voice of mind - by ルイランノキ


 捨てた想い5…『新たな仲間』

 
「……何か分かりました?」
 アールは、タバコを吸いながらモニターの前でデータを調べているモーメルに声を掛けた。
 
モニターにはぎっしりと数字が並び、アールにはただでたらめに数字や文字が並んでいるようにしか見えなかった。
あれからまだライズは戻って来ていない。ルイ達は椅子に腰掛けたまま、それぞれの思いに耽っている。
 
「やっぱりあんたの力がなにかしらの影響を及ぼしているとしか思えないね。散々調べても、これといった原因は他に見当たらない。あんたが自分自身の力をコントロール出来るようになれば、問題ないさ」
「でも力とか……よくわからなくて」
「そうだろうね。あんたの力はまだ未知数だ。持て余しているようにも思える。ゼンダに力を呼び起こしてもらったようだが、気持ち程度だ。一気に力を呼び起こしてしまうと、自分の力に精神や身体が堪えられなくなる。少しずつ呼び起こしてコントロール出来るようになればいいさ」
「そんな時間はあるのでしょうか……」
 と、ルイが静かに席を立ち、二人に歩み寄った。
「時間のことなら……」
 モーメルは物がぎっしりと置かれた棚からノートパソコンを取り出すと、テーブルに置いて電源を入れた。
「これは?」
「“時間”を知ることができる。他にもアーム玉がある場所を調べることも出来る。名前はデータッタさ。可愛いだろう? シュバルツのエネルギーはここにゲージとして現れる。このゲージがいっぱいになったとき、シュバルツは眠りから目覚める」
 モーメルは説明をしながらノートパソコンを操作した。
 
シュバルツのゲージは常に右上に表示され、画面いっぱいには地図が映し出された。ルイはゲージを見つめ、眉間に皺を寄せた。
 
「今も……少しずつ上がっているようですね。ゲージではわかりづらいですが、数字が上がってる」
「時々、凄い勢いで上がることがある。誰かが力を与えているとしか思えないね」
「誰かが?」
「ここ数年で急激にシュバルツの力が強まっているだろう? シュバルツを封印させたアリアンの力が尽きてきたんだろうが、それだけじゃない。悪い噂を耳にしたんだよ。シュバルツの復活を望んでいる者が、アーム玉や自らの力を捧げているとね」
「復活を望む者……?」
「奴らがなにを企んでいるのか、なにかの組織なのか個人がやっていることなのか、詳しくは知らないさ。サメにくっついて泳ぐ小魚みたいなもんじゃないかとは思うんだがね。自称神とはいえ、アリアンがこの星を救う為に天界から舞い降りた本当の女神だったとするならば、その神と対等に戦う力を持っていたことは確かさ。刃向かえば殺される。ならば忠誠を誓おうという考えじゃないかい? アタシには理解できないけどね」
「目覚めるまでの時間は……あるの?」
 と、アールが不安げに尋ねた。
 ルイは険しい顔をした。
「えぇ、今の所はアールさんが力を備える時間はあるようです」
 
モーメルは首にぶら下げていた携帯灰皿にタバコの灰を落とした。
 
「さすがにノートパソコンを持たせるわけにはいかないから、もっと画期的なものがある」
 モーメルは棚から取り出したものをルイに渡した。携帯電話よりも一回り大きい液晶画面にベルトが付けられている。
「これは?」
「データッタを小型化したものさ。腕にはめて使いな。詰め込める情報量が少ないからよけいな機能はつけていないが、少しは役に立つんじゃないかい。ま、また必要な情報があったら新たに作ってみるさ」
「ありがとうございます。おいくらですか……?」
「試作品だからタダであげるよ。歩行地図のこともあるしね」
「歩行地図?」
 と、アールが首を傾げた。
「俺が説明しよう!」
 と、カイは自分の出番を待っていたかのようにアールに駆け寄った。
 
──歩行地図。ルイが地に足をつけて歩くことによって歩いた道が『歩行紙』に浮かび上がり、出来上がっていく魔法の地図。
ルイは旅人を惑わす罠が仕掛けられていないか注意をはらいながら、地図を少しずつ作り上げていた。地図が出来上がった場所には、特別な資格を得た魔術師にのみ使えるゲート、を開くことが出来る。ゲートを開けるようになることで、薬や防具などに使用する材料の調達がしやすくなるのだ。また、その地図に書き込めるのはルイだけである。
 
それを聞いたアールは、今後も歩いて旅をするしかないんだなと思った。エディが乗っていたタクシーに乗って旅をするという甘い期待は粉々に打ち砕かれたのである。
でもこれから先、なにがあるかはわからない。歩行地図などほっぽりだして移動手段が変わることもなくはない。
 
カイは説明しながら、徐々にけだるそうに話しはじめた。
 
「歩くの面倒だけどぉ、VRCで鍛えるより実際にモンスターと戦ったほうがいろいろ覚えるし体力もつくしぃ、シドの戦闘を見て学んだり、宝箱とか見つけやすいし、旅人と出会って情報交換とかも出来るしぃ、まぁあれこれする時間はあるってこと。てゆうかー、このまま直行したってねぇ、丸腰で戦うようなもんなんだよ? わかる? だいたいアールの力だってまだ未知だし。シュバルツについてももっと調べておいたほうがいいわけだし。限られた時間のご利用は計画的にってことだよーわかったぁ?」
「……カイありがとう教えてくれて」
 
