voice of mind - by ルイランノキ


 累卵之危15…『正夢』

 
弱さや、自分の中の黒い部分を曝け出すのは
とても怖いものだ。
 
自分で自分の弱さと汚い部分を認めることになる。
そして本当の私を知ったら、
みんな幻滅するんじゃないかっていう不安もあって。
 
ありのままの自分を受け入れてほしいなんて
そんな自己中で甘えた考えは持っていない。
 
駄目な部分は駄目でいい。受け入れてくれなくていい。
仲間同士 腹割ってなんでも言い合って、
共に成長していけたら……
 
一番の理想だ。
 
━━━━━━━━━━━
 
アールはテント内で自分の服に着替え、ルイから渡された自分のシキンチャク袋からオレンジ色のノートを取り出して広げた。少し考えてから、ペンを走らせた。
 
 
 この世界に染まってしまうことに、ずっと怯えてた。
 私が私に殺されてしまう日が来そうで怖かった。
 
 でも、覚悟を決めなきゃいけないことも本当はわかってた。
 覚悟を決めるまでにだいぶ時間がかかってしまった。
 私はここまで追い詰められないとがんばれないのかと、
 自分のことがますます嫌いになった。
 
 この先、なにが待ち受けているのか、わからない。
 先が見えない恐怖は常にある。
 でもその恐怖を抱えているのは私だけじゃない。
 
 
「…………」
 アールは手を止めて虚空を見遣った。
 
 《私はもう、迷わない。》
 
そう書き足して、ページを閉じた。
シキンチャク袋にノートとペンをしまい、胸を押さえた。なぜか朝食のにおいに気分が悪くなる。妊婦はこんな気分なのだろうかと冗談半分で思いながら外に出た。
 
「アールさん、朝食は?」
 と、声を掛けてきたルイの隣にヤギが立っている。タッパを返しに来たのだ。
 みんな、朝食を食べ終えていた。
「……いらない。そのおじいちゃんは誰?」
「え? あ、ヤギさんです」
「わしがお前さんの回復に手を貸したんじゃ。すっかり元気じゃのー、びっくりじゃ」
 と、ヤギはアールの腕をバシバシ叩いた。
「ありがとうございます……」
 戸惑いながら、礼を言った。
「なにかあったときはいつでも頼ってくれ。ここのスペルキーを教えておこう」
「助かります」
「アールさん、お腹空いていないのですか?」
「うん、食欲がないから」
「そうですか……」
「ほなの」
 と、ヤギは研究所に戻っていく。
「アールさんのこと、リアさんたちに報告しておきますね」
「すぐに旅再開?」
 と、カイ。
「えぇ。アールさんに問題がなければもう一度、アリアンの塔へ行きたいのですが……」
 ルイはアールを気遣った。
「うん、私も行きたいと思ってたから、行こう」
「では片付けと連絡を済ませるので、それまで自由にしていてください」
 
ルイはテーブルの上の食器を片付けてから、アールの事情を知っている人たちに連絡を入れようとして薬を飲み忘れていたことに気がついた。先に薬と水を出して飲んだ。
 
アールは背伸びをして、シドに目を向けた。シドは運動がてら研究所の周りを走りはじめていた。自分も走ろうかなと思ったが、その前に。
 
「ヴァイス」
「…………」
 ヴァイスはアールを見下ろした。肩にいたスーもアールを見下ろす。
「ありがとう。ヴァイスの声、聞こえてたよ」
「……そうか」
「ちょっと走ってくる」
 
アールはヴァイスに背を向け、シドを追いかけた。
 
「俺っちも走りたいけどめんどくさい」
 と、ヴァイスの背後でうなだれるカイ。
「…………」
「走ってるとさ、なんで走ってるんだろうって思うことない? どこに向かっているわけでもなくさ、ただ走ってんの」
「…………」
「ドラマとかでもさ、急に走り出したりするじゃん? 青春ものとか。太陽に向かって走れ的な。あれさ、なんなの?」
「さあな」
「海辺でさ、男女がさ、『あはは、あはははは』って走ってんの」
「お前はそういうものが好きそうだが」
「まぁそれは好きだけどさ。運動で走る意味がわからない。ま、たまに走り出したくなるときも、あるけどね! ちょっと行ってくる」
 と、結局カイはシドたちの元へ走って行った。
「……なにが言いたかったんだ?」
 ヴァイスには理解が出来なかった。
 
