voice of mind - by ルイランノキ


 捨てた想い4…『ヴァイスの過去』

 
「前に聞いてた話と違う……」
 と、アールは呟いた。
「すみません……真実を話すのは、まだ早い気がしたので……」
 ルイは苦しい表情でそう言い、話を続けた。
「ルヴィエールでアールさんに僕らが選ばれた理由を話しましたが、あれは元々選ばれし者に関して、国家機密で僕らにもはじめは知らされていませんでした。僕らを呼び集める口実として使われた話です……」
「ギルトさんは……今はどうしてるの?」
 
 ハッキリと聞かなくても分かっている。
 だけど、この際ハッキリと聞いておきたいと思った。
 
「処刑、されてしまいました」
 ルイは自分の手元を見下ろしたまま、ハッキリとそう答えた。
 
ルイはギルトのことを思い出していた。沢山の言葉を交わしたわけではないが、ギルトの目の奥に見えた揺るぎない希望と優しさは、忘れられない。
 
「黒魔術師というのは、その異名を持っているだけで処刑の対象とされてしまいます。黒魔導師、黒魔術師はこの世界を支配しようとしていた男が持つ力と同じ波動を持っています。彼らは、『アマダット』という魔族の血を受け継ぐ一族で、格別に強い魔力を持って生まれ、本来大きな代償を負ったり悪影響を及ぼしてしまう危険な黒魔法や黒魔術を少ない代償で使うことが出来るのです。例えば、位の高い悪魔との契約を交わす際に、自分の命を奪われるかもしれない危険な契約でさえ、彼らは足や腕、視力などと引き換えに交わすことができるのです。宿している力の強さによってはなんの代償もなく契約が成立することもある……。悪魔にとって人間は弱い生き物でしかありませんが、強い魔力を持つ人間はもはや人間ではなく“魔族”と同類であると見なし、中には忠誠を誓う悪魔もいるほどです。決して悪魔よりも魔族の方が位が上というわけではありませんが、力がものを言う世界ですから、強いものには必然と従うものです」
 
アールたちは、淡々と説明を続けるルイの話を黙って聞いている。ルイは一息ついてから、再び口を開いた。
 
「世界を支配しようとしていた男……シュバルツもおそらく、アマダットの血を継ぐ者ではないかと言われています。ですから、同じ血を受け継ぐ魔導師や魔術師たちを世界の人々は怯えていました。時代が流れるとともにその風潮も薄れていきましたが、一部ではまだ魔法を使えるというだけで毛嫌いしている人や、再び目覚めようとしているシュバルツの凶悪な力を知り、怯える者たちがいるのです」
「ま、本当にごく一部だけどねぇ」
 と、モーメルが紅茶を一口飲んだ。
「信じてない人がほとんどなんだ」
 と、カイが言った。
「信じてない……?」
 アールが不安げに訊くと、モーメルは呆れたように首を振った。
「シュバルツが現れたのは500年以上も前の話さ。どんな残酷な歴史も、風化していくもんだよ。安全な街の中で平和に暮らしている人間の大半は、真実を架空の出来事として捉えているし、歴史の知識も浅く、関心も薄い」
「…………」
 
アールは自分の世界で、自分が生まれる前に起きた“戦争”を思い返していた。テレビドラマや映画などを観て、当時の悲惨さを学んだ。架空の出来事だとは思っていないけれど、確かに自分も戦争は過去の出来事として見ているだけで、さほど関心はなかったように思う。
 
「まぁ、なんの力もない無力な人間はただ祈り、信じるしかないけどねぇ。怯えて生きるよりは希望を持って生きたほうがいい。信じる者は救われるというし」
「なんかあっても国がどうにかしてくれると思ってんだろ。その程度だよ一般人は」
 と、シドが言った。
 
ルイは紅茶の水面を眺めながら、ギルトの話に戻した。
 
「とにかく、あの惨劇が再び起きないためにも、同じ血を受け継ぐ黒魔導師や黒魔術師を取り締まる厳しい法律が出来ました。ですからアマダットの血を受け継ぐ者は自分の正体を自ら明かすことはありません。──ですが、ギルトさんは自ら名乗り出ました。自分の命を終わらせてまで使いたい黒魔法があったからです。それも国の許可の下で」
 
ルイはそこで話を止め、小さくため息をついた。
 
「その黒魔法って……」
 
アールの問いにルイは答えようとはしなかった。いつも肝心なところで口をつぐむ。黙っていたシドが見兼ねて答えた。
 
「別世界への扉を開けて、この世界に選ばれし者を召喚することだ」
「私を……」
 
アールはショックを受けていた。ギルトという男は自分を召喚するために命を落としたと聞かされたのだ。またひとつ、計り知れない重みがのしかかる。
 
「さて……」
 と、モーメルが口を開く。「ライズのことだが、手っ取り早く言えば、ライズの本名はそのヴァイス・シーグフリートさ」
「えぇっ?!」
 ルイたちは声を揃えて目を丸くした。
「驚いたかね?」
「彼が……ですか?」
「あぁ。それを知った上で、彼の話を聞くかい?」
 
一同は言葉にしなくても気持ちは同じだった。黙って頷く。
モーメルは、深いため息をつき、淡々と話しはじめた。
 
──彼の名はヴァイス・シーグフリート。
かつて《ムゲット》という小さな村で暮らしていた。彼の父親はディノ・シーグフリート。名の知れた腕利きのガンマンだった。魔力が備わった銃を扱い、世界中を飛び回っては獲物を射止めて収入を得て、家族を支えていた。時には危険な依頼もあったが、ディノは苦ともしなかった。さぞやヴァイスは父親を慕っていたことだろう。
そんな彼には病弱な母親と、支えになる婚約者がいた。彼は父親のようにはいかなかったが、それでも父親の血を引いていただけあって、銃の腕前は一流だった。
 
