voice of mind - by ルイランノキ |
様々な事柄や状況に対し、無数の痛みや思いが生まれすぎて、感情に纏まりがない。そのために一番向き合うべき思いが分からず、感情が右往左往する。何ひとつ解決しないまま、時間だけが流れてゆく。
コンコンと部屋をノックする音が、アールの夢の中にまで反映した。
「はーい。だれー?」
夢の中のアールが部屋のドアを開けると、母親が立っていた。
「朝食、もう出来てるわよ」
と、笑顔で。
コンコンと再びノックをする音がした。
「アールさん、朝ですよ」
「──?」
アールは目を覚まし、ベッドから飛び起きてドアを開けた。
「ごめんルイ……おはよ」
起きてすぐに立ち上がると少し立ちくらみがした。
「おはようございます。朝食、出来ていますよ」
夢の中の母親と同じセリフを言うルイに、思わず笑った。
「了解です」
ルイはアールの笑顔に戸惑いを隠せずにいた。微笑んだり、虚ろな表情をしたり、不機嫌そうだったり、アールの感情に波があり、笑っていても一時的なものだと思うと、胸が塞がる思いでいっぱいになる。
二人は階段を下り、席に着いた。テーブルに並んだ野菜中心の料理は、どれも美味しそうで食欲をそそる。先に席に着いていたモーメルたちも一緒に手を合わせ、朝食を食べはじめた。
「あー、そういえばアール、俺達のこと信じたのぉ?」
と、未だに真っ赤なモヒカン頭のカイはパンを少しずつちぎりながら口に運んだ。
「信じたって?」
アールはスプーンでオニオンスープをすくいながら訊き返す。
「偽物のくせにって言ってたじゃーん」
「それはもう解決したよ」
アールは微笑んでそう言うと、スープを飲んだ。
「えっ、じゃあ信じてくれたってことー?」
カイの言葉に、ルイたちもアールに目を向けながら食事を進める。
「うん。疑ったりしてごめんね」
「なんで本物だってわかったのー?」
そう言いながらパンをむしって口に入れるカイを、アールは不思議に思った。
「一緒に過ごしてたら……ね。それよりパン、少しずつ食べるんだね」
「だーってこぼしたら怒られるんだもん……」
「でもパンは頬張ってもそんなにこぼれないと思うよ、てゆうかむしってる方がパンくず落ちてるし」
そう言われ、カイは手元を見た。
「げっ……」
小鳥にでも餌をやるかのごとくテーブルにパン屑が散らかっている。
「カイさん……」
と、ルイは注意をする気にもなれず、呆れたように名前だけ呟いてテーブルを拭いた。
「ヒヨコに餌やってるつもか? トサカだけに」
と、シドが馬鹿にして言う。
「この頭はニワトリじゃないよ!」
食事を終えると一同はログ街に帰る準備を始めた。ルイは台所で食器を洗い、アールは2階へ上がってモーメルから貰った防護服が入っているボストンバッグを手に、下りてきた。シキンチャク袋はログ街のホテルに置いてきたため、大きな荷物になった。
シドはというと、ルイの食器洗いが終わるまで床でストレッチを始めたようだ。カイはモーメルが用意してくれていたおもちゃ箱の中から、持ち帰る物を選んでいる。
「アールぅ、アールもなんか貰って帰ろー」
カイはそう言うと、笛を鳴らした。ピ──ッ。
「なに? その笛……」
と、アールはカイに近づいて訊く。カイの周りにはおもちゃが散らかっていて、危うく踏んでしまいそうになった。
「この笛を鳴らすとねぇ、アールが来る」
「え? 呼ばれたから来たんだよ」
「10メートル範囲にいる人の一人を思いながら笛を吹くと必ず来るんだよぉ」
「10メートル範囲なら名前呼べば来るでしょ……」
「必ず来るんだってぇ。じゃあ見ててよ?」
と、カイは少し離れた場所で筋トレをしているシドに声を掛けた。「シドー、ちょっと来てー!」
「なんだよ筋トレ中だ!」
シドはそう言い放って来ようとはしない。
そこですかさずカイは笛を吹いた。ピ──ッ。すると腹筋をしていたシドは、はたと止めてカイの方へ歩いてきた。
「なんだよ……」
「ほーら、来たでしょー?」
「あ? テメェそれ近呼笛じゃねぇか!」
と、シドは笛で呼ばれたことに気づき、カイの頭を平手で叩いた。
「いたぁーい……」
「筋トレの邪魔しやがって……」
不機嫌そうに呟いて、シドは戻って腹筋を再開した。