ルイはリアに電話を掛けている。ヴァイスはまた椅子に腰掛けて待つことにした。ふと、テーブルの下に何かが落ちていることに気がついた。それを拾い上げると、ルイが飲んでいた薬だった。一つ落としたのだろう。
 
「…………」
「──えぇ、この後アリアンの塔へ向かう予定です。ゼンダさんにもお伝えいただけますか。あと、お手数をおかけしますがデリックさんにも」
『えぇ、城の者には私から伝えておくわ』
「よろしくお願い致します。失礼致します」
 ルイは電話を切り、今度はモーメル宅に電話をかけた。
『モーメルは留守だよ』
 とウペポが出る。
「ルイです。アールさんが無事に回復したことをお伝えしたくてご連絡しました」
『そうかい。早い回復だね……。モーメルにも伝えておくよ』
「助かります。また、時間が出来たらモーメルさんの家にお伺いします。変装用に借りていたものをまだ返していなかったので」
『あぁ、わかったよ』
「それでは」
 
ルイは携帯電話をしまうと、周囲を見回した。カイ、シド、アールが走っている姿が見える。
 
「やっと、次へ進めそうですね」
 と、ルイ。
「そうだな」
 ヴァイスは立ち上がった。
「せっかくですから町に立ち寄ってみましょうか」
 
ルイは三人に声を掛け、一先ず森の奥にある町に立ち寄ってみることにした。
 
──ヤギブタ町。
一行は町の入り口にあった看板を見て小首を傾げた。《ヤギブタ町》と書いてある。研究所にいたヤギさんと関係があるのだろうか。
 
町に入ると受付などはなく、平屋の建物が並んでいた。小さな宿と、武器・防具店があるが品揃えは少ない。静かな町だった。
アールはこの町を見て、《はじまりの村》を思い浮かべた。ロールプレイングゲームで、勇者が一番はじめに立ち寄る小さな村。そんなイメージがこの町と重なった。
 
「あら、旅人さんなんてめずらしいわね」
 平屋からジョウロを持って出て来た30代の女性が笑顔を向けてきた。
「こんにちは。ここにはあまり訪問する方はいらっしゃらないのでしょうか」
「いないわね。いるとしたらヤギさんに用事があってゲートから来た人くらいよ。この町は他の町から孤立しているから。この町自体にも周辺にも、なーんにもないしね」
 女性の家の周りには植木鉢が置かれ、色とりどりの花が咲いている。
「そうでしたか」
「魔物はいねぇのか?」
 と、シド。
「モンスターならいるわね。今時めずらしいけど」
「モンスター…」
 シュバルツの力によって凶暴化したモンスターを魔物と呼ぶ。ということは。
「一応町は結界で守られているけど、襲いに来た魔物はいないわ。向こうの森によくモンスターが出るから、見に行ってみたら? 殺さないであげてね」
 と、女性は花に水を撒きはじめた。
 
一同は顔を見合わせ、女性が言った方角の森へ足を運んでみることにした。
 
「ねぇシドぉ、武器貸して」
 と、カイ。
「なんだよ急に。バナナがあんだろが」
 カイのブーメランをバナナと言った。
「森の中だとさぁ、飛ばせないんだよぉ。特に木が密集してるとさぁ。予備の武器貸して」
「おめーに刀貸したって使わねぇだろうが!」
「なに言ってんだよぉ。俺元剣士なんですけどー」
「はー? てめぇがなに言ってんだよ。大して刀握ったこともなかったくせによ」
「かーしてかーしてかーしてかーしてよぉ……」
「うっせ」
「シドさん、貸してあげましょう」
「なんでだよっ。こいつに刀持たせたってろくなことねぇだろ」
「森の中で魔物が現れたらさぁ、いつもブーメランを楯にして身を守るばっかりじゃん? 飽きた」
「アホか。勝手に飽きてろ」
「かーしてよぉー」
「うるっせーなぁ!」
 と、カイを黙らせるために仕方なく予備の刀をカイに渡した。
 
