voice of mind - by ルイランノキ


 ログ街17…『心の扉』 - 後編

 
──ログ街 中央ホテル 4階 19号室。
 
「狭い部屋だな……牢獄かよ」
 と、シドは部屋に入ると真っ先にベッドに腰掛けた。
「牢獄より遥かに快適で綺麗な部屋ですよ。トイレと風呂場は1階の共同です」
 ルイはそう言いながらロッドを隅の壁に立てかけた。
 
カイは乱暴に刀を床へ置くと、シドが腰掛けているベッドにダイブした。ギシッと鈍い音を鳴らして軋んだ。
 
「便所も共同かよ最悪だな。っておい……ベッド2つあんだから向こう行けよ」
 そう言われたものの、カイは欠伸をして移動する気は全くない。
「贅沢は言わないでください」
 と、ルイは会話を続けた。「街の入口に近いホテルは満室ですし。もし空きが出来たら移動も考えていますから」
「空きなんか出来ねぇだろ。泊まってるっつーか住んでる奴らばっかだろーしな」
「そうかもしれませんが、宿泊出来る期間は長くて3ヶ月までですからちょうど空きが出る可能性はあります。とはいえ、僕はここで十分だと思いますが」
 ルイは部屋を眺めながら壁に寄り掛かって立っているアールに手を差し出した。「武器は立て掛けておきましょう。アールさんもゆっくり休んでください」
「あ……うん」
 アールは返事をしながら腰に掛けていた武器をルイに手渡した。
 
ルイは床に置かれたカイの刀も拾い上げると、ロッドを立てかけた場所に纏めて置いた。
 
「飯はどーすんだ? ルームサービスあんのか?」
「えぇ。確か部屋の入口の横に電話が」
 と、ルイは確認しに移動した。
 
カイは既に寝息を立てている。早寝選手権でもあれば1位を取れるかもしれない。
アールはその場で座り込んで壁に寄り掛かった。
 
「んなとこで座ってねーでそっちのベッド使えよ」
 と、シドがアールに言った。
「あ……うん、でもルイが使うかもしれないし」
「僕は床で大丈夫ですよ」
 ルイは、電話が置かれた棚の下にあったメニューを持って戻ってきた。アールは立ち上がると奥のベッドに腰を下ろした。
 
ルイは持ってきたメニューを開いてシドに渡した。
 
「何にします?」
「何にします? って……4種類しかねーじゃねーか」
「お気に召すものが無ければ食べに出るのもいいですが、ルームサービスを使ったほうが……」
「安上がりだろ? 肉料理ならなんでもいい」
 と、シドはメニューを閉じてルイに返した。
「アールさんは?」
 再びメニューを開いてアールに渡すが、メニューには写真がなく、料理名と調理法しか書かれていない。
 
見慣れない料理名ばかりだったが、調理法に書かれた具材に“マゴイ”と書かれている。
 
「またマゴイ……」
「マゴイ料理にしますか?」
「えっ……いや……うーん……」
「外食にしますか?」
「……ルイは? ルイと同じのでいいや」
 と、アールはメニューをルイに返した。
「わかりました」
 ルイは笑顔で答えると、「カイさんは……カイさんも同じものでいいですね」
「肉食わせてやれよ」
 シドはずっと腰に掛けていた刀を抜いて刀身を眺めながら言った。
「そうですね、ではカイさんはシドさんと同じものを。──注文してきますね」
 そう言って部屋の出入り口へ向かおうとして立ち止まった。もう一つの部屋がある扉の前だ。「アールさん」
「はい?」
「こちらにも小さな部屋がありますから、よかったらお使いください。鍵も付いているようなので」
「ありがとう」
 アールは立ち上がり、部屋を確かめた。確かに鍵がついているが、フック式である。「布団敷けるね」
「えぇ。こちらで寝ますか?」
「うん、そうする」
 
そう即答したものの、少し後悔していた。電気は小さな豆電球がぶら下がっていてさほど明るさはない。シドのイビキやカイの寝言から解放されるが、独りでいることに耐えられるだろうか。かといって今更「やっぱりみんなと一緒の部屋で寝る」なんて子供みたいなことを言うのは恥ずかしかった。
 
アールは部屋に入りドアを閉めると、窓際に置かれた机に手を置いた。何気なく引き出しを開けると、うっすらと埃が被っていて長らく使われた形跡がない。机の上だけは拭かれているようで綺麗だった。
椅子に座り、背伸びをした。
 
「んんーっ……」
 背伸びをすると気持ちがよく、眠気が襲ってくる。机に顔を伏せて目を閉じた。
「──はい。はい。えぇ、以上です。お願いします」
 と、ルームサービスを頼んでいるルイの声が聞こえてくる。隣の部屋とはいえ、壁は薄いようでよく聞こえる。アールは聞こえてくるルイの声に耳を傾けていると、心が落ち着いてくるのを感じた。
「シドさん、30分ほど掛かるそうです」
「そんなに掛かんのかよ……」
「仕方がないですよ。アールさんは……隣の部屋でお休みになられたのですね」
「お前どーすんだ? ベッド使うか?」
「いえ、シドさんお使いください。僕は床に敷いて寝ますから。──ジャックさんはまだ治療が終わらないのでしょうか。連絡が来るはずなのですが……」
「知るかよ」
「後で病院へ様子を見に行ってきますね」
  
