voice of mind - by ルイランノキ


 累卵之危12…『待つ』

 
早朝、ガラスが割れる音が響いた。
テントから真っ先に飛び出したのはシドだった。それからルイとカイも後から出てくると、研究所に目を向けた。
 
「今の音は……?」
 と、シド。
「実験室からのようです」
 
駆け足で向かうと、上空からヴァイスが下りてきた。屋上にいたらしい。
一同が研究室に入ると頭を抱えたヤギが背を向けて立っていた。ヤギの目の前にはアールがいたはずの水槽が割れており、床には水槽のガラスが散らばり、大量の回復液が床一面を濡らしていた。
 
「なにがあったのです?!」
 と、ルイが駆け寄った。
「わしが知りたい……水槽が壊れた」
 と、肩を落として周囲を見遣る。
「アールさんは……」
「捜しておくれ。その辺に転がっとるじゃろ」
「そんな……」
 
一同はアールの体を捜しはじめた。ヤギは掃除道具を持ってくると、ガラスを片付けはじめた。カイは床が濡れていようとおかまいなく膝をついてアールを捜した。テーブルの下、機械の隙間、階段の下。どこにもいない。念のためにテーブルの上なども調べたが、どこにもいない。
ヤギは集めたガラスをゴミ箱に入れ、ふとモニターを見遣った。回復数値が振り切っている。
 
「ありゃー」
 
掃除道具を放り出してパソコンを操作し、水槽の頭上にある監視カメラの映像を映し出した。そこには、水槽に触れるヴァイスの姿があった。映像を倍速にしてみると、ヴァイスがいなくなってから約30分後、見る見るうちにアールの体が変形していく姿が映っていた。そして、人の形になると突然ガラスが割れてまるで獣のように研究室を飛び出して行ったのが記録されている。
 
「…………」
「なにかわかりましたか……?」
 と、ルイが近づいてきて、ヤギは画面を切り替えて数値だけを表示させた。
「アールはおらん」
「え……?」
 アールの体を捜していた一同はヤギに目を向けた。
「回復済みじゃ。数値がそれを証明しておる」
 一同はモニターの前に集まった。
「回復済みって……?」
 と、カイ。
「復活済みじゃ。その辺を歩いておるかもしれん」
「…………」
 一同は顔を見合わせ、逸る思いで研究室を出て行った。
 ヴァイスだけは、その場に止まり、壊れた水槽を眺めた。天井にカメラが設置されていることに気がつく。
「監視カメラか?」
「映っておった。流せんぞ」
「なぜだ」
「若者には刺激が強すぎる。すっぽんぽんじゃったからの」
「…………」
「本人も見られたくはなかろう。彼女は無事じゃ。自分の足で出て行った。服を探しに行ったのかもしれんの」
 と、笑う。
「……どこまで本当の話だ」
「嘘はつかん。途中までなら見せてやろう」
 
ヤギは監視カメラの映像をはじめから再生し、アールの体が人型に近づいたところで停止した。
 
「もう十分じゃろ」
「感謝する」
 妙に女心がわかる老人だなと思いながら、ヴァイスも外へ出た。
 
ヤギは再び掃除道具を手にすると、床の掃除を始めた。
外ではカイがアールの名前を呼んでいた。ヴァイスは足元を見遣った。不自然に芝生が濡れているところがある。アールが出て行ったのは本当だろう。テントから浮かない表情でルイが出てくるのが見えた。
 
「どうした」
「芝生が濡れていたので辿ってみたらテント内も濡れていました。それと……スーさんがいません」
「…………」
 ヴァイスはもう一度足元を見下ろした。確かにテントの前まで濡れている。
「それと……僕のコートも」
 ルイの防護服は白いコートだ。寝る前に脱いで枕元に置いていた。
「まだ近くにいるかもしれないな」
 と、ヴァイスは濡れている芝生を辿りながら森へ向かった。
 
