voice of mind - by ルイランノキ


 捨てた想い6…『衝突』

 
「アールさん、元気がありませんでしたね」
 と、ルイはみんなが食べ終えた食器を重ねながら言った。
「あの子はいつもあんな感じかい?」
 と、モーメルは階段を見上げながら訊く。
「いえ、笑うときは笑いますよ。──シェラさんという女性と短い間ですが共に過ごしたことがありました。そのときは本当に嬉しそうで。今でもカイさんと話しているときは楽しそうに笑うこともありますよ」
「楽しそうにかい……」
 と、モーメルは呟いた。
「えぇ。今日は特にお疲れのようでしたが……アールさんの笑顔を見たときは、少しは旅に余裕が出てきたのではないかとホッとしています」
 と、ルイは笑顔で言うと、重ねた食器を台所へ運んだ。
 
モーメルはおもちゃを入れた木箱の中からカメラを取り出した。そして、再び戻ってきたルイにカメラのレンズを向けた。
 
「ほれ、写真を撮るから笑いなさい」
 モーメルがそう言うと、ルイは戸惑ったものの言われるがまま微笑んだ。
「……ルイ、なにかいいことでもあったのかい?」
「え? いえ……笑ってと言われたので」
「面白くもないのに笑ったんだろう?」
 と、モーメルはカメラを下ろした。
 
ルイは胸を衝かれ、押し黙ってしまった。
シドとカイはまだテーブルの椅子に腰掛けていた。カイはテーブルの上にばらまいたブロックを重ねながら、シドは爪楊枝をくわえながら、二人の会話に耳を傾けていた。
 
「笑うことが増えたということが、必ずしも良いことではないさ。これからあの子がよく笑うようになったとしても、心から笑っていないのなら、それはただの“癖”だよ。笑う癖が定着しているだけだろう。人は面白くなくても笑えるんだよ。あんたなら笑えるのかい? 心から。彼女と同じ境遇に立ってみな」
「…………」
 ルイは、悔しい思いに顔を歪めた。
「辛いのは分かるだろ。でもその辛さは実際に同じ境遇に立ったわけじゃなから全てはわかりっこない。それに、あんたたちだって、心から笑えてはいないだろう? あんたたちだって、あの子と共に世界の未来を託されているんだから」
 
ルイは、何も言えなかった。ただアールの笑顔を思い出して、胸がズキリと痛んだ。
 
「あの子はあまり辛さを口に出さないんじゃないのかい? そういう子は厄介だよ。笑顔の仮面を被って素顔を隠してる。大声で辛いと叫ぶ人間より、心の中に閉じ込めている奴のほうが壊れやすいさ」
「……はい」
 
ルイは小さく返事をして、うなだれた。──気づけなかった。あんなにそばにいたのに……。
 
「アタシは、よくここまで来れたもんだと感心しているよ」
 シェラと同じことを言ったモーメルに、またルイの胸の奥が疼いた。
「積み重なるばかりの荷物を下ろす場所もない。預ける場所もない。荷物を整理する暇もない。そしてまたひとつ、新しい荷物が覆いかぶさる。そうなれば痛んでいた足は麻痺してくる。無理をしたとき、折れるだろうね」
 
ルイは重い口を開いた。
 
「どうすれば彼女の荷物を減らせるのでしょうか……。手を貸すにも、どの荷物から取り除けばいいのか……。そもそも取り除けるのか……」
「取り除くだけが全てじゃないだろう。ギルトは言っていたよ。選ばれし者の命を守るだけなら、力ある者になら誰でも出来る……とさ」
 
ルイもシドもカイも、モーメルの言葉に口を閉ざして思考を巡らせていた。
モーメルはテーブルに置かれた残りの食器を台所へと運ぶ。部屋の隅には、ライズが横になったままだ。彼も、心を揺るがす蟠りを感じていた。そして静かに目を閉じた。
 