そんなある日、村人から依頼を受けたヴァイスは目的地の山へと向かった。そこに住みついているギドルフという魔物を捕らえてほしいという依頼だった。本当はディノに来た依頼だったが、不在だったためにヴァイスが引き受けたのだ。
だが、悲劇は彼が村を出てから数分後に起きた。彼が命からがらで村へと戻ってくると、ムゲット村は大きな炎に包まれていたのである。
ヴァイスはなにが起きたのか理解するまでに時間がかかった。しばらく、天高く燃え上がる炎を見つめていた。
 
そんな時、村の奥から叫び声がした。ディノがヴァイスを呼ぶ声だった。我に返ったヴァイスは、燃え盛る炎を避けながら村の奥へと走る。
父親の声がするほうへ向かうと、炎に包まれたディノがそこにいた。ディノは皮膚を焼かれながらヴァイスに気づき、言った。
 
「よかった……生きていたのか……」
 ヴァイスはディノに走り寄り、着ていた服を脱いで炎を消そうとしたが、消えてはくれなかった。
「ヴァイス……奴らがまだいる……逃げるんだ」
 
ディノはそう言い残して、膝をついて地面へと倒れこんだ。そして、骨まで焼かれてしまった。ヴァイスの目の前で起きた惨劇だった。
 
気が動転して我を失ったヴァイスは、村中を走り回った。炎が家を焼く音しかしない。人の声などどこからも聞こえない。悲鳴さえもとっくに消え去っり、村の人達は道端で息を引き取っていた。
 
ヴァイスは焼け崩れた自分の家の前で呆然と立ち尽くした。玄関があった場所で、母親と婚約者の焼け焦げた死体があった。婚約者はヴァイスの母を守るように覆いかぶさっていた。
 
どれくらい経ったか、炎は消え、灰となった村で、ヴァイスはまだ呆然と立ち尽くしていた。
夢であってほしいといくら願っても、目に映る光景はその場にとどまり続けて消えてはくれない。
そこへある男が現れた──。
 
「ある男……?」
 と、黙って聞いていたアールが口を開いた。
「正体はわからないが、その男はヴァイスに『この村は綺麗になったな』と楽しそうに言ったそうだよ。ヴァイスをあの姿に変えたのもその男さ……」
「魔導師だったのですか?」
 と、ルイが険しい顔をして訊いた。
「そのようだね。邪悪な力でヴァイスに呪いをかけた」
「呪い……」
「獣の姿へと変えられ、目を腐らせた。人の言葉も失い、彼には人間であった時の記憶だけが残された」
「どうしてそのような事を……」
「さぁね、その男にしかわからないさ」
「父親の形見というのは?」
「魔銃だよ。家族を支えてきたもの。焼け焦げた父親の手に握られていた。不思議と銃には傷一つなく、綺麗なままだったのさ」
「それを捨てたのっ?!」
 アールは感情的になって言った。そんな大切なものを捨てるなんて理解が出来ない。
「銃を持っていても、今の姿じゃ使えない。それにあの姿じゃ防御する魔法くらいしか使えない。……恨みを晴らしたくても出来ないんだよ」
「だからって捨てるなんて……」
「逃げたかったんだろう。彼は誰一人として救えなかった自分を責め続けた。声にならない声で泣き続けたんだ。あの姿になってから、人として生きることが出来なくなった。出会う人間には武器を向けられ命を狙われる。当時の彼は言葉を失っていたから、逃げることしか出来なかった。どんなに辛くて苦しくても、人を襲うことはしなかったそうだよ」
 モーメルはため息をつき、話を続けた。
「人としてはもう生きられない。なら……心も獣になろうと思ったんだろう。人間だった頃の念いを捨てたんだ。持っていても意味がないと思ったんだろう……」
 
アールたちは、なにも言えずに黙り込んだ。思いと一緒に形見を捨てた? ならどうして形見を捨てた沈静の泉にまた足を運ぶのだろう。
 
心に出来た深い傷は、塞がれないまま放置されている。見ないふりをし続けても、傷は悪化してくばかり。黴菌が入り込んで傷は酷くなるばかりだ。
 
「言葉を喋れるようにしてやったんだ」
 と、モーメルは胸元からタバコを取り出して火をつけた。「だが、彼から出てくる言葉はアタシに対する恨みばかりだったよ……。言葉なんかいらないってさ」
「どうして……」
「彼を人間の姿に戻す魔法も見つけたんだが、彼は戻ることを拒んだ」
「えっなんでぇ?」
 と、カイが訊く。「人間の姿に戻れたら銃も使えるし……その男をやっつけることだって……」
「その後はどうするんだい」
「そのあとぉ?」
「恨みを晴らせても、その後はどうするんだい。彼は恨みを晴らしたところで罪滅ぼしにはならないと思っているし、自分だけ生き残って平然と暮らすことなんて出来やしないんだとさ。それなら獣の姿のまま、苦しみの中で生きたいんだと。──まったく、矛盾しているよ。どうしようもないんだ。彼には出口が見つからないんだよ。いや、出口を見つけようとも思っていないのかもしれないね」
 
アールは紅茶を啜った。──新しい仲間。彼が仲間に入るとは到底思えなかった。
 
ルイは、ギルトの言葉を思い出していた。
 
 もし旅の途中でヴァイス・シーグフリートという男を見つけたのなら、仲間にすることだ。難しいかもしれないがな……
  
難しい……? なぜ彼はわかっていたのだろう。
未来を見ることが出来ると言っても、こんなことまで見えていたのだろうか……。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -