voice of mind - by ルイランノキ


 ログ街29…『黒い訪問者』◆

 
真夜中の2時過ぎ。
ルイ達が眠る隣の個室で、アールはまだ眠れずに起きていた。広げた布団の上に座り、胸に違和感を覚えて触れてみる。また胸が張ってるような気がする。微かに痛みもある。
 
「……病気?」
 
乳癌ではないかと、脇の下辺りに触れてみるが、シコリらしきものはなかった。リアに相談しようかと思ったが、もうこの時間では遅すぎる。仕方なく布団に入ろうとした時、カタッと、机が置かれている壁側の窓から音がした。
アールは直ぐに立ち上がった。カーテンを閉めている窓へ近づくと、耳を澄ませた。──カタカタッと、また音が鳴る。
 
「えっ……なに?」
 
不安から体が強張っていた。カーテンにそっと手を添えて、開けようとしたが思い止まった。行動に出す前にルイに言うべきだろうか。でもルイを起こして確かめてもらって何でもなかったら申し訳ない。ふと、病院の帰りに声を掛けてきた男をまた思い出す。
アールはルイ達が眠っている部屋へ続くドアを開けた。シドが床に寝て、ルイはベッドに寝ていた。
ガタンッと、アールがいた部屋から少し大きめの音がした。アールは足早にルイに近づき、肩を叩いた。
 
「ルイ……ルイ……」
 その声にルイは眠たそうに目を開けると、体を起こした。
「アールさん……?」
「起こしてごめんね……部屋の窓から変な音がして」
 
アールがそう言うと、ルイは隣の部屋に目を向けて耳を澄ませた。音を立てないようにとベッドからゆっくり立ち上がり、壁に立てかけていたロッドを手にした。
アールがいた部屋から確かに物音がする。警戒しながらドアまで近づくと、アールには離れているようにと手で合図をした。ドアの向こう側から、息遣いが聞こえる。ルイはドアノブに手を掛け、勢いよくそのドアを開けた。
 
「何者ですか?! ──ッ?!」 
 ドアを開けると同時に、部屋の中から黒い獣がルイを目掛けて飛び掛かった。その姿は大きな狼のようだ。咄嗟にロッドで跳ね返した。
「なんだっ?!」
 シドが騒ぎで目を覚まし、部屋の電気をつけて状況を把握する。
「魔物です!」
 ルイはシドに伝えると、結界で魔物を閉じ込めようとしたが部屋で暴れ回る魔物を捕らえることが出来ない。それにここは狭すぎる。魔物はアールが使っていた個室内へ逃げ込んだ。
 シドは刀を抜いた。ルイを押し退けて個室へと入ろうとしたが、ルイがそれを許さなかった。
「ここで斬るおつもりですか?! 大問題ですよ!」
「なにがだよ!」
「ここはホテル内です!」
「だからなんだよ! 黙って見てろってのか?!」
 その時、個室で身構えていた魔物が部屋の出入り口に立っていた2人に飛び掛かった。2人は武器を構えようとしたが、互いが邪魔をして魔物に突き飛ばされてしまう。
「イッテェなっ!」
 と、シドが倒れ込んだのは眠っているカイの上だった。
「んぐっ?! いったぁ〜い! なんだよもぉ!!!」
 普段はなかなか起きないカイも、さすがに直ぐに目を覚ました。
 
アールは部屋の隅に身を潜めている。ルイはベッドの横へと倒れ込み、右腕を痛めていた。一応、寝るときの服にも防護力はあるが床へと叩き付けられるときに支え方が悪く、右腕の関節を痛めてしまったのだ。
 