「なんかわかったか?」
 と、今度はシドがやってきた。
 ルイはヴァイスに話したことをシドにも伝えた。
「俺らが研究室へ向かった後にテントに入ったってことか」
「そうなりますね……」
「研究室を飛び出して……戻ってきた。お前の防護服がねぇってことは着るものが目当てだろうな。飛び出したときには素っ裸だって気づかなかったのかもな。俺らが研究室へ向かっていくのを見てテントに戻ったってところだろ」
「でも……その後、また飛び出して行ったのはなぜでしょうか……」
「スライムを連れてったのかスライムがついてったのかも気になるな。ひとりじゃねぇなら問題ねぇだろ。めんどくせぇ女だな……」
 と、ため息をつく。
「やはり……僕らの元には戻りたくはないのかもしれません。顔も見たくないのかもしれません」
「……俺もそれで逃げたしな」
 と、シド。病室から姿を消した自分と重なる。
「旅を再開したくないのかもしれません……アールさんは……」
「自殺を選んだって言い出すんじゃねぇだろうな。自殺を選んだ奴が私物を置いて飛び降りるか?」
「アールさんにはアールさんの考えがあったのかもしれません……」
「自殺したつもりが生きていた。だから逃げたって言うのか」
「…………」
 ルイは視線を落とした。
「俺はそうは思わねぇ。カイだってそうだ。だから捜してる。ハイマトスもな」
 カイは大声でアールの名前を呼び続けている。
「ではどこに……」
「どんな姿になろうが、あいつは……人だ。あと少し、心の準備がいるんだろ。肉片になったんだぞ? 元の姿に戻ってすぐに仲間の前に出てって何を言えって言うんだよ。『久しぶり』か? 『心配かけてごめんね』か? 自分の状況を理解するためにも少しだけ、時間がいるんだろ。普通に考えろ。今のあいつには俺らに対してもこの世界に対しても自分の存在に対しても思うところが多くある。復活したから早速仲間に戻って旅を再開しようってほど単純なことじゃねぇだろ」
「…………」
 ルイは納得したように頷いた。
「めんどくせぇけどな」
「待っていれば、戻ってくるでしょうか」
「俺はそう思う」
 
ルイは、カイとヴァイスを引き戻すことにした。アールは自分たちがここにいることを知っている。一人になりたくて飛び出して行った彼女を捜すのではなく、待とうと思った。
 
ルイは朝食を作り始め、シドはテントの前で筋肉トレーニングを始めた。その横でそわそわと落ち着かずに周囲を見回してアールが戻ってくるのを待ち遠しくしながら腹筋をはじめたカイ。
ヴァイスは外に出してあるテーブルの椅子に座り、ルイが入れてくれたコーヒーを飲む。
 
「森の奥にある町の名前、わかりますか?」
 と、ルイ。
「いや」
「この辺りの地名がわかれば調べやすいのですが……あとでヤギさんに尋ねてみます」
「…………」
「屋上から町は見えましたか?」
「あぁ」
「VRCなどはありました?」
 ルイは葱と油揚げをまな板に置いて切り始めた。
「見える範囲ではなさそうだったが」
「そうですか……シドさんが退屈しそうですね」
「俺がなんだって?」
 と、トレーニングをやめたシドが椅子に座った。
「あ、いえ。近くの町にVRCがないなら退屈かなと」
「そういやここも町の一部なのか? 魔物が現れる気配すらねぇが」
 ルイはわからず、ヴァイスを見遣った。
「どうだろうな。町を囲む防壁は見えなかったが」
「そう大きな町ではないなら結界だけで町を守っているのかもしれませんね」
 そこに腹筋を終えたカイもやってきた。
「パンツ……じゃなかった。ミルクちょうだい」
「なんでパンツとミルクを間違えんだよ……」
 と、シド。
「パンツのこと考えてたもんだからさぁ。よくあるじゃん? そういうの」
「ねーよ。」
 

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