voice of mind - by ルイランノキ


 捨てた想い36…『マゴイ』

 
木の板が敷き詰められた小さな風呂場。脱衣所と風呂場はカーテンで仕切られている。
アールは床にボストンバッグを置き、着替えを確認した。バッグの中に丸めてぎっちりと入れられていて、同じ色の服はない。一着、淡いピンク色の服を取り出して広げてみると、やっぱりツナギだった。
 
「防護服って……ツナギのみ?」
 裏返してみると、フードが付いている。そして、お尻のポケットに、花柄の刺繍が付いていた。
「ふふっ」
 アールは思わず笑ってしまった。
 
この刺繍はきっと、モーメルの弟子達による些細な心遣いだろう。体に合わせてみると、裾の長さもちょうどいいようだ。他の防護服の刺繍も気になったアールは、もう一着広げてみた。思ったとおり刺繍があったが、柄はハートのマークだ。
 
「かわいい、かわいい」
 
小さな心遣いに嬉しく思ったアールだったが、余計なリメイクがされていることに気が付いた。フードに、うさぎの耳が付いている。
 
「私は子供か!」
 
耳の部分をどうにかして取れないかと、軽く引っ張ってみるが、しっかりと縫われていた。
アールは諦めて耳付きのツナギをバッグにしまうと、バッグの隅に入っていた紙袋を取り出した。中には下着が数枚セットで入っていた。決してお洒落な下着ではないが、地味というわけでもない。定番の花柄で、色は黒、白、ピンク、水色の4セットだ。
 
「これは……誰が選んだんだろう」
 男性でないことを願いつつ、アールは服を脱いだ。
 
着ていた服のポケットから携帯電話が落ち、慌てて拾い上げる。壊れていないかと確認するが、そもそも泉に飛び込んだ時点で壊れてはいないだろうか。
適当にボタンを押してみると音が鳴った。正常に使えることを確認。──と、画面上部に四角いアイコンが点滅していることに気づく。不慣れに調べてみると、メール画面が開いて驚いた。ルイから貰った携帯電話の数字キーには、文字やローマ字がないため、メール機能はついていないものだと思っていた。
 
【リアです。電話してね】
 
「……それだけ?」
 アールは一先ず携帯電話を脱衣所にある棚に置いた。
 
風呂場へ入り、体だけ先に洗い終えると、タオルで手を拭いてからケータイを持って湯舟に浸かった。着信履歴からリアに電話を掛けてみると、リアはすぐに電話に出た。
 
『アールちゃん? やっと電話くれたのね、待ちくたびれちゃった』
 声だけでもきれいな人だと思わせる。こんな声に生まれたかったなぁとアールは思った。
「ごめんなさい、色々あったので……」
『どうしたの? 大丈夫?』
「はい、なんとか」
『そう……』
「あの……用件は……?」
『え? ──あぁ! 退屈だったのよ、ごめんね』
「リアさんって、忙しいんじゃ……」
『ふふっ、こっちの私は退屈なの』
「こっち? ……あっ、分身の方か」
『そうそう』
 と、リアは笑いながら言った。『あれからどう? 変わったことはない?』
「えーっと」
 アールはケータイを持っている反対の手を眺めながら話していた。手の傷を塞いでいたかさぶたがふやけて血が滲んでいる。
「あ、そういえば最近、胸が痛くて……」
 と、アールは胸を摩った。強く押さえると筋肉痛のような痛みを感じる。
『あら。恋わずらい?』
「違いますよ……両胸が痛くて。筋肉が張ってるような……シコリはないみたいなんですけど不安で……」
『そう……それは心配ね。心当たりはある?』
「運動不足だったから、剣とか握って振り回したり、筋トレ始めたからかなぁ……」
『旅を始めてからすぐに痛みだしたの?』
「ううん、最近です……」
『んー、ねぇ、痛みだけ? 胸が大きくなったってことはないかしら』
「え? 私もう21だし、今更胸が成長することはないと思うんですが……」
『でも、マゴイのお肉、食べてるんじゃない?』
「マゴ……」
 
アールは、マゴイと聞くと敏感に反応するようになっていた。ある意味アールにとっては、マゴイという生き物が最大の謎である。
 
『あら? 食べてない? 確かルイ君はマゴイのお料理が得意だったからてっきり……』
「あ、食べてます。お肉といったらマゴイってくらいに」
『そう! じゃあやっぱりマゴイの食べ過ぎかもしれないわね』
「それがどうして胸の痛みに……?」
『マゴイには栄養素だけじゃなく、男性には男性ホルモンを、女性には女性ホルモンを分泌させる効能もあるのよ。特に不足している人にはね』
「マゴイって……」
『凄いでしょ? 食べる人に合わせて効能が働くのよ。なくてはならないお肉よね』
「……マゴイエキスとかありますよね?」
『えぇ、人気商品よ。マゴイエキスは普通に売られているお肉からはあまり摂れないのよ。因みに、マゴイエキスはお肌がスベスベになるの』
「美味しいのかな……」
 
アールは、肌荒れが気になっていたので本当に効き目があるなら飲んでみたいと思った。
 
『えぇ。エキスそのままだと味はないけど、市販されているものはリンゴ味よ。マゴイエキスは飲み物だけじゃなく、ボディクリームの成分に入れられていたり、入浴剤に入っていたりもするわ』
「……大活躍ですね、マゴイ」
『でもね、過剰に取りすぎてしまうと血圧が上がっちゃうのよ。その辺はルイ君がしっかりと管理しているとは思うけどね』
 
モーメルが入れてくれていたお湯は少しぬるめで、長風呂には最適だった。足は伸ばせないほど狭いバスタブだが、その狭さが逆に落ち着く。リアの声も、柔らかく綺麗で、癒される。受付嬢が似合いそうだなぁ……と、アールは思った。
 
 

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