 ルイはほんと心配性だな……。
 
アールは耳を澄ませて彼等の会話を聞いていた。
ジャックに会ったらジムのことをどう話そうか、何も言わない方がいいのか、でも聞かれたら?
涙をこぼしたジムを思い出し、胸が苦しくなった。この苦しみは同情からくるものなのだろうか。でも、人を殺めた人に同情なんて出来るのだろうか。
 
「……逆さまの人参」
「はぁ?」「はい?」
 と、カイの不思議な寝言に対してつい聞き返したシドとルイの声に、アールは微かに笑って眠りに落ちた。
 
──逆さまの人参? どんな夢を見てるんだろう。
 
 
アールが眠りに落ちて暫く経った頃、コンコンと部屋を何度もノックする音が聞こえてアールは目を覚ました。欠伸をして背伸びをすると、ずっと顔を伏せて寝ていたせいか首と腕が痛んだ。
 
「アールさん? ご飯来ましたよ」
「あ、はーい」
 
返事をしてドアを開けると、美味しそうな匂いが空腹のお腹を刺激した。時刻は午後3時。一応遅い昼食である。
ルイはベッドを一台畳み、床にスペースを作った。部屋の隅に小さな丸いテーブルがあるが、4人分の食事を置くには小さすぎる。
 
「床で食うのか」
 と、シドが床に腰を下ろしてあぐらをかいた。
 
カイも眠い目を擦りながら床に座る。欠伸を繰り返し、座ったまま眠ってしまいそうだ。
 
「座卓を出そうと思ったのですがお皿が大きいので全て乗らないかと……。床で大丈夫ですか?」
 と、ルイはアールに訊く。
「うん、大丈夫」
 
全員が床に座って食事を囲んだ。「いただきます」と一斉に口へと運んだが、4人共直ぐに箸を止めた。
 
「ん……味が……」
 と、カイが不快な面持ちで言う。
「薄いな……硬いしよ……」
「そうですね……、でも全部いただきましょう。残すのは失礼ですよ」
「いやいや、残すのは失礼ってお前……客にこんなもん振る舞うのも失礼なんじゃねーのか」
 と、シドは箸を置いて言った。
「贅沢はいけませんよ」
「なんで贅沢はいけないんだよぉ!」
 と、カイも箸を置いた。「美味しいものが食べたーい!」
「作ってくださったものを残すのはいけませんよ」
「作ってくださっただと? こっちは金払ってんだよ!」
「そうですけど……」
 と、男3人が話している中、一度手を止めたものの、アールだけは無言で食べ進めていた。
「お前よくこんなマズイもん食えるな……」
 シドはアールを、信じられないという目で見ながらそう言った。
「マズくはないかな……」
「お前味音痴かよ。方向音痴で味音痴か」
「違うよ。なんか懐かしい感じがして」
「懐かしい?」
 と、カイとルイが声を揃えて訊き返した。
「母親の手料理の味に似てるから」
 アールは微かに笑いながらそう言った。
 
母親が夕飯の支度をしていた姿を思い出す。
 
「私のお母さん、料理下手でね。煮込み料理は硬いし、おみそ汁は薄いし、ご飯は柔らかすぎたり硬かったり。だから懐かしくなって」
 
懐かしい。家を出る前に食べたばかりの母親の手料理を、今はもう懐かしいと思う。アールは不意に時間の流れを感じた。
 
家を出て、家の前の道を歩いて、近所のおじさん家の前を横切って……そこから私は一歩も進んでいない。あの日から時間は止まっているのに、どんどん遠ざかって、“懐かしい思い出”になってゆく。
ここにいる私はいくら歩いても、あの場所からは進んでいない。家へ引き返すことも、前へ進むことも出来ずに立ち止まったまま。
いつになったら進めるのだろう。
 
 あ。やばい。また吐きそうだ……。
 
アールは胸を押さえて前屈みになった。
この気持ち悪さは、料理がマズイから? 違うよね……また胸が鈍く疼くからだ。
 
「アールさん? 大丈夫ですか?」
 
吐いたらダメだ。吐くならせめてトイレかどこかで……。そう思っても、吐かないようにゆっくりと呼吸を繰り返すことで精一杯で、立ち上がることも出来ない。
ルイは立ち上がってアールの隣に腰を下ろし、背中を摩った。
 
吐いたら楽になれるかもしれない。でも、自分に負けるような気がする。背中を摩るルイの手が、また鬱陶しく感じてしまう。イライラする。ほっといてよ。余計に吐きそうになる……。
私は本当に、最低だ。
  
胃の奥からゴポゴポと込み上げてくるのを感じたアールは、ルイの手を振り払って全速力で部屋を出た。その瞬間、また口を押さえた指の隙間から異物がドロッと流れ落ち、廊下を汚した。悔し涙で視界が滲む。
部屋の中からルイが駆け寄ってくるのを察したアールは、部屋のドアを閉めて寄り掛かった。
ドアを開けようとする音が煩く聞こえる。
 
「アールさん! 大丈夫ですか?! 開けてください!」
 
ルイの力は強く、ドアの前に座っているアールをものともせずに開けようとしたため、アールは立ち上がって全体重を掛けてバンッ! と閉めなおした。
そして崩れるように座り込むと、汚れた手で頭を抱えた。
 
──自分に負けそうな気がするって……なに? 負けちゃいけないの? 負けたら戻れなくなるから? 自分の為に頑張るの?
 
本当にそれだけ?
 
アールは生臭い廊下で暫くうずくまっていた。
いつの間にかドアを無理にこじ開けようとする音はしなくなっていた。
 

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