voice of mind - by ルイランノキ


 捨てた想い37…『お洒落』

 
電話を掛けてから何分経過したのかわからないほど、アールはリアとの会話を楽しんでいた。
はじめは遠慮がちに話していたアールだったが、いつの間にか、普通の女友達と話しているような、そんな気分になっていた。
 
『ふふっ、そうそう、カイ君の作る作品は、私もなにかわからないわ』
「ですよね、奇妙な形の粘度細工ばかりで、なにを作ったのか言われても分かんない……。私の顔から手が生えてたりするんだもん」
『ふふふっ、でもね、本当に彼なりの芸術作品なんだと思うの。猫の置物を作ってもらったことがあって、そのときはまともな作品だったわよ? 可愛らしくて、ボール遊びをしている猫だったの』
「へぇ……まともな物も作れるんだ……」
 そう呟きながら、そろそろ髪を洗いたいなぁと、アールは思った。「──あ、そういえば、なかなかお風呂に入れないときがあって……。髪がべたついたりするんですけど、どうにかならないかな……さすがにそればかりは無理ですよね」
『アールちゃん、もしかしてコンティニュイング使ってない?』
「コンティ……? コンディショナー?」
『コンティニュイングよ。シキンチャク袋に、手の平サイズのボトルを入れていたんだけど、シャンプーに混ぜて使ってる?』
「なにも混ぜてません……」
『もしかして、コンティニュイング知らなかった? ごめんね、コンティを混ぜて使うと、最低でも1週間は洗いたてに近い状態を保ってくれるのよ』
 と、リアは慌てて説明した。
 
アールは、今まで知らなかったことにショックを受け、呆然と遠くを眺めている。
 
『アールちゃん……? ごめんね、アールちゃんの世界にも、あるのかなって思ってたのよ』
「知らなかった! うわぁん……最悪……私不潔……」
『大丈夫よ、コンティが開発されたのは最近のことだし、知らない人も多いわ。旅人くらいしか使わないから。それに、結構高価なものなのよ』
「そうなんだ……。あっ、だからルイはいつもあんなに髪がサラサラだったんだ……」
『アールちゃんもそう思う? ルイ君の髪って、ホント綺麗よね』
「リアさんだって凄く綺麗ですよ。私なんてもう……。私臭くなかったかなぁ……髪ベタついてたし、なんで誰も言ってくれなかったんだろ」
『ふふっ、アールちゃんはやっぱり女の子ね』
 
──リアの言葉に、ドキリとした。
 
「……すいません」
『どうして謝るの?』
「私……見た目とかそうゆうの、気にする必要なんてないし、そんな余裕もないはずなのに。そんなの気にしてる場合じゃないし」
『誰かに言われたの?』
「…………」
 
どう思うだろう。私に世界の未来を託している人達が、髪の傷みや些細な切り傷を気にしている私を知ったら……。きっと、ガッカリなんてもんじゃない。私なら、そんな救世主に期待なんて出来ないし、失望する。だって、みんなにとって私の事情や感情なんか関係ないんだろうから。
 
『アールちゃんは、お洒落が好きよね』
 と、リアは落ち着いた声で言った。
「え……?」
『だって、この世界に来たばかりのころ、凄くかわいらしい服装だったもの。私なんて、決められた洋服ばかりだから、羨ましくなっちゃった』
「……一応、洋服の販売店で働いていたので」
『そうなの? だからお洒落なのね。アールちゃんは、どんなときにお洒落をするの? お洒落って、楽しい?』
「はい……。友達と遊びに出掛けたりするときは、いつも鏡と睨めっこで。やっぱりお洒落をすると気分が上がるし……髪形が決まらないと気分が下がったり……」
『女の子にとってお洒落は、気分のパラメータだものね』
「でも……」
『仕方ないわよ。お洒落をするのが当たり前だったんだから。髪質が悪くなって落ち込むのは当然よ。気になって他のことが手につかなくなるより、改善して気合いを入れた方がプラスになると思わない?』
「そうだけど……」
『シド君がなにを言おうと、気にしちゃダメよ』
「……リアさん?」
『なぁに?』
「私、シドに言われたって言いましたっけ……?」
『シド君くらいでしょう? そんなこと言うのは』
 と、リアは笑った。
「うん……。よくご存知で。ふふっ」
『彼は女の子に対して冷たいものね……。でも、誰よりも女の子の気持ちをわかってると思うの』
「シドが? そうは思えないけど……」
『アールちゃんが身なりを気にするのも、本当は仕方のないことだと思ってはいるはずよ。ただ、理解したくないだけ』
「どうして分かるんですか?」
『だぁって彼は……あ、言ったら怒られちゃう。ふふっ、本人に訊いても答えてはくれないと思うけど、そのうちわかるんじゃないかしら』
 
──と、そのとき、携帯電話からピー、ピーと音が鳴り、アールは驚いて湯舟に落としそうになった。
 
「わぁ! え……なに? ケータイがピーピー鳴ってる……」
『あら……充電切れね。また何かあったら、気軽に電話してきてくれる? “私”はアールちゃん専用の私だから。なんてね』
「あ……はい。ありがとうございます!」
『それじゃ、またね』
「はい」
 返事をするとタイミングよくケータイの充電が切れた。
 
アールは湯舟から出ると、ケータイを脱衣所の棚に戻して、髪を洗った。久々の長電話に、少しだけ気分が上がっていた。アールは夜な夜な友達とはよく長電話をしていたからだ。
 
「あ……メールのやり方聞いておけばよかった……」
 
ふと、アールはこの世界の携帯電話なら、自分の世界へ繋がるのではないかと頭を過ぎったが、なんの根拠もないことを考えた自分がバカバカしくなって、悲しくなった。
 
感情の浮き沈みが激しい。どんなに笑っても、すぐに冷めてゆく。
辛いときこそ、笑えと言うけれど、それが出来るのは心にゆとりがある時だけだ。
 
 

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©Kamikawa
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