voice of mind - by ルイランノキ |
アールは晴れない思いを抱えたまま階段を下りた。足取りが重く、まだ“ジム”のことを気にかけていた。
「おっせーぞ」
と、階段を下りたところで、シドが腕を組んで待ち構えていた。
「……ごめん」
「何を話してたんだ」
「……別に」
「あ? 随分時間取っておきながら『別に』はねぇだろ」
「ジャックさんに悪いと思ってるって……」
「それだけか?」
「うん」
アールは頷きながら言った。
「ったく……」
と、シドは不機嫌そうに鉄工所の外へと出て行く。アールはそんなシドの背中を眺めていた。
鉄工所の入口にいたルイがアールに気づいて歩みよる。カイもすぐに気づいて嬉しそうにアールに近づいてきた。
「アールさん、大丈夫ですか?」
「……うん。なんかシド不機嫌だった」
「シドさんはずっと階段の下で待っていましたからね」
と、ルイは微笑んだ。
「待ってた?」
「えぇ。心配していたのだと思いますよ」
「そうそう! シドはああ見えて仲間思いだしー!」
と、カイが会話に入った。
「──そっか」
アールは少しだけホッと笑みをこぼすと、武器の事を思い出して階段裏の倉庫へ向かおうとしたが、ルイが呼び止めた。
「武器ならゼフィル兵が先程見つけて、回収しています」
「ほんと? それならよかった」
アール達が外へ出ると、戦闘に参戦した兵士やアールと捕われていたゼフィル兵たちがズラリと整列していた。
「うわぉ……」
と、思わず圧倒されているアールにシドが武器を渡した。
「ほらよ。迷惑ばっかかけてんじゃねぇよ」
「すいません。みなさんもすいません」
と、兵士達にも頭を下げた。
「頭をお上げくださいアール様……」
と、戦闘部隊隊長のギブソンが謙遜して言った。
「様付けはやめてください隊長さん。──ジム……ザハールさんと話して来ました。素性については改めてきちんとお話するそうです」
アールはギブソンの名前をすっかり忘れ、“隊長さん”と呼んだ。
「わかりました。後は我々におまかせください、アールさん」
こうして、1名の兵士の命と引き換えに事件は一旦終結した。
アールは取り戻した剣を腰に装備しなおした。今では装備していないほうが違和感を感じる。
「アールぅ、怖くなかったぁ?」
カイがアールと肩を並べて歩きながらそう訊いた。
彼らは疲れた足取りで中央ホテルへと向かう。
「大丈夫だよ、ひとりじゃなかったから。カイもありがとね、来てくれて」
「え……う、うん」
と、カイは少し戸惑いながら笑った。
カイはルイと電話を終えた後、ホテルへと向かったが道に迷ってしまい、鉄工所に向かっていたルイとバッタリ会ってしまったのだ。同行するつもりなど無かったが、急いでいたルイにホテルへの道を訊けるはずもなく、“仕方なく”ついてきただけのことだった。勿論、アールのことが心配で助けたい気持ちもあったが。
「さ、さぁーて! 一見落着したことだしー、ホテルに戻ったらゆっくり休むぞー!」
と、カイは背伸びをしながら言った。
「そうですね、しなければならないことが沢山ありますが、先に食事を済ませて一休みしましょう」
時刻は午後を回っていた。
彼らと足並みを揃えて歩いていたアールだったが、歩くテンポが少しずつずれて、いつの間にか彼らの一番後ろを歩いていた。
ショーウィンドウの濁ったガラスに彼らと一緒に歩いている自分の姿が映り、違和感を抱いた。自分が自分でないような感覚。自分だけが浮いているように思える。
──私……なにやってんだろう。
なんで彼らと一緒に歩いてるの? そんなことわかってる。わかってるけど、何故か疑問に思う。それはやっぱりこの現実を受け入れきれていないからだろうか。
銃によって殺された兵士の顔が浮かぶ。身の回りで人が死んでゆく。身の回りで人の死体が溢れてく。これから、どんどん、もっと、沢山の人が……私の目の前で死んでいく。死体が……死体に……死骸を……殺されて……ワタシも……
「アールさん?」
ルイの声にハッと我に返ったアールは、ショーウィンドウのガラスの前で足を止めていた。
ルイ達は15メートル程先で立ち止まり、振り返ってアールに目を向けていた。彼らと目を合わせた瞬間、鼓動が微かに速まった。
──どういう目で私を見ているんだろう。みんなの目に私はどう映っているんだろう。“仲間”と言いながら、彼等の中にいる自分に違和感がある。今、彼等が私に背を向けて歩いて行ったら、追いかけて輪に入る勇気がない。
「なにやってんだよ」
と、シドが苛立ちながらアールに歩み寄った。そしてアールが眺めていたショーウィンドウを見て、「へぇ、欲求不満か」
「……は?」
アールは改めてガラスに目を向けると、そこは男性用の際どい下着や大人の玩具が堂々と飾られているアダルトなお店だった。
「──?! ちっ違う! 違うよ!!」
と、アールは赤面して慌てて誤解を解こうとした。「ガラス見てただけ!!」
「ガラスを見るやつなんかいねぇーだろ」
「せ、正確にはガラスに映る自分を見てたっていうか! ……まさかこんな卑猥な店があるとは思わないじゃない! 今気づいたし!!」
「ガラスに映る自分ねぇ……」
と、シドは微笑した。「自分に酔いしれるとはめでたい奴だな」
「そーゆーんじゃないよ!!」
「はいはい、はいはい」
と、シドは笑いながらアールに背を向けた。
「だから違うっつの!!」
アールは苛立ち、シドの背中をドンッ! と両手で押し叩いた。
「はいはい、はいはい」
「違うってばぁー!!」
「なになにぃ?」
と、カイの目には2人が楽しそうに見えた。
一行は再びホテルへと歩き出す。
「いや、こいつがさぁ」
と、面白がってカイに話そうとしたシド。
アールは慌てて体重を思いっきり掛けてシドを突き飛ばしたが、そんなことで軽々と突き飛ばされるわけもなく、軽くよろめいただけだった。
「違うって何回言わせんのよッ!!」
「必死だなぁ!」
シドは笑いながらそう言った。
「えー、なになにぃ? 教えてよー」
と、カイはわけがわからずにふて腐れた。
──ムカつく。いくら違うと言っても笑ってばっかで聞いてくれやしない。
でも、おかげで気が紛れていたりする。こうやって喧嘩したり、ふざけあっている間だけは、彼らといる自分に違和感もない。
Thank you... |