voice of mind - by ルイランノキ


 捨てた想い43…『二人の私』

 
居室のテーブルには、ルイとモーメルが向かい合わせに座って紅茶を飲んでいる。シドとカイは2階の部屋で一足先に眠りについた。
 
「アールさん、まだ戻ってきませんね……」
 と、ルイは玄関のドアに目をやった。
「そんなに心配ならまた様子を見に行ったらいいじゃないか。さっきから何度ドア越しに心配してるんだい」
「でも一人でいたいようでしたし……」
「まったく……あんたもアールも、そんなんでこの先やっていけるのかい? 旅仲間ってのはどんなもんか知らないけど、あまり気を遣い過ぎると精神的に疲れてしまうよ」
 ルイは、ティーカップを両手で握った。紅茶の水面に映る自分が情けない表情をしていて、無意識に目を逸らした。
「アールさんは……とても繊細な方ですから……」
「繊細な上、強がりだね。でも、あんたたちが片寄っていないおかげでいざというときはアールの支えになるかもしれないよ」
 そう微笑んで、モーメルは紅茶を美味しそうに啜った。
「片寄ってない……というと?」
「性格だよ。たとえば、言いたいことを言い合うならシド、悩みを忘れて遊ぶならカイ、疲れたときにはあんたの側にいればいい。よりどころが沢山あるってことさ。だからあんたも普通にしていればいい」
 
そう話し終えた頃、ドアが開いてアールが戻ってきた。ルイは直ぐに立ち上がり、歩み寄った。そんなルイにモーメルは「心配性はなおらないね」と思いながら、ため息混じりに笑った。
 
「アールさん、おかえりなさい」
 ルイはアールが浮かない表情をしていることに気づいて戸惑ったが、アールはすぐに笑顔を作った。
「ただいま。明日って何時くらいにログ街に戻るんだっけ?」
「7時頃です。朝食はモーメルさんと一緒に」
「あら、悪いね」
 と、モーメルが微笑んだ。
「じゃあ私もう寝るね」
 そう言ってアールは肩に掛けていた上着を脱ぎ、ルイに渡した。「これ、ありがとう」
「いえ……おやすみなさい」
「おやすみ。モーメルさんもおやすみなさい」
「おやすみ。いい夢見るんだよ?」
 
階段を上がっていくアールの背中を、ルイは見届けた。
 
「気を遣いすぎると、アールも気を遣うよ」
 モーメルはそう言って席を立ち、飲み干したティーカップを台所へ持って行った。
 
ルイは頼られたいと思っても、いざ頼られたときに手を貸せる自信がなかった。頼られたいと思うなら、頼りになる自分であるべきだ。自ら歩み寄るのではなく、相手が頼りたいと思った時にいつでも手を貸せるようにしておくことが一番相手の支えになる。
ルイもまた、思い通りにいかない自分に煩悶をきたしていた。
 
アールは2階の一室に入ると、ベッドに座り、ため息をついた。生まれ育った街から離れ、新しい環境で再スタートを切った人達は、どれくらいの期間でその新しい環境に馴染んでゆくのだろう。早ければ早いほどきっとストレスも半減されて余裕が出てくるものだが、アールの場合は馴染むことに抵抗感があった。カイが彼女を“アール”と呼びはじめてからというもの、良子である自分とアールという新しい自分との格闘が絶えなかった。
人々の理想がアールであって、本当の姿は良子という名の、面倒臭さがり屋で自分勝手で弱い女だ。頭の中で繰り返しアールが言う。『頑張ろう』と。その反対側で負けじと良子が思う。『私には無理だよ……』と。
いくら格闘しても、どちらにも転ばない。どちらとも、良子に変わりはないからだ。
 
アールはベッドに横になり、布団を被った。無意識に、眠る前になると必ず思うことがある。
──目が覚めたら元の世界に戻っていたらいいな。
心の片隅で消えずに疼く願いだった。
 

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