カイの説明はなんだかちょっと愚痴っぽく聞こえたアールだった。
 
━━━━━━━━━━━
 
夕方になり、ルイが台所で調理をはじめた。シドは椅子を並べて横になっている。カイはというと、モーメルが用意していたおもちゃの中からブロックを取り出して飽きることなく遊んでいる。
 
「手伝おうか?」
 と、アールは少し疲れた顔で、ルイに言った。
「大丈夫ですよ、ゆっくりしていてください」
「うん……」
 沢山の話を聞き過ぎて、精神的に疲れていた。聞いた話を頭の中で整理するのも一苦労だった。
「私ちょっと、外の空気吸ってくるね」
「気をつけてくださいね、外はすぐ崖ですから」
「うん……」
 
外に出ると、すっかり薄暗くなっていた。雨が降りそうな空だ。それでも、外の空気は美味しく感じられた。室内ではタバコの煙りが充満していたからだろう。 
少し肌寒い。アールは家に寄り掛かるようにして地面に腰を下ろした。そして考えるのはライズのことだった。
ライズは仲間になってくれるだろうか。命を落とすかもしれない旅に誘うのは気が引ける。それに……。
 
「直に雨が降る……」
 と、ライズが家の裏から姿を現した。
「ライズ……どこに行ってたの?」
 ライズは黙って、空を見上げた。
「モーメルさん心配してたよ。今ルイが夕飯作ってる」
「……関係ない」
 そう言ってライズはアールから距離をとって腰を下ろした。
 
ライズは騒がしい場所を好まず、シドやカイがいる家の中には入りたがろうとしなかった。
アールは曇った空を見上げながら、不快感を抱いた。降るなら早く降ればいいのに……と。
 
「形見……取り戻したいの?」
 アールは空を見上げたまま訊いた。一瞬ライズの視線を感じたが、アールは目を合わさなかった。
「……なんの話しだ」
「モーメルさんから聞いたの」
「彼女の戯言に付き合う必要はない」
 アールは視線を落とした。
「戯言? そうは思えない」
「なんだろうと、お前には関係のないことだ」
「それが……そうでもないんだ」
「…………」
「多分誰かが言わなきゃいけないことだろうから、私が言うけど──」
「仲間になるつもりはない」
「え……?」
 アールはライズに目を向けた。
「ギルトは拙者の元へ来た」
「え……まって確か……私が聞いた話では、あなたは見つからなかったってギルトさんが……」
「だろうな……」
「どういうこと?」
 
冷たい風が、頬を冷やした。下の方から森のざわめく音がする。
 
「奴は拙者の正体を知っていたが、拙者はヴァイスではないと言い張った。……ライズだと」
「そう……それでか……」
 アールは右手で左腕を摩った。「このまま“ライズ”でいるつもりなの?」
「…………」
「事情は聞いたけど……私も簡単に諦めるわけにはいかない。世界を救うのに、きっと貴方の力も必要なんです……ヴァイスさん」
「その名で呼ぶな」
 と、ライズは立ち上がった。「これ以上深入りするな……不快だ」
 
ライズは器用に前脚でドアを開け、アールを避けるように室内へと入って行った。
 
「……わかってる」
 
アールは焦っている自分に気づき、ため息をついた。
じりじりと歩み寄ってくる恐怖感に侵される。もしこの世界ではなく、自分が普通に生活をしていた世界に危機が訪れたとしたら、無力な自分はきっとその日が来るのを怯えながら待つだろう。家族や大切な人達と一緒に。世界を救える誰かがいるのだとしたら、その人に縋るだろう。誰もいないなら、神頼みしかない。
でも、こっちの世界での私は、なすすべなく怯えながらその日がくるのを待つだけの人間じゃない。それに一緒に最期を迎える家族もここにはいない。助かりたいなら願うのではなく、立ち上がらなくてはいけない。でも一人では無理だ。だから仲間が必要になる。
ルイ、カイ、シド……そして──
 
「アールさん、夕飯出来ましたよ」
 と、ルイがドアを開けて顔を出した。
 
アールは浮かない顔で、無理に笑顔を作った。ポツリポツリと雨が落ちてきた。その様子を見ながら、アールはまた家の中へと戻って行った。
 
寝ていたシドは起き、カイも席に着いていた。モーメルも空いている席に腰掛け、ルイは具だくさんのシチューを配っている。ライズは、また部屋の隅で臥せていた。
 
アールは思い詰めた表情で仲間を一人一人見遣った。──みんな生きている。平和な世界を変えた男が長い眠りから目覚めようとしている危機的世界で。明日死ぬかもしれない旅を続けながら。
 
「アールさん?」
 ルイがアールの様子に気づいて声を掛けた。
「……あ、美味しそうだね。お腹空いちゃった」
 
本当は、食欲なんてなかった。不安や悩みが胃を刺激して、胃液を吐きだしそうだった。
 

──その日食べた夕飯の味は覚えていない。
ただ“食べること”に夢中になっていた。口に入れては噛んで飲み込む……その繰り返しだった。

 
「ごちそうさま。私もう寝たいんだけどいいかな」
 と、アールはぼんやりしながら言った。
「二階に部屋があるから、好きな部屋で休みな」
 と、モーメルは言った。
「ありがとうございます。……おやすみなさい」
 そう言ってアールは階段を上がって行った。
 

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