voice of mind - by ルイランノキ


 捨てた想い42…『酷いね』

 
「いらねぇっつったろーが」
 と、シドはアールから目を逸らして不機嫌そうに言った。
「でも胃液吐いてたから……。飲まなくてもいいから、口濯いだら? 少しは気持ち悪さが消えるから」
「……めんどくせ」
 と、シドは乱暴に水が入ったグラスを受けとった。「礼なんか言わねぇからな」
「礼なんかいらねぇよ」
 と、アールはシドの口調を真似た。
「……ケッ。真似すんじゃねぇチビ女」
「は? 今なんか言った? 筋肉バカ」
「…………」
 
二人は暫し無言で互いを見遣ると、アールのほうからプイッと目を逸らした。ドアを挟んでシドとは反対側の壁に寄り掛かかり、小さくため息をついて空を見上げた。ほんの少し目を離したうちに、すっかり暗くなっている。目を凝らしていると、見えないと思っていた小さな星の光が見えてくる。
 
シドは水を口に含むと、濯いで地面に吐き出した。
 
「──お前さぁ」
 と、シドは袖で口を拭き、ドカッと壁に寄り掛かかる。
「え?」
「お前なんで旅してんだ?」
「……なにそれ」
 唐突な質問だった。アールはシドがなぜそんな質問をしたのか疑問に思う。
「お前が旅を続ける理由はなんだよ」
 と、遠くを見ながらシドは訊く。
「なにって……そうするしかないから」
「旅から逃げることも出来るだろ」
「逃げるってどこに……? 私に行き場所なんてないよ。それに元の世界に帰るには旅を続けなきゃいけないし」
「それが理由かよ。なら、無条件にこの世界を救いたいっつう気持ちはねぇんだな」
「そんなことッ……」
 
アールは、顔を背けて目を泳がせた。──この世界は、自分とは無関係だと、言い切れない。自分がこの世界の運命を託された時点で、無関係とは言えない。帰りたくて、帰るには旅を続けて終わらせなければいけないから、旅を続けている。そうする他ないから。でも、この世界がどうなろうとどうでもいい訳じゃない……。それは救えなければ帰れないからという理由じゃない。自分に出来ることがあるなら、出来ることはしたいと思う。思うけど……。
 
「なぁ、もし結末に限らず、元の世界に戻れねぇとしたらお前、それでも旅、続けられんのか?」
「…………」
 
──答えられなかった。
心にじわりと血が滲む。急に夜風が突き刺さるほど冷たく感じた。
 
あれからシドは何も言わずに部屋へ戻って行った。ドアを開けて部屋へ入るときに一瞬戸惑った彼は、よほどあのにおいがトラウマになっていたらしい。
答えられなかった自分を責めてほしかったと、アールはズキリと痛む胸を押さえた。
最低だ。結局自分のことしか考えていない。そのくせ偉そうに仲間の心に入り込み、仲間の優しさを踏みにじる。覚悟は決めたと言いながら何度も何度も立ち止まり、仲間の足を引っ張る。世界を思う気持ちより、帰りたい気持ちのほうが遥かに勝る。この世界で生きる人々の思いを、荷物にして歩いている。
 
「最低だッ……最っ低……」
 
責められることすらしてもらえなかったアールは、自分で自分を罵倒した。最低だと思う一方で、「仕方がない。そんな大それた使命を託されて、受け入れられなくてもしょうがない」と思い続けている自分もいて、気が狂いそうになる。一体自分の本心はどこにあるのだろう。自分を見失いそうになっていた。
 
 もしさぁ、魔法とか存在する別の世界があったら行ってみたいよね
 
そんな夢のある話を、小学生の頃だったか中学生の頃だったか、友達としていた時期があった。
 
「そうだよね、なんかつまんないもんこの世界は」
 と、笑いながら答えていた。
「正義の味方とかかっこいいよね、自分だったらどうする? 危険をかえりみず悪と戦う?」
 そんな質問をされたことも思い出した。
 そして私は迷わず即答していたっけ。
「当たり前じゃん! 正義の味方なら力も強いだろうし、怖いものなしだよ!」
 
『もしも』の話は、幼い頃からよくしていた。妄想が楽しくて、友達といろんな想像をしては話が盛り上がった。でもそれは、所詮妄想の中にすぎない。現実になれば、想像で作り上げた自分とは遥かに違う。
 
 もしさぁ、別世界に行って、自分が世界を救うことになったらどうする? 自分は大して強くもなくて、救えても救えなくても元の世界には帰れないとしたら……
 
頭の中で、幼い頃によく“もしも”の話をしていた友達の声に変換させ、自分に問い掛けた。今の自分なら、どう答えるだろう……と。
見捨てる……なんて出来ないけど、救ってみせると前向きにもなれない。
 
 じゃあ質問を変えるね。──知らない世界の為に、死ねる?
 
それは、まったく同じ質問に思えた。だが、アールの中で認めたくない答えが生まれる。
 
どうせ死ぬなら、戦うかな。どうせ死ぬなら……どうせ……。
 
 
      酷いね 
 
 
──うん……。最低な正義の味方だよ。
 

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