「アールは俺たちのこと恨んでいるのかなぁ……」
 と、机のブロックを退かすように顔を伏せながら言ったカイ。
「別にさぁ、俺たちがアールをこの世界に呼んだわけじゃないけどぉ、もしアールになにかあったら……その度に俺たち恨まれちゃうのかなーって……」
「……わかりません」
 と、ずっと立ち尽くしていたルイは、静かに椅子に座った。
「そういえばさぁ、アールになにかあっても、アールの家族に知らせる方法はないんだよねぇ? もしさぁ、アールの両親がこのこと知ったら……」
「やめろ」
 と、シドがカイの話を遮った。「もしもとか何かあったらとかうるせぇよ」
「だってぇ……」
「あいつのことなんか考えるだけ無駄だ」
「シドさん!」
 と、ルイは声を荒げた。「どうしてそういうことが言えるのですか!」
「なら本気で訊くが、あいつの面倒を今後も見るつもりか?」
「どういう意味ですか?!」
「冷静に考えてみろ。旅を再開して何日が経った? 今のあいつの現状、俺らの立場、使命……あの調子だとこの先全滅もありえる」
「でも彼女の面倒を見るのは僕たちの──」
「あいつは本当に世界を救えんのか?」
「シドはまだそんなこと言ってんのぉ? アールに力があることはモーメルばあちゃんだって認めてるじゃないかぁ!」
 と、カイはシドの言葉に不機嫌さを表した。
「確かにあいつは少しずつ力を身につけてはいるし、まだ秘められた力があるのかもしれない。けどいくら力があろうが、その力を使う人間がアレじゃ意味ねぇだろ……。あいつを守ることで本当に世界を救えるならいいが、そうじゃなけりゃ俺らはどーなる。俺らは世界を救うために命をかけてんのに、世界を救えもしねぇ女に命を捧げることになんだぞ……」
 険しい顔をしたシドは拳を握りしめた。
「考えてみろよ。俺たちは、今なんのために生きてんだよ。世界を救うためじゃねぇのかよ。世界を救えるかわからねぇ女の面倒を見るためじゃねぇだろ!」
「シドさん……、ですから僕たちが彼女を支えないで誰が守るんですか」
「世界を救わなきゃならねぇ人間がなんでこんなに手間かかんだよ。どう信じろっつんだよ!」
「可能性があるなら、その可能性を信じてみませんか?」
 ルイは悲しい顔でそう言った。
「だからアールは不安定なんだってばぁ……」
 と、カイが呟くように言うと、話を続けた。
「アールが頼れるのは俺たちだけでしょー? 昨日もルイに言ったけどさ……その頼り所の俺たちが不安定だから、アールは余計に不安定になるんだよ。支えてあげなきゃいけない俺たちがしっかりしないといけないのにさ……」
「そうですよね……」
「俺はアールを信じてるよ。信じるしかないからじゃなくて、アールならきっとって思うんだ。上手く言えないけどぉ……」
「もしなんの役にも立たない女だったら馬鹿を見るんだぞ……」
 と、シドは唸るように言った。
「シドさん……。可能性があるのに、その可能性に賭けないほうがどうかしています」
「可能性に賭ける? まさに博打だな」
「…………」
 
ルイは、黙って視線を落とした。──シドの言い分もわからなくはないのだ。
 
「俺はお前にも苛立ってんだよ」
 と、シドはルイを睨みつけた。「本心を隠して綺麗ごとばっか並べやがってよ」
「なんですかそれ……」
 ルイも鋭い目でシドを見遣った。
「お前もあの女に対して半信半疑なんだろ。けど自分らだけじゃなにも出来ねぇ。だから仕方なく信じてるんだよな? お前だってほんとは面倒くせぇとか思ってんだろ。懲りもせず優しく手ぇ差し延べてやってんのに振り払われてばっかで、うんざりしてんだろ? お前はただ、いい人でいたいだけだろ? 嫌われるのが怖いんだよなぁ?」
「いい加減にしてくださいッ!」
 と、ルイは両手でテーブルを強く叩きながら立ち上がった。音を立てて勢いよく椅子が後ろへと倒れた。
「なにムキになってんだよ」
 と、シドは嘲笑う。「図星だから悔しいのか?」
「違う! 僕は彼女が沢山の痛みや苦しみを抱えて、それでもこの世界のために旅を続けてくれているから! 彼女ならきっと──」
「同情かよ……聞いて呆きれるねぇ」
「──ッ」
 ルイはカッとなり、座っているシドに駆け寄ると、胸倉を掴んだ。
「ルイー落ち着いてよぉ……」
 と、カイがおどおどしながら立ち上がる。
「そうだよ落ち着けよ、真面目くん」
 シドはそう言ってルイを睨み上げながら笑った。
 
「──呆れたもんだな」
 そう言ったのはライズだった。
「あ"ぁ?」
 と、シドはライズを睨みつけた。
「世界を救う? お前たちにそのような大それたことが出来るとは到底思えんな」
 
ルイは、必死に怒りを抑え、シドの胸倉を掴んでいた手を離した。
 
「テメェには関係ねぇだろ……仲間になる気がねぇならな」
「ふん……そうだな。今のお前たちを見ていると、余計に願い下げだ」
 シドは頭に血が上り、席を立つと椅子を思い切り蹴飛ばした。
「こっちから願い下げだッ! 誰一人救えなかった奴が世界のために何か出来るとは思えねぇからなぁ?」
「シドさんッ?!」
 と、ルイはシドの腕を掴んだが、シドはルイを突き飛ばして外へと出て行った。
 
力いっぱい閉めたドアの音に、カイは思わず体を強張らせた。最悪な空気だと、誰もが思っていた。
 
「物は壊さないでおくれよ?」
 と、台所から戻ってきたモーメルは、シドが蹴り飛ばした椅子をテーブルの下へ戻しながら言った。
「すみません……」
「まぁいいさ。たまには本音でぶつかるのも必要だからね。ただ、大事なのはその後だよ」
「はい……」
 

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©Kamikawa
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