voice of mind - by ルイランノキ


 累卵之危14…『ただいま』 ◆

 
「いっただっきまーす」
 
ルイの朝食が並んだ食卓を囲む。ルイはヤギに声を掛けたが、既におにぎりを食べながらモニターに映る研究結果に釘付けだった。おすそ分けとしてタッパにサラダと汁物を入れて渡しておいた。
 
「あ、俺グラタン食べたい」
 カイはサンドイッチに頬張りながら言う。
「今度つくりましょうか」
 ルイは飲み物に手を伸ばした。
「俺は肉。でっけー骨付き肉」
 と、シド。
「大きな骨付き肉は値段が張りますし、持っている道具で火を通すのも難しいです。どこかの街に立ち寄ったときにでも頂きましょうか。ヴァイスさんはなにかリクエストはありますか?」
「…………」
 サンドイッチを食べながら考える。
「ヴァイスんはおとーふ」
 と、勝手にカイが答える。
「お豆腐ですか? ヘルシーですね」
「日ごろからこっそり魔物食ってっからだろ」
 と、相変わらずのシド。
「…………」
「好きなお野菜とかありますか?」
「…………」
「お魚とお肉だとどちらが好きですか?」
「…………」
 決して無視をしているわけではないことは、全員わかっている。
「苦手な食べ物とか、ありますか?」
「……特に無い」
「ヴァイスんはあんまり食に興味がな──」
 
カイの言葉が途切れた。ルイ、シド、ヴァイスがカイを見遣ると、カイは森のほうを見つめながら立ち上がったため、ハッとしてルイたちもカイの視線を辿る。森の方からルイのコートを纏ったアールが歩いて来るのが見えた。思わず立ち上がる。
 
アールは裸足で芝生の上を歩いて来る。その肩にはスーの姿があった。
アールは距離を取って立ち止まると、仲間を見据えた。
 
やわらかい風が通り抜けてゆく。互いに無言で見つめ合った。
ルイは咄嗟になにかアールにかける言葉を探したが、気持ちが先走るばかりで何も思いつかなかった。どんな言葉も喉をつっかえて出てくれない。
 
「言いたいことがある」
 
そう切り出したのは、アールの方だった。
 
「……はい」
 と、ルイが答える。
 
「言いたいことが沢山ある」
 
アールがそう言うと、今度はシドが口を開いた。
 
「なんでも言え」
 するとカイも口を開いた。
「なんでも聞くよ」
 
アールは大きく息を吸い込んで、吐き出した。
そして。
 
「私、こんな世界に来たくなかった」
 
そんな言葉からはじまったアールの言葉は、これまで口に出せなかった素直な感情の数々だった。一同は黙ったままアールから放たれる言葉をひとつひとつ受け入れていった。
 
「こんな世界に来るってこと、こんなことになるってこと、わかってたらあの日、ルイの声に近づいたりはしなかった。異世界への扉なんてくぐったりはしなかった!──なんで私なの? 夢なら早く覚めてほしいってずっと思ってた! なにかの間違いであってほしいって! むこうの世界で好きな人と……家族と友達と笑い合って過ごしていたかった! こんな……平気で生き物を殺せる武器を持って、死ぬかもしれない恐怖と戦って、多くの人の死を身近に感じる生活なんてしたくなかった!──なんで私なの!? なんで私がこんな目にあわないといけないの!? なんでこんな……なんでこんな体にされなきゃいけないの!?
──こんなことなら最初から……この世界で生まれたかったよ。生まれたときから『あなたはいずれこの世界のために戦うんだ』って言われていたら、こんな感情生まれなくて済んだのに。好きな人と結婚して子供産んで……そんな平凡で幸せな夢も持たずに済んだのに……ひどいよ」
 
アールは流れ落ちた涙を拭い、呼吸を整えてから再び口を開いた。
 
「ずっと、そんな風に思ってた。でも言えなかった。だって、みんな私に頼ってるから。世界を救ってくれる存在として期待してくれているから。それに、みんなだって命をかけて戦ってるから……。そんな人たちの前で言えるわけない」
  
そして仲間を見据えて言った。
 
「それが、本当の私なの。でも、殺した」
「殺した……?」
 と、カイ。
「そんな弱い自分は、もう殺した。むこうの世界への繋がりも、置いてきた」
 アールは微笑した。
「凄いよね、私、アリアンとシュバルツの血を受け継いでるんだって? 体内に魔物を取り込んでいったシュバルツと同じように、私の体内にもバケモノがいる。悪魔の声だって聞こえた。私、人間じゃなくなった。トゲトゲの森に突っ込んだはずなのに、ぴんぴんしてる。どうやって助け出したの? 傷一つない。……それでもいいの?」
 と、仲間に問う。
「どういう意味だ」
 と、シド。
「バケモノだよ? 私。こんな私に、ついて来てくれるの? 『ただいま』って、言っていいの……?」
 アールの目に、ぬぐったはずの涙がまた浮かぶ。
「当たり前です」
 アールの不安を打ち消すようにルイがそう答え、
「ずっと待ってたよ?」
 と、カイが言い、
「当然だろ」
 と、シドが言った。
 
アールがヴァイスに目を向けると、ヴァイスは優しく微笑んだ。
 
「お前の居場所は、ここにある」
  
アールは涙を流して、笑った。
 
「じゃあ……“ただいま”!」
 
アールがそう言うと、ルイ、カイ、シド、ヴァイスは口を揃えて言った。
 
「おかえり!」
 

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