魔物は姿勢を低くし、じりじりとアールの前へと歩み寄る。狼に似た魔物は、黒い毛で目は白く濁っていた。
 

 
シドがすかさず刀を振って斬りつけようとしたが、魔物は緑色の光を放ってシドを跳ね返してしまった。跳ね返されたシドは軽々と飛ばされ、壁に背中を打ち付ける。
 
「う……うわぁあああぁあぁ!」
 魔物の存在に今頃気づいたカイは、大声で叫ぶとベッドから飛び降りて廊下へと逃げて行った。
 
ルイが右腕を庇いながら立ち上がり、ロッドを魔物へ向ける。だが、魔物は濁った白い目でルイを睨み、威嚇するように唸った。そして……
 
「殺すつもりはない」
 と、人間の言葉を発した。
「え……? 喋った!」
 アールは驚きのあまり恐怖心を忘れてルイと顔を見合わせた。「喋れるの……?」
「お前達に伝言を届けに来ただけだ」
「伝言……?」
「“来るなら明日か明後日にしろ。それ以外は無理”とのことだ」
 アールは首を傾げた。
「それから“来るときは煙草を忘れるな”と」
「もしかして……」
 ルイは煙草と聞いて思い当たる人物がいた。「モーメルお婆さんに頼まれて来たのですか?」
「そういうことだ」
「だったらめんどくせぇ現れ方すんじゃねーよ!」
 と、シドが刀を乱暴に仕舞いながら言った。
「ならば一本電話を寄越して部屋をノックしたほうがよかったか?」
「ババァに言っとけ。電話で言や済むことだろ」
「彼女は電話が嫌いだ」
「だからってわざわざ魔物を寄こすのはどうかしてんだろ!」
「まぁ落ち着いてください」
 と、ルイが言った。「モーメルお婆さんの使いで良かったではありませんか。お名前は?」
「……ライズ」
「ライズさんですか、わざわざご苦労様です。先程は失礼を……」
「気にするな」
 そう答えたライズに、アールは近づいてじっと見つめた。
「……なんだ」
「ねぇ、頭撫でてもいい?」
「やめてくれ」
「なんでよ……じゃあ触ってもいい?」
「やめろ。虫ずが走る」
「オス? メス?」
「オスだ」
「ふーん」
「……あまり見るな。虫ずが走る」
 
黙って2人の会話を呆れたように聞いていたシドが床に座りながら言った。
 
「偉そうだなライズ」
「──お前もな」
「魔物のくせに偉そうだ」
「お前は人間のくせに偉そうだな」
「てめッ……お前なんか簡単に殺せんだぞ」
「防御で跳ね返されておきながらよく言えるな」
「部屋ん中だから下手に力使えなかっただけだ!」
「喧嘩はよしてください……」
 と、ルイが仲裁に入った。「ライズさん、お茶でも……えっと何か飲まれますか?」
「魔物が茶を飲むかよ」
 と、シドが鼻で笑いながら言った。
「……水を頂こう」
「わかりました。──あれ? カイさんは?」
「さっき飛び出してったきりだね」
 アールはそう言うと、様子を見に廊下へ向かった。
 
ルイはお皿を取り出して水を入れると、ライズの前へと差し出した。
 
「モーメルお婆さんはお変わりはないですか?」
「あぁ。相変わらずだ」
「ライズさんはいつから彼女の元に?」
 ライズは水を飲んでから、
「半年ほど前だ。死にかけていたところを彼女に救われた」
 と、答えた。
「死にかけていた?」
「あぁ……。まぁ拙者の話はいい」
「拙者?」
 と、思わずシドとルイが声を合わせて聞き返した。
「……なにか問題があるか?」
「拙者は変だろ拙者は!」
 シドは笑いながらそう言った。
「シドさん、失礼です」
 
暫くして、アールがカイを連れて戻ってきた。アールから話を聞いたカイは安心したのか真っ先にライズに歩み寄った。
 
「ライズかぁ! 俺はカイっていうんだ! よろしくなー!」
「凄い変わりようだな……」
「まぁまぁまぁまぁ、俺は警戒心が強いからねぇ」
 と、カイは馴れ馴れしくライズの頭を撫でようとした。しかしライズは瞬時にカイの手を避けた。
「触るな。虫ずが走る」
「えー…ケチぃ」
「そろそろ拙者は失礼する」
「あ、帰りは気をつけてくださいね」
 ルイも立ち上がり、安否を気遣った。
「……腕は平気か?」
「え? あ、はい。大丈夫ですよ」
「……すまなかったな」
「いえ。こちらこそ」
 
ライズは入って来た隣の部屋の窓から、モーメルの元へと帰って行った。
時刻は3時過ぎ。ルイが部屋にある時計に目をやって言った。
 
「モーメルお婆さんには明日会いに行きましょうか」
「俺は行かねーぞ」
 と、シドが床に横になって言った。
「会われないのですか?」
「あのババァ苦手なんだよ」
「ババァと呼ぶのは失礼ですよ」
「ババァだからババァって言ってんだよ。お前こそいちいち“モーメルお婆さん”とか長い呼び方すんなよウゼェな」
 
夜中の3時過ぎだというのに、すっかり目が覚めてしまった彼らは、会話に夢中になってしまった。
 
「それにしてもライズってぇなんで喋れるんだろぉ!」
「モーメルさんが言葉を授けたのでしょうね」
 と、ルイが答えた。
「にしても拙者はねぇよな拙者は!」
 
彼等の会話を聞きながら、アールは大きな欠伸をした。彼女はまだ眠っていなかった為、眠気が襲う。個室へ戻ろうとした時、ドンドンドンッ! と19号室のドアをけたたましく叩く音がした。
 
「今度はなんだよ……」
 と、シドが不機嫌そうに言った。
「あ……時間も時間です」
 と、ルイは人差し指を立てて口元に当てながらシドに言うと、ドアを開けた。
「静かにしてくんねーか! 眠れねぇだろうが!」
 同じ階に泊まっている男性が苦情を言いに来たのだ。
「すみません……」
 ルイは深く頭を下げた。「気をつけます」
 

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©Kamikawa
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