voice of mind - by ルイランノキ


 捨てた想い7…『頑固な子』

 
翌朝、カーテンのない小窓から射し込む光に、アールは目を覚ました。背伸びをして、欠伸をする。
モーメル宅の二階には、一人用のベッドと小さなテーブルだけが置かれた部屋が六部屋もあり、その一室でアールは眠っていた。
目を擦りながら部屋を出て廊下に出る。やけに静かだなと思いながら、階段を下りた。
 
一階の部屋の隅で寝ていたライズがアールに気づいて顔を向けたが、直ぐにまた顔を伏せて目を閉じた。棚に並んでいる試験管などを手に持って、何やら作業をしているモーメルがいる。
 
「おはようございます」
 と、アールはモーメルの背中越しに声を掛けた。
 モーメルは手を止めて振り返ると、
「おや、おはよう。よく眠れたかい?」
 そう言いながらにこりと微笑んだ。
「はい。あの……昨夜なにかあったのかな。凄い音が聞こえたから……。それに、ルイの怒鳴り声も……」
 様子を見に行こうかと思ったけれど、精神的な疲れがまた増えそうで布団に潜り込んだ。
「気にすることはないさ」
 と、モーメルは背を向けて、また作業をはじめた。「男はあれくらい元気がないとね」
 
アールは腑に落ちない気分で、ライズに近づいた。
 
「おはようライズ」
「…………」
 ライズは挨拶もしなければ、顔を向けることもしない。
「挨拶くらいしてよ……」
「彼はあんたより年上だよ」
 と、モーメルが言った。ライズへの態度や話し方で、アールは彼を年下に見ていると感じたからだ。
「うそ……あ、でも私結構年齢いってますよ?」
「21だろ? データにも出てるさ。彼は28だよ」
「えっ! ごめんなさいライズさん……」
 と、アールは慌てて“さん”を付け足したが、ライズはそれでも無視をし続けている。
「寝てるのかな……」
「ライズ、話しくらいしてやんな」
 と、モーメルは呆れたように言った。「アール、紅茶でも飲むかい?」
「あ、はい……」
 椅子に座りながら、名前で呼んでもらえたことが嬉しくて思わず口元を緩めた。
「そういえばみんなはどこ言ったんだろう……二階にいるのかな」
 
モーメルは台所へ行くと、紅茶をついでテーブルへと運んだ。
 
「まだ寝てるよ」
「二階で?」
「あぁ。もう少し寝かせてやんな」
 
アールは柱の掛け時計を見た。時刻は7時少し前。ルイもまだ寝ているのだろうか。疲れてたのかな。
作業を再開したモーメルを見ながら、紅茶を啜った。
 
「実験かなにかですか?」
「いいや、万能薬を作っているのさ」
「万能薬……。疲れも取れます?」
「いや、万能薬は毒や麻痺を消す薬さ。体に異常を感じたら服用するといい。値段が張るけどね」
「やっぱり高いんだ……」
「少しだけならわけてあげるよ。旅に出る前にもう一度来るといい」
「ありがとうございます」
 
アールは紅茶を飲んだ。昨日とはまた違う味。紅茶には詳しくないが、熱い紅茶の香りが心を落ち着かせる。昨日はあれほど充満していたタバコの匂いが今日はまだしていないことに気づいた。
 
「本当は沢山あげたいところだが、こっちもこれで生活しているからねぇ。タダで沢山渡すわけにはいかないんだよ」
「はい。少しでも助かります」
 そう言ってまた紅茶を啜ると、ライズに目を向けた。
「仲間にしたいのかい?」
 と、モーメルが察して言った。
「え……」
 
アールはモーメルと目を合わせ、気まずそうにライズへ視線を移すと、起きていたライズはアールに目を向けていた。──だが、やっぱり何も言わずに顔を背ける。
アールは紅茶を飲み干すと、またライズに近づいて腰を下ろした。
 
「あの……」
「仲間になるつもりはない」
「ですよね……」
 
交渉する間も与えない早さで断られると、さすがにへこむ。
何も言えずにいると、ライズは立ち上がって外へ出て行ってしまった。そんなライズを呆れ顔でモーメルは見ていた。
 
「まったく、頑固な子だねぇ」
「無理もないと思います。彼が抱えてる傷は深すぎるから……」
 
モーメルは手に持っていた試験管を棚に戻すと、アールに歩み寄った。
 
「人の心配してる場合かい? あんたは人の傷まで背負う必要はないさ。人の痛みにまで向き合っていたら、本当に動けなくなるよ」
「モーメルさん……」
「アール、あんたはちょいと考えすぎるんじゃないかい? 結論を出すためには必要なことだし、自分と向き合うのは大切なこと。でもね、もう少し自由になったらどうだい」
「……自由?」
「殻の中に閉じ込もってちゃいけないよ」
「…………」
 アールは、モーメルから視線を落とした。
 
──自由……。自由になんかなれない。
今でも十分迷惑をかけているのに、自由になったら余計に……。
 
「ほーらまた」
 と、モーメルは軽くアールの頬をペチリと叩いた。「すぐ自分一人で考え込む」
「……いけないことなんでしょうか」
「そうだね。せめて仲間には伝えるべきじゃないかい?」
「でも……」
「ま、無理はしないことだね」
 モーメルはそう言うと、再び万能薬づくりを始めた。「それから……」
「え?」
「ライズのことだけどね、連れ出してやってくれないかい。あの子も殻に閉じ込もってばかりさ。あんたは閉じ込もってても前に進むために思考を巡らせている。でもあの子は……罪を感じて自分を懲らしめ続けているだけさ」
「…………」
「そうやって生き続けて何になるんだい……。可能なら、星を救うついでに、助けてやってほしい」
 
人の傷まで背負う必要はない。そう言ったばかりだというのに、なにを言い出すのやらとモーメルは自分に呆れた。
 
「そんなこと言われてもどうやって……」
「どうせあの子はまた沈静の泉にいるさ。裏庭から崖下へ下りる専用のゲートがある。下りたら道を左へ真っ直ぐ歩いた先に、泉があるよ」
「……なにを話したらいいのか分からない」
 と、アームは困惑して言った。
「あの子はただ、大切な人の死を思い出しては、誰も救えなかったことを悔やむ。毎日それだけさ」
「……?」
 
アールは頭を悩ませた。昨日モーメルから聞いたライズの話を思い返しては、自分と重ね合わせた。このまま放っておけば、ギルトが見てその命を懸けてでも守ろうとした未来の世界が壊れてしまうかもしれない。かといって心に闇を抱いている彼を無理矢理連れて行くことなど出来ない。
 
「私ちょっと……行ってきます」
 思い立ってそう言ったアールは、険しい顔をした。「あ、でも私武器持って来てないや」
「アール……」
 モーメルは声を掛けると、ドアの前に立つアールに自分の首に掛けていたメダルのような銅のペンダントを手渡した。
「これは……?」
「お守りだよ。首に掛けておくといい。武器なら貸してあげるよ」
 
アールは言われたとおり、ペンダントを首に掛けた。そして、モーメルは壁に沢山掛けてあった武器の中からひとつの剣を選ぶと、アールに差し出した。受け取ったアールは、直ぐに外へ飛び出して行った。
 
「アタシは……間違ったことをしてなきゃいいが……」

モーメルは小さくそう呟いた。心に迷いがある。信じきれていない証だ。
 

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