voice of mind - by ルイランノキ


 累卵之危13…『大丈夫』

 
森を抜け、町を抜けた先に、綺麗な池があった。周囲には転々と小さな白い花が咲いている。空気が澄んでいて、気持ちがいい。
 
「誰だね」
 と、背後から声がして振り返ると、バケツを持った老婆が立っていた。
「……ここは、おばあさんの?」
 かすれた声が出る。アールの頭の上にはスーがいた。
「いやいや」
 と、バケツに水を汲んだ。「ここはこう見えて聖なる泉なんだよ」
「え?」
「昔、誰かがアリアンの像を壊してしまってね。まったく、罰当たりがいたもんだ」
「池みたいな聖なる泉は初めて見ました」
「元々はもっとちゃんとしていたんだよ。井戸のように囲いがあってね。それも、壊されてしまったのさ」
 お婆さんの口調は優しかった。
「……意図的にですか?」
「あぁ。みんながみんな、アリアン様を信仰しているわけではないからね」
「……アリアン様は悪者だと?」
「アリアン様を邪険扱いするとは愚か者さ」
「…………」
「おや、靴はどうしたんだい」
 と、老婆はアールが靴を履いていないことに気がついた。
「……たまには裸足もいいかなって」
「そうかい。怪我せんようにね」
 老婆は聖なる泉の水を汲んだバケツを持ち上げた。
「運びましょうか?」
 次第に声の調子も戻ってきた。
「まだまだ、若いもんには負けんよ。ありがとうね」
 と、笑顔でその場を去った。
 
アールは泉に足首まで使った。すると、スーはアールの頭の上から飛び降りて泉にダイブした。水しぶきが飛ぶ。
 
「気持ちいい?」
 
スーは両手を作って拍手をした。アールはそんなスーに笑顔を向けた。
 
「もう少しだけ、ここにいてもいい? ちゃんと戻るから。みんなのとこ」
 
スーは目をパチクリとさせて、高速拍手をして見せた。
アールが突然テントに入ってきたときは驚いたが、勝手についてきてよかったと思う。アールが元の姿に戻って、また笑っている姿を見れたことが嬉しかった。
 
アールは不思議と穏やかな気持ちだった。ひとつの体を取り合う魔物と悪魔、そしてシュバルツの血を受け継いだ闇の部分との苦しみから解放されたからだろう。そして、洞窟内での大きな決断も、彼女の心に変化をもたらした。
 
「目を閉じれば目の前に君がいて……」
 と、アールが歌を口ずさむと、スーがアールを見上げた。
「陽月っていう人の歌だよ」
 笑顔でそう言って、再び口ずさむ。
「記憶の中の君の声が──」
 
 記憶の中の君の声が 私のすぐ耳元で囁くの
 だけど 目を開くと君の姿はどこにもいなくて
 現実はなんて残酷なんだろうと 涙に暮れた
 
「……悲しい歌だから、おしまい」
  
途中まで歌って、止めた。
 
「スーちゃん、私のこと、怖くない?」
  
スーにはその質問の意味がわからなかった。
 
「スーちゃん、私のこと好き?」
 
アールが質問を変えると、スーは高速拍手をして答えた。
 
「よかった。私も。両思いだね」
 
アールの言葉に、スーは泉の中で飛び跳ねる。
 
「みんなはどうかな……」
 
不安だった。考えると怖くなる。
 
「会えばわかることだよね」
 
アールはスーに手を差し伸べると、スーはアールの手の平に飛び乗った。
 
「側にいてくれる? 怖いの」
 
スーは両手でマルを作った。
アールはスーを肩に乗せ、聖なる泉に背を向けた。
 
 
 仲間を信じる。
 
 私は洞窟でそう決めた。
 
 なにがあっても
 
 仲間のことだけは絶対に信じる。
 
 沢山の裏切りがあっても
 
 仲間のことだけは
 
 信じ通す。
 
 
 だからきっと大丈夫
 
 大丈夫。
 

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©Kamikawa
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