voice of mind - by ルイランノキ


 捨てた想い38…『安堵』◆

 
新しいツナギに着替えてさっぱりとした気分で風呂場を出ると、ドアの前に知らない男が膝に顔を埋めて座っていた。
 
「だ、だれ?!」
 アールが警戒してそう叫ぶと、その男は半ベソをかいている顔を上げた。その顔を確認したアールは呆気に取られた。
「なにしてんの……カイ……」
 
顔を見て、漸くカイだと気づいたのには訳があった。彼の頭はモヒカンの赤髪になっていたからだ。
 

 
「アールぅ……」
 と、カイは涙目でアールを見上げる。
「どうしたのそれ……なんかトサカに見えるよ。ニワトリ?」
「シドとゲームしてて負けたからぁ……」
「あぁ……それでイメチェンディでも食べさせられたの? でもあれって3時間くらいで元に戻るよね」
「俺が食べさせられたのはイメチェンディプラスだよぉ……」
「プラス? 何がプラスなの?」
「持続時間が24時間に……」
 
それを聞かされたアールは、掛ける言葉を失った。黒髪が茶髪になったとか、ショートヘアーがロングヘアーになったという程度なら24時間の持続も耐えられるだろうが、あまりにも人の目を引く髪型だと、自分ならトラウマに成り兼ねないと思いつつ、絞り出すように出た言葉は一言だった。
 
「まぁ……ドンマイ!」
「なにドンマイってー…」
 と、カイは立ち上がってうなだれる。
「気にするなってことだよ、結構トサカ似合ってるよ、奇抜だけどね。それよりいつからここにいたの……?」
 アールはそう訊きながら、玄関へと回る。
「ちょっと前から! てゆうかアールって髪濡れてるとなんかかわいいなぁ!」
「カイって髪トサカだとなんか超ウケる」
「…………」
 
アールは、なんとなくカイのセリフと似たセリフを選んで言い返しただけで、決して彼女に悪気はなかった。
玄関のドアを開け、家に入った。後ろからついて来たカイがムスッとしている。
 
「今のどーゆう意味だよぉ! さっきは似合ってるって言ったのにぃ!」
「似合ってるよ? 不思議と違和感ないもん」
「じゃあなんでウケるとか言うんだよぉ!」
「ごめんごめん。そんなに嫌ならズラでも被ったらいいじゃない」
「あ、その手があったか。じゃあアール買ってー」
「なんで私がっ!」
「アールが提案したんだからアールが買ってよぉ」
 と、おねだりをするカイ。
「やだよ。私が被るわけじゃないのにっ」
「わぁー…人事だと思ってぇ」
「人事だもん! そもそもゲームに負けたカイが悪いんでしょ?」
「ひーどーいーっ!!」
 と、家に入ってくるやいなや口論している二人を、ルイたちはぽかんと見ていた。
「あ、モーメルさん、お風呂ありがとうございました」
 そう言ってアールは空いている席に着き、首に掛けていたタオルで髪を拭いた。
「すまないね、うちにドライヤーはないんだよ」
 と、モーメルはアールが念入りに髪をタオルで乾かしている様子を見て申し訳なさそうに言った。
「あ、いえ。全然大丈夫です」
 アールは笑顔で答えながら、ルイが台所へ行くのを何気なく目で追った。
 
シャンプーの香りが、近くの席に座っていたシドへと流れていく。
 
「くっせぇなぁ」
 と、シドは不快な表情で呟いた。
「え……私? ちゃんと洗ったのに……」
 濡れた髪を掴んで嗅いでみるが、特に変な臭いはしない。体臭だろうか……と、アールは腕のにおいも嗅いでみた。
「……バーカ。シャンプーが臭いんだよ」
「失礼な奴だねぇ!」
 と、声を張り上げたのはモーメルだった。「うちの人気商品だよ!」
「うっせぇーなぁにおいがキツイんだよ!」
「女性には人気さ! あんたみたいな汗臭い男にはわからないだろうねっ」
「あぁわかんねぇな。鼻に芳香剤を詰め込まれたみてぇだ」
「犬みたいなこと言うんじゃないよ!」
 
アールは、そんな言い争いを聞きながら交互に二人を見遣った。周りまでも巻き込む険悪な口喧嘩なら不愉快に感じるものの、シドとモーメルの口喧嘩はまるで親子喧嘩のようで仲が良さそうに見えてくる。アールは少し、二人が羨ましく思えた。
 
母親とよく口喧嘩をしていたことを思い出す。そのほとんどが自分がまいた種で、部屋の掃除をしていなかったり、家に帰ったらダラダラしたり、家事を手伝おうとしなかったり。仕事で疲れているんだって言い訳をしていたけれど、それは母も一緒だったはずだ。
私は面倒くさがり屋で、時々でも雪斗の家に遊びに行って掃除、洗濯、料理をするのがしんどかった。はじめのころは彼の奥さんになった気分がして楽しかったけれど、いつの間にか家政婦に思えて、嫌になっていった。
将来彼と結婚をして、子供が出来たら、私みたいな娘はほしくない。台所で肩を並べて、親子仲良く料理をする……そんな娘だったら理想だと思うのに、私はほど遠い。母の日に料理でも作ろうかと思ったときもあったけれど、今更すぎて恥ずかしく思えたし、悩んでいたら姉に先を越されてしまったりして、結局自分の手料理をお母さんに振る舞ったことは、まだ一度もない。姉の手料理を食べたとき、とてもおいしくて、後々私が作ったって姉の料理と比べられるだけだ……なんてマイナス思考ばかり考えていた。
私はいつだって、自分の気持ちが優先だった。
 
