっ、よかった。覚えててくれて」
 
ホテルの浴場でシャンプーを貸してくれた女性だった。肩より少し長めの髪をひとつに束ねているものの、ボサボサだ。額や首に汗が滲んでいて、だいぶ疲れているように見えた。
 
「ミシェルさん、どうしてここに? あ、ミシェルさんもバトルですか?」
 と、アールは両手を構えてみせた。格闘ポーズだ。
「うん、今から戦闘部屋に行こうと思ってたら、アールちゃんを見つけたの」
「今から?」
「うん。どうして?」
「いえ、汗をかいてるからてっきり……」
「あ、あはは、ホントだ」
 と、ミシェルは汗を拭った。「走ってきたからかな」
「走って? 気合い入ってますね」
「ふふっ、もちろん! でもアールちゃんかっこよかったわよ」
「え……いつから見てたんですか? 恥ずかしいなぁ」
「大丈夫、5分くらい前に来たばかりだから。──それじゃ、私はそろそろ行くわね。1時間しか予約してないから」
「あ、はい。がんばってくださいね」
「えぇ、ありがとう」
 ミシェルはアールに軽く手を振って、廊下の奥へと歩いて行った。
 
「綺麗な姉さんなのになぁ、もったいねぇ」
 と、ワオンがアールを連れて廊下を歩きながら言った。
「もったいない?」
「なーんか、髪ボサボサだったろ? 服装も適当な感じだったし、もっと身なりに気を使えばますますベッピンさんになるってのに」
「お洒落にあまり興味がないんじゃないかな」
「まだ若いんじゃないのか?」
「うーん、わかんない。最近出会ったばかりなので」
「そうか、ならまた会ったときに恋人はいるのか訊いといてくれ」
「え……なんで?」
 と、ワオンを見上げる。
「いや、まぁ……縁があればとな」
「ワオンさんって独身だったんですね」
「独身もなにも、まだ23だからな」
「──?!」
 
アールは無言で驚いた。まさか自分と2つしか違わないとは思わなかったからだ。体格といい、髭といい、どうみても30代に見える。
 
ワオンがアールを施設内にある食堂へと連れてきた。横長のテーブルが奥の方までズラッと並び、施設で汗を流した利用者たちがちらほらとテーブルを囲んでいる。
柱に掛けてある時計に目をやると、午後4時を示していた。2人は空いている席に座った。
 
「アールちゃん、なにか飲みたいものはあるか?」
「えっと……フルーツジュースを」
「フルーツならなんでもいいのか?」
「リンゴジュースってありますか?」
「そりゃあるさ。じゃあちょっと待ってろ」
 と、ワオンがすぐに席を立った。
「あっ、お金……」
「いやいや、金はVRCへの登録料に含まれてるから、必要ないよ」
「そうなんですか」
「飲み物だけはな」
 と、ワオンは白い歯を見せて笑うと、食堂のカウンターへ向かった。
 
食堂にいる人達に目を向けると、大半が武器を身につけている。中には弓矢、ヌンチャク、斧などもあり、アールが初めて目にする武器もあった。体格のいい大柄の男が背負っている、自分よりも大きなトゲトゲした金棒を見たときは、どんな魔物でも一撃で倒しそうに思えた。
 
「あまりジロジロ見ないほうがいいぞ」
 と、ワオンが2人分の飲み物を両手に持って戻ってきた。
「あ、すいません……」
「まぁさすがに女の子にバトルを吹っ掛ける奴はいねぇと思うけどな」
 と、ストローと一緒にリンゴジュースをアールに渡した。
「あ、ありがとうございます。──バトル? 人同士で?」
「あぁ、それ用の部屋もあるからなぁ」
「そうなんですか……」
 アールはストローでリンゴジュースを飲んだ。渇いた喉に爽やかなリンゴ風味が広がる。
 ワオンはストローを使わずに、半分ほどがぶ飲みをした。
「ワオンさんっていろんな人のトレーナーをやってたんですか?」
「あぁ、女の子を請け負ったのはアールちゃんが初めてだけどな」
「そうなんですか……、なんかすいません」
「なんで謝るんだ?」
「私全然だし、私のトレーナーやっててもつまらないだろうなって……」
「ハハハッ! 余計な心配するなよ。そもそも俺が志願してアールちゃんのトレーナーを請け負ったんだ」
「そうなんですか?」
「女の子のトレーナーは……楽だからなぁ」
「……そうですか」
「じょーだんだよ! ハハハッ!」
 
VRCへ来る前までは、不安でいっぱいだったが、トレーナーである親しみのあるワオンの明るさにアールは少し胸を撫で下ろしていた。
 

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©Kamikawa
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