「じゃあ次はルイを呼んでみようかぁ?」
「いいよいいよ……わかったから。他にどんなものがあるの?」
アールはおもちゃ箱を覗き込んだ。
「欲しいものがあったらあげるよ」
と、モーメルはグツグツと煮えたぎっている大きな壺を掻き混ぜながら言った。
アールは失礼だとは思いつつもモーメルが絵本でよく見る魔女に見えた。──あの壺の中にはトカゲとか入っているんだろうか……。
「ん? これなんだろ……」
と、アールが箱から引っ張り出したのは、束ねて結ばれているロープだった。見ただけではただのロープにしかみえない。
「それ伸びロープだよー、引っ張るとゴムみたいにビローンと伸びるんだけど、限界まで引っ張ってもロープ並に頑丈だから切れないよ」
アールは結び目を解かず、ロープの先端を引っ張ってみた。カイが言ったとおり、ゴムのように軽々と伸びた。
「面白いね、でも何に使うんだろ……」
「普通にロープとして使ったらいいんだよぉ。1センチに切っただけで1メートルは伸びるから、普通のロープより使えるよん」
「そんなに伸びるの? ガムみたい。貰おうかな……」
「そんなの貰ってどうするんだよぉ……まさか! 俺を縛るつもり?! アールの変態!!」
「そんな趣味はないよ……。あ、でも悪者を縛るとか!」
そう言ってアールは目の前でロープを伸ばして見せた。
「シドとかぁ?」
「……なんでシドなのよ」
「ヘヘヘッ」
「ヘヘヘッて笑ってもシドが聞いてたら殴られてたと思うよ」
「聞いてないから大丈夫! 他になに貰おうかなぁ……これもいいなぁ、これも!」
と、カイは箱から色々な道具を床に取り出していく。
「あのさ……まさかとは思うけど、床に出してるやつ全部貰う気?」
「勿論だよ!」
「カイさん?」
と、食器洗いを終えたルイが近づいて言った。「荷物になりますからそんなに持って帰るのはダメですよ」
「シキンチャクに入れればいいじゃーん」
「ですがおもちゃはもう十分に持っているはずでしょう。それにその量だと全ては入らないのでは?」
「……モーメルばあちゃんに新しい袋も貰う」
「シキンチャク袋はまだ使えるんですから、いけません。おもちゃを入れるためだけに新しいものを使うなんて許しませんよ」
「なぁーんでだよぉ! 俺にとっておもちゃはお宝と一緒なんだってばぁ!」
どちらも引き下がらない二人を横目に、アールはまた箱の中を物色した。プラスチックで出来ている小さなマイクを見つけ、手に取った。スイッチやボタンがいくつかある。アールは《ON-OFF》と書かれているスイッチをONに切り替えた。
「あー…あー…、普通のマイク?」
「あ、それねぇ、貸して」
と、カイがマイクを手に取ると、青色のボタンを押しながらアールに向けた。
「なに……?」
「はい、完了ー!」
と、カイはボタンから指を離した。
「なにをしたの?」
「アールの声をインプットしたんだよー」
そう言って、今度は自分にマイクを向けて喋った。「どーもどーも、アールです」
「わぁ! 私の声になってる……」
「面白いでしょー? 『私はカイが好きよ』」
「人の声で遊ばないでよ……」
「『ルイよりもシドよりも、カイが一番素敵よ。愛してるわ』」
「私そんなこと言わないし!」
と、アールはカイからマイクを奪った。これは自分の世界にあったら確実にオレオレ詐欺に使われるだろうなと考える。
「ちぇーっ」
カイは頬を膨らませた。
ルイはカイが床に出したおもちゃを箱にしまっている。
「なんで戻すんだよぉ!」
「こんなに沢山は必要ありません。多くても3つまでにしてください。カイさんのシキンチャク袋の中、もう十分おもちゃが入っていますよね? 買ったもののまだ一度も使っていないおもちゃもあるはずです」
「そ、それはぁ……」
「まずはシキンチャク袋の整理をしてから、貰うなり買うなりしてください」
「うぅ……わかったよぉ」
カイは不服な表情で渋々諦めた。──と、見せ掛けた。
「アールぅ! さっきのマイク欲しくない? 欲しいよねぇ? あとこれも面白いんだよぉ?」
次から次へとアールにおもちゃを勧めるカイに、ルイが言った。
「アールさんを利用しないでください」
「……はい。」
Thank you... |