「夕飯出来ましたよ」
 と、ルイが5人分の料理を運んでくる。
 
テーブルに飲み物がないことに気づき、アールは席を立って台所へ行った。
この世界に来てから、自分の情けなさに今一度気づかされた気がする。少しは成長したのだろうか。手伝いをしようともしなかった、昔の自分を恥じた。
台所でグラスの用意をしていると、ルイが戻ってきた。
 
「アールさん、お手伝いありがとうございます。茶葉を買ってきましたので、湯呑みにしましょう」
 そう言ってルイは、湯呑み茶碗と急須を食器棚から取り出した。
「ねぇルイ、料理ときどき手伝ってもいい?」
「えぇ……でも、無理はしないでくださいね?」
「うん。ルイは料理が上手いから、一緒にやってたら私も料理上手になれるかも!」
 と、アールは笑いながら言った。「料理を覚えて、元の世界に戻ったらお母さんに作ってあげて、自慢しちゃおーっと」
「……そうですね、きっと喜びますよ」
 
ルイは、そう言いながら物悲しげに笑った。そのわけを、アールは知るよしもなかった。
 
テーブルを囲み、賑やかな食事風景。相変わらずボロボロとこぼすカイに、シドは呆れながら「汚ねぇよ」と言い、モーメルは母親のように「もっと行儀よく食べんか!」と叱り、ルイは黙ってカイが汚したテーブルを布巾で拭いている。
 
「俺たぶんねぇ、顎の形が悪いからこぼすんだと思う! 骨格から治さないとダメだねぇ」
「そうやってベラベラ喋りながら食ってるからだろーが!」
 と、シドはうんざりしながら叱る。
「じゃあ黙って静かに食べろって言うのー? 食事はみんなでわいわい楽しくいただくからウンマイのにぃ。シーンとした食卓なんて嫌だよぉ」
「口の中に入れたものを飲み込んでから話しましょうね」
 と、ルイは優しく注意を促した。
「話し掛けられたらすぐ返事しないと! よく噛んで食べろって言うからすぐに飲み込めないよぉ!」
「ああ言えばこう言う……」
「なんだよシドぉ! シドは俺より行儀が悪いじゃないかぁ! だいたいなんでっ」
 と、口に含みながら喋るものだから、ボロボロとまた落としている。「──なんで片膝立てて座って食べてるシドは怒られないで俺だけ怒られるんだよぉ」
「俺は迷惑掛けてねぇからな」
「むぅ……」
 と、カイはしかめっつ面をして、おかずのトンカツならぬマゴカツを頬張った。
「そうやって口いっぱいに頬張るからこぼれるんじゃない?」
 と、アールは言った。
「! まぁんめあーむまご……あーむまごほえばがいへめうんあお!」
「……はい?」
「カイさん、飲み込んでから話しましょうね。なにを言っているのかさっぱりです」
 ルイはアールが思っていたことを代弁した。
 
カイは顎をひたすらに動かして水で流し込むと、ゲフッと胃の空気を吐き出した。
 
「だーかーらぁ、なんでアールまで俺ばかり責めるんだよぉって言ったの!」
「別に責めてはないよ……。アドバイス?」
 カイは何も言い返さず、ただムスッとアールを見つめた。
「……そりゃあ私だってこぼすこともあるけど……気をつけてるし」
「俺だって気をつけててこんなんだよ!」
「逆ギレしないでよもう……」
「そうですよ。カイさん、あまり頬張らず、ゆっくり食べればこぼしませんよ」
「シドはがっついててもあんまりこぼさないじゃないかぁ……」
「俺は口がデカイからな」
「みんなして俺をいじめてぇ……。そんなにトサカが気に入らないの?!」
 そう言ったのは、彼がまだトサカ頭だったからだ。明日の夕方まで元には戻らない。
「トサカは関係ないし、いじめてないよ。注意だってば」
 と、アールは言う。
「んもう! 食事がまずくなるよ!」
「じゃあ食うな」
 と、シドが言った。
「シぃドぉーっ!」
「静かにせんかッ!!」
 と、痺れを切らしたモーメルが怒鳴る。
 
モーメルはカイの隣に座っていただけあって、随分とストレスを感じているようだ。
カイはすっかり黙って、黙々と食べはじめた。初めからそうすればいいのに……と、アールは思いながら、マゴカツに箸を伸ばす。
静かになった食卓。食事を口に運びながら、チラチラと彼等を盗み見るアールは、安堵している自分に気がついた。
 

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©Kamikawa
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