voice of mind - by ルイランノキ


 ログ街30…『旅人』

 
また大きな欠伸をしたアールは、目をこすりながら「おやすみ」と彼等に言って個室の布団に入った。
まだ胸に痛みを感じたが、眠気の方が強く、直ぐに夢の世界へと入って行った。
机の上の窓は閉め忘れたまま。入り込む風がカーテンを揺らした。
 
  * * * * *
 
「ただいま。お母さんいないの?」
 家の玄関を開け、靴を脱ぎながらアールはそう言った。
「お母さん? ──出掛けたのかな」
 
帰ってきたら何を話そうか。
そう考えながら、自分の部屋がある2階へ上がると、チイがいた。
 
「あ、ただいまチイ。久しぶりだね」
 
チイはアールを見ると毛を逆立て、「フーッ」と警戒した。
 
「……なによ、私だよ? わからないの?」
 
玄関のドアが開く音がした。そして、会話が聞こえてくる。
 
「疲れたぁ。実家に帰るの久々」
「あんた家事とかちゃんとやってるの?」
「お母さんよりは、やってるよ。ねぇ、お父さん今度私の手料理食べてみる? お母さんのよりは美味しいよ!」
「ハハハハッ、そりゃ楽しみだな」
 
お姉ちゃんだ。お母さんとお父さんも一緒だ!
アールは階段を駆け下り、玄関まで行くと家族を出迎えた。
 
「おかえり!」
 
姉も、母親も父親も、アールを見て目を丸くしている。
 
「久しぶりお姉ちゃん。お母さん。お父さん!」
 
 
「どちらさまですか……?」
 
 
──夢の中で、私を見る家族の目は冷たかった。まるで不審者でも見るような眼差しだった。
そして夢の中の私は違和感を抱くことなく、ハッキリ言った。

 
「“アール”だよ! わからないの?!」
 
  * * * * *
 
「アールさん、起きてください。アールぅ、起・き・て! おいテメェ、起きろぉ!」
「ん……え?」
 眉をひそめてアールは目を覚ました。
「どう? 似てたぁ? 1人3役バージョンの起こし方!」
 と、アールを上から覗きこみながら言うのはカイだ。鍵を掛け忘れていた為、勝手に入ってきたらしい。
「なに……ものまね……?」
「アールさん、起きてください」
 と、カイは微笑みながら言った。ルイの真似だ。
「あぁ……それがルイね。顔真似もしてたんだ……素敵な微笑みだね」
「アールぅ、起・き・て! これ俺ね」
「うん」
 アールはけだるい体を起こした。
「そして……おいテメェ、起きろぉ!」
 と、眉をひそめてまるでヤクザのような表情で言うのはシドの真似だ。アールを睨みつけている。
「やり過ぎ。そこまで怖くないよ」
 と、アールは睨み続けているカイのおでこをペチリと叩いた。
「イテテ……でも似てたでしょー?」
「んー、今何時かな」
「もう7時ですよ、アールさん」
「もうルイの真似はいいから……その微笑みもやめて」
「微笑み? なんのことでしょうアールさん」
「やーめーてったら!」
 と、アールは苦笑いで怒った。
「窓開けっ放しだったよー?」
「うそ……忘れてた」
「閉めといた」
「うん、ありがと」
 
そう言いながらアールは欠伸をした。起き上がって布団を畳む。カイはじっとそんなアールを、あぐらをかいて眺めている。
 
「なぁに? 着替えるから向こう行ってて」
「手伝おっかー!」
「いいから向こう行ってて」
 と、アールはドアを指さして言った。
「手伝いましょうか? アールさん……」
「ものまねはもういいってば!」
 さすがのアールも苛立って強めに言い放つと、カイは逃げるように部屋を出た。
 
「カイさん? アールさんに何をしたのです?」
 と、隣の部屋でストレッチをしていたルイがアールの声を聞いて言った。
「ものまね……」
 カイはしょんぼりしながらそう言うと、ルイの横に座って寝そべった。
「ものまね? ストレッチしないなら退いてもらえますか?」
「なんだよぉ! ルイまで俺を邪魔者扱いしてーっ! 珍しく早く起きたらこうだ! 嫌になるよもう!」
 カイはふて腐れて部屋の隅で膝を抱えた。「これなら邪魔にならないでしょーっ?」
「カイさん、別に邪魔者扱いなど……」
「シドはどこ行ったのー?」
「今朝早くに仕事を探しに行きましたよ」
「俺も探そうかなぁ」
「珍しいですね」
「俺だってやるときはやるさぁ! そうだなぁ……子供の遊び相手募集とかないかな」
「ないと思います。」
 
着替えを終えたアールが隣の部屋から出てきた。
 
「おはよ」
「おはようございます。コーヒー飲みますか?」
 そう笑顔で言ったルイを見て、カイのものまねは少しだけ似ているかもしれないとアールは思った。
「うん」
 
アールは窓際に立ち、外を眺めた。路上にビール瓶やガラスが散らばっている。その付近で子供達が遊んでいた。
そういえば夕べ、なにか騒ぎがあったな……。割れたガラスを放置するなんて危ない。
左方面から武器を身につけた男達がホテルに向かって歩いてくるのが見える。6人程度だが、街の人々は揃って彼等に目を向ける。
 
「お待たせしました」
 と、ルイがアールにホットコーヒーを手渡した。「熱いので気をつけてくださいね」
「ありがと。──ねぇ、あの人たちも外から来たのかな」
 ルイが一緒に窓から見下ろし、確認をした。
「そのようですね」
 
彼等の1人が顔を上げ、アールと目を合わせた。アールは気まずく感じて窓から離れると、テーブルの席に座った。
 
「ルイ、今日モーメルさんのところへ行くんだよね?」
「えぇ。お昼頃にでも行きましょう」
 
そう言ってルイは、食材専用のシキンチャク袋から菓子パンと、パックに入ったサラダを取り出し、テーブルに置いた。
 
「先程買い物へ行ってきました」
「食べていいの?」
「えぇ。僕達は先に頂きました」
「そっか。じゃあいただきまーす」
 アールは手を合わせてそう言うと、菓子パンを頬張った。
 
ルイはシキンチャク袋から洗濯物を取り出し始めた。
 
「カイさん、洗濯物出してください」
「ほーい」
 カイは自分のシキンチャク袋をそのままルイに渡す。
「自分で出してください」
「ちぇーっ」
 カイは面倒臭さそうに汚れた洗濯物を取り出した。
「アールさんも食事が終わったら洗濯物を。一緒に洗濯所へ持って行きましょう」
「ルイが持って行ってあげればいいのにぃ。俺達のと一緒にぃ」
 と、カイは部屋の隅に寄せてあったパズルを手に取って続きをし始めた。
「アールさんは女性ですから」
「だからぁ?」
「だから……その……」
「あぁ! おパンツやらブラジャーかぁ」
 と、カイは笑いながら言った。「あ、でもアールブラジャーしてんの?」
「どーゆー意味よ」
 アールはカイを睨んで言うと、コーヒーでパンを飲み込んだ。
「ごめん、ごめん。冗談、冗談」
 
袋に入っている残りのパズルの色分けをしながら笑うカイは、お子様ランチを嬉しそうに食べそうだ、とアールは思った。
食事を終えると、洗顔セットも持ってルイと1階へ下りた。洗濯所に行くと古い洗濯機が煩い音を立てながら回っている。
 
「鍵タイプの洗濯機ですね」
「鍵?」
「お金を入れて鍵を回して閉めるのです」
 
コインランドリー式だ。洗濯物を入れ、鍵を閉める。ルイに言われた通りにボタンを押すと、ガタガタと揺れながら洗濯機が回りはじめた。
 
「アールさん、朝早くにVRCへ届出を出して来ました。連絡があり次第、またお伝えしますね」
「うん、ありがとう。じゃあ私歯を磨いてくるね」
 そう言ってアールは洗濯所を出た。
 
VRC。アールは少し不安だった。でも、本物の魔物と戦うわけではないし、怪我をすることはあっても死ぬことはないから、経験を積むにはいいのだろう。
 
風呂場へ続く途中の廊下に手洗い場がある。学校の手洗い場を思い出す。アールは、歯を磨きながら考えていた。──ログ街を出る頃には、少しは力が身についているだろうか。
歯磨きを終えて洗顔をしていると、騒がしい男達の声が近づいて来た。
 
「なんか思ってたよりつまらねぇ街だな」
「ハハッ、確かにな。もっとイカレた街だと思ってたが……お? 女発見」
 と、アールの背後で声がした。
 
アールは顔を洗い流して振り返ると、窓から外を眺めた時に見た、外から来た男達だった。
 
「おはようさん」
 と、男はアールに声を掛けた。
「……おはようございます」
 6人いたはずだが、そこにいたのは2人だけだった。片方は身長が190はあり、大柄の男だ。
「君、この街の住人?」
 と、痩せている男が訊いた。
「いえ……昨日この街に……」
「へぇ、女の子がログ街なんかに何の用だ?」
「えっと……」
 困っていると、もうひとりの大男が笑いながら言った。
「やめとけ。怯えてんだろ」
「そうかぁ? じゃあな、お嬢さん」
 男2人は、アールに軽く手を振ると風呂場へと入って行った。
 

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©Kamikawa
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