カイは嬉しそうに腰に装備し、ブーメランは一先ずシキンチャク袋にしまってから刀を抜いた。
 
「やば! なにこの感じ! 懐かしい!!」
「無駄に抜くな」
「アール! 懐かしくない?!」
 カイが刀を構えている姿を見て、確かに久しぶりにみた光景だなと思う。
「うん、でもカイはブーメランのほうが似合うよ」
「そっかぁ。あ、予備のブーメラン買いたいんだった。狭いところでも飛ばせて殺傷能力があるやーつ!」
 
町から離れてしばらく森の中を進んでいると、一行の前に突如魔物が姿を現した。
 
「ゴーレムです……」
 岩を積み重ねたような魔物。2メートルはある。
 
一行は警戒して武器を構えたが、一行に気づいたゴーレムは2本足で立ったもののこちらの様子を窺っただけであまり興味がなさそうに土の匂いを嗅ぎはじめた。
 
「襲ってこねぇな……」
「えぇ……ですが、念のため気をつけてください」
「怖い!」
 と、カイは刀を借りたもののルイの背中に身を隠した。
 
シドは刀を片手にゴーレムに近づいた。ゴーレムは再びシドに顔を向けた。シドがゴーレムの頭に触れると、猫のようにグルグルと喉を鳴らし始めた。それを見たカイとルイも、ゴーレムに歩み寄った。
 
「か、かわいい!」
 と、カイ。
「大人しいですね。町の女性が言っていた通り、この子は魔物ではなく、モンスターのようです。シュバルツの力が届かなかった場所もあるのですね」
「アールもおいでよ!」
 と、カイが手招きをした。
 
「……あれ?」
 
アールはその光景をどこかで見たような気がした。とても懐かしいと感じる。
森の奥深くで、2メートルはある岩のようなモンスターに寄り添う三人の戦士達。自分に向かって手招きをしている、その光景。
 
「あ……」
 思い出す。
「アールさん……?」
 ルイはアールの様子を気にかけた。
 
アールはこの後の展開を、知っていた。武器をしまい、恐る恐るゴーレムに歩み寄った。
 
「ほんとうに大人しいですね」
 と、ルイ。
「うん。かわいい」
 
ルイは穏やかな表情でゴーレムを眺めているアールの横顔を見つめた。──戻って来てくれた。沢山の痛みを乗り越えて、僕たちの元に。そして、同じ未来を見ている。同じ歩幅で、足並みを揃えて。
カイもシドもヴァイスもスーも、アールを眺めながら、この世界のために立ち上がった彼女を全力で支え、守っていきたいと強く思った。
そしていつか、自分たちが連れて行くのだ。戦いの先にある、彼女が笑って幸せに暮らせる世界へ。
 
「アールさん」
「ん?」
「帰りたいと、今でも思っていますか?」
 
この質問をされたのは、2度目だ。
1度目の時は、意味がわからずに答えられなかった。なぜならその時は、真剣な眼差しで私を見ているルイのことも、シドのことも、カイのことも、知らなかったから。
 
──そして、これから私の名前を呼ぶ彼のことも。
 
「アール」
 
アールはその声に振り返り、一度目の時は見ることが出来なかったその姿を、目に映した。
 
「ヴァイスだったんだね」
「……?」
 
この世界へ来る前に見た夢が、今現実になる。
アールはルイに目を向けた。
 
「どうしてそんな質問をするの?」
 
ルイは、優しく、でもどこか切なそうに微笑んだ。
 
「あなたが、向こうの世界へ帰りたいと望むなら、僕等があなたを向こうの世界へ帰します。どんな手を使ってでも、必ず。信じてください」
 
力強い言葉に、カイとシドとヴァイスも、頷いた。
 
「ありがとう」
 
やっと質問に答えられる。
 
「すべてが終わったら、帰ります」
 
 
私の答えは
この世界へ来たときから変わらない。
 
ただ、みんなの幸せを、明るい未来を見届けてから帰りたい。
 
今はそう